11話 暗闇の光明
寒さは体だけではなく、心も徐々に凍てつかせていった。
怒りも、悲しみも薄くなっていた。
絶望も、そして希望も忘れてしまいそうだった。
恐怖で満足に寝ることはできず、雀の涙ほどの食事は反って空腹を呼んだ。
感情が凍り付いて、疲労と空腹がおろし金となってそれを削り取っていった。
もう、ぜんぶがどうでもいい……。
そんな考えが、浮かんでしまうようになっていた。
ううん、ウチは……帰らないと……。
それでも父と母のもとに帰るという意志だけが、少女の心を支えていた。
ウチが、勝手に里の外にでなければ……。
こんなことに、ならなかった……。
お父ちゃん、お母ちゃん……心配してる、よね……。
でも、ウチもう……家に……帰れないかも……。
……しかし、そのたった一つの支えも、折れかけだった。
暗がりの中、陽の光を浴びる事もなく……。
もう時間も日付も、ずいぶんと前からわからない。
周りに人がいるものの、温もりを感じることも言葉を交わすこともできない。
暗闇と孤独が、人としての大切なものをじわじわと蝕んでいくようだった。
怖い……怖いよ……。
顔を俯かせて、膝を抱えていた腕に額を押し付ける。
その状況で、少女は絞り出すように呟いた。
助けて……だれか…………。
無意識に呟いた言葉は、少女の心に波紋を起こした。
その願いが叶えられるには、どれほどの奇跡が必要なのか