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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
囚われの精霊編
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13話 賢者の疑惑

 小屋には、地下への入り口があった。

 

 見張りらしい男が一人いたが、眠らせて縛って転がしておいた。


 しかし朝っぱらから飲んでいる見張りなんて、意味があるのだろうか……。

 人里離れた場所だと、気を抜いているならこちらも楽だが。

 

 そして、僕たちは地下へ下りる。

 地下は、小屋の面積よりもずっと大きく広がっていた。

 ひんやりとした空気が、どこか不気味だ。

 

「広いですね、師匠」


「ああ、部屋も多そうだ。僕は精霊の反応のある方に行く。他の部屋はクレアとベーチェル、アイラとウェルティナの組になって探索してくれ。人は捕縛、資料があれば確保だ。もちろん、安全が最優先だけれど」


 まあ、ウェルティナとベーチェルがついていれば万が一もあり得ないだろう。

 そして精霊を捕縛するような者たちだ、なにか他の悪行に手を染めているかもしれない。

 あれば、ついでにどうにかしてしまおう。

 

 ――そうして別れた僕達だったが、僕の懸念は最悪の方向に的中したのだ。

 

 僕が進んでいくと、二人の人間と遭遇した。

 

 一人はベットが並ぶ、寝床らしい場所にいた。

 もちろん寝ていたので、さらに深い眠りに落としてから縛り上げた。

 

 もう一人は、暖炉に火が煌々(こうこう)と焚かれた部屋にいた。

 濃い緑のローブを身に着けた――いかにも魔術師風の恰好の――男が暖炉の前の椅子に座っている。

 

 だが僕は、あえて無造作に部屋へと入った。

 すると、男は一瞬の硬直の後に、勢いよく立ち上がり叫んだ。


「誰だ、貴様!」


「……残念ながら、答えられる名前はないんだ」


「なにを意味のわからないことを! どうやってここに来た、なにが目的だ!?」


「普通に、正面から来たよ。……目的は、精霊かな?」


 僕がそう言うと、彼の目が大きく開いた。


 ――これで確定、アタリだ。


「やはりか……! だがそうはいかん、あの研究材料は我々のものだ!!」


「……研究材料、か」


「ああ、貴様も魔術師ならばそうするのだろう? だが、ここより先には行かせん!」

 

 そういって、ある扉の前に陣取った。

 ……わかりやすくて、とても助かる。

 

「それで、どうするんだ?」


「ふははは、ここまで来たからには仕方がない。死んでもらう……!」


 そう言うと、魔法を唱え始めた。

 しかし、その詠唱は、いらない言葉や意味のずれた言葉が多い。

 本来の魔法がゆがめられて、弱くなっている。


 これで、魔術師を語るとは……。

 

 思わず、失笑が漏れた。

 

 僕は、魔力の封を解く。

 不機嫌な僕の心をそのままに、魔力は荒々しく噴き出した。

 

 その時点でもう、男は戦意を喪失していたのだろう。

 詠唱はとぎれ、顔は青ざめて、目はとび出さんばかりに開いたまま固まっている。

 

 八つ当たりかもしれないが、僕の前で精霊を(おとし)めたのだ。

 少しばかり、痛い目に遭ってもらおう。

 

「これが、魔法だよ。≪衝撃≫」


 男が背後の扉に向かって吹き飛ぶ。

 それにぶち当たった扉は、ちぎれるようにはじけ飛んだ。

 

 そのまま男は勢いを落とすことなく、暗い部屋の中を飛ぶ。

 そして、その部屋の奥の扉も突き破った。

 

 あー、威力が強すぎたかもしれない……。

 …………まあ、死んでなさそうだから、いいか。

 

 そう思いながら、魔力にまた封をする。

 すると、僕はその暗い部屋に多数の気配があることに気付いた。

 そして漂ってくる、すえた匂い。

 

 顔を強張(こわば)らせながら、風通しのよくなった部屋の前へ歩む。

 僕は、部屋の前に立った。

 

 っ! これは……!!

 

 ――そこにいたのは、子供たちだった。

 

 それもおそらくは十歳前後の子が、九人。

 それが、真っ暗な部屋で鉄格子のなかに囚われていた。

 

 なんてことだ。

 この子たちは、なぜこんな……。

 いや、そんなことは後で良い……!

 

 今は、この子たちを保護しなければ。

 

 僕は努めて、彼らに優しく聞こえるように言葉かけた。


 

 ***

 

 

 忌々しい鉄の檻を消し、痛々しい拘束具を取り去った。

 そして部屋ごと、浄化の魔法をかける。

 

 そうすると、きれいになったことでより一層、子どもたちのひどい状態が浮き彫りになる。

 肌は荒れ、目は落ち込み、手足は凍傷一歩手前のしもやけになっていた。

 

 ……なんて、いうことを。

 

 僕は彼らに、治癒の魔法をかける。

 そして続けて部屋を暖めた。

 

 痛みと寒さが和らいだためか、ちらほらと泣く子が現れる。

 今までは泣くこともできない状態だったのだろう。

 

 しかし、痩せて細くなっている体は戻らない。

 病的な不健康さは消えたものの、栄養が足りてないのだ。

 

 ……本当に、ひどいことをする。

 

 

 僕は、守るべき弱者を食い物にするような人間が大嫌いだ。

 

 とくに幼い子供を(しいた)げることなど、あってはならない。

 それは、人にとってもっとも嫌悪するべき行為だ。

 

 なぜ同じ人でありながら、そんなことができる……!?


 自らが幼いときに、虐げられたことがあったのか?

 ないならば、なぜそんな非道ができるのか。

 あるならば、その痛みを『知って』いるならば、なぜ悲劇を繰り返すのか。

 

 そしてなぜ……。

 そういった者はどんな時代、どんな場所であってもいなくならないのか……。

 

 もしもそうさせることが、人という存在の根底に刻まれているとしたら。

 人とは、どれほど愚かしいのか……。


 

 僕まで、涙を流しそうな気持ちに陥る。

 

 しかしいつまでも、そんな悲しみを覚えているわけにはいかない。

 

 僕はもっとも近くの、そしてもっとも泣きじゃくっている少女に前へと歩く。

 膝をつき、割座――云うところの女の子座り――で泣いている少女の、赤毛の頭を撫でる。

 

 すると彼女はより一層大きな声で泣き、僕にしがみついてきた。

 

 どれほど苦しくて、悲しくて、辛かったのだろう……。

 胸元で泣き叫ぶ彼女の声は、僕の心にまっすぐ突き刺さっていく。

 

 僕は、彼女の頭を抱えるように、撫で続ける。

 ……今できることは、それしかなかった。

 

 ――そのとき、あることに心づいた。

 

 そのままでいること、しばし。

 少女の声は次第に小さくなり、呼吸も落ち着いてくる。

 

「おやすみ」


 僕が言うのと、彼女から規則的な寝息が聞こえ始めるのは僅かな差だった。

 

 周りで同じように泣き、混乱している子たちには眠りの魔法をかける。

 悲しいことだが、未だ大きな問題を抱えている中で彼ら全員の世話をしている暇はない。


 あとでゆっくりと、彼らに向き合おう。

 

 もしも彼らが眠って起きて「最低の悪夢だった」と言えるなら、良いのだが……。

 僕は、そう祈る。

 

 

 

 彼らは、傷を癒さねばならないのだ――。

 

 心の傷を。

 

 体の傷は、どうとでも直してやれる。

 けれども心は、そうはいかないものだ。

 

 本当に危うければ、時間を巻き戻して、すべてを忘れさせることもできる。

 

 しかしそれは、――良い悪いを別にして――その人を変えるということだ。

 人とは、積み上げた時間によってできているのだから。

 

 魔法は、それを否定し消し去る。

 消えた時間が、人に与えたものが全くの無になる。

 

 つまり、その人にあったはずの一つの可能性を消すのだ。

 

 どんな場合であれ、本来的に褒められるものではない。


 しかしその判断も、本人の幸せにつながるかどうかが、最も大事なことだ。

 その可能性が、幸せへと至ることがないと思えば……。

 僕は、魔法を使う。

 

 それは、とても重たくて難しいことだ。

 なにせ相手は、魔法をかけられたことすら、憶えていないのだから。

 

 つまりどうあれ、僕が責められることは、ない。

 

 ――それが最も、僕には辛いことだった。

 

 

 

 そしてもうひとつ、文字通り僕が抱えているものも問題だ。

 

 僕の腕の中で眠りに落ちた、涙の跡が痛々しい少女を、横抱きにして見つめる。

 

 日に焼けたような、薄い褐色の肌。

 背中にかかるかどうか、という長さの赤毛。

 そしてその赤毛から覗く、小さな耳。


 その耳は、人のものとは違った。

 

 パッと見では、わからないくらいの違いではあるが……。

 しかし確かに、耳の端が尖っている。

 

 この肌色に、この耳の形ということは――。

 

 ――この子は、ドワーフだ。

 

 これはまた、面倒な事態になってきたぞ……。

 僕は少しの間、遠い目になってしまう。

 

 そこに、ぞろぞろとクレアたちがやってきた。

 

「師匠。 こちらは無事っ……!!」

 

 僕は顔を上げて、不自然に言葉が途切れたクレアを見る。

 彼女は両手で口を塞ぎ、目を見開いて驚愕していた。

 他の面々も、一様に似たような様子だ。

 

 ……この部屋の、痛ましい有様を見て取ったからだろう。

 

「師匠……その年端も行かない女の子は、どうしたのですか……?」


「……かわいそうに……こんなあられもない恰好で……」


「なんでー……抱きしめてるの、賢者ー……?」


「あんた、まさかその子を……!」


 違った……。

 

 ウェルティナは半笑いで、絶対に状況を楽しんでいる。


 ベーチェルは純粋に? 不思議がっている様子だ。


 アイラは目元にハンカチを当てているが……芝居くさい。

 あっ、今一瞬だけ、僕を見て笑った。

 まさか……さっき(そそう)の件の意趣返しか……!?

 

 そして、問題はクレア。

 彼女の目が、据わっていた。

 その光を失った目で、僕をジッと見つめている。

 

 ……僕の状況を確認しよう。

 

 ドワーフの少女を抱えている。

 少女はみすぼらしい布を巻いただけのような恰好だ。

 その顔には泣きはらした跡がある。

 

 ……確かに、勘違いされてしまう要素はあるかもしれない。

 

 だがそんなことを僕がするはずがないのは、クレアもわかっているだろうに……。

 

 なぜか、勘違いしているようだ。

 聡明な彼女が、一体どうしたというのか……?

 

「いや、クレア……。これは彼女たちを保護しようとして、だな……」


「……ならなぜ、その子を抱きしめているのですか?」


「この子が、一番泣いていて……」


「泣いている女の子を、抱きしめたのですか……!?」

 

 僕に近づいて、顔を覗き込んでくる。

 いつもはない凄みが、彼女の言葉に宿っていた……。

 

「ち、違う。慰めようとしたら、抱き着かれたんだ……!」

 

 圧迫するような目線と相まって、僕は腰が引けてしまう。

 ……だが、よく見るとクレアの目が潤んでいるような…………。

 

「ほらほら、クレア。そこまでにしなさいな」


「そうだよー。賢者がー、ひどいことをするわけないよ」


 ウェルティナ、ベーチェル!

 今までの君たちの迷惑な行いは、水に流すよ……!

 それほどにありがたい救いの手だった。

 

 クレアが、僕の顔を覗き込むのをやめて、精霊たちの方を見る。

 そして何か言おうとしたとき、横からアイラが言葉を入れた。

 

「殿下、落ち着いてください。賢者様は取られたりなんてしませんよ」


 アイラが、そんなことをクレアに言った。


 ……?

 よく意味が、わからない……。

 僕はクレアの師匠だが、ものじゃないぞ。


「なっ! わ、私はそんなこと思っていないぞ、アイラ!」


「本当に、ですか?」


「……い、いや、うむぅ……」


 黙り込んでしまったクレアの顔を、今度はこちらが覗き込む。

 すると彼女は顔を赤くして、僕から距離を取った。

 

 なぜだ……。

 

 まあ、僕の疑いが晴れたのならいい。

 

 まずは、この現状と僕の腕の中にいる少女についてを、彼女たちに話さなければならないだろう。

 

 

 ――そして、この奥にいるだろう精霊を開放しなくては。

 

 

 そう思い、僕は口を開いた。

 

 





 

 

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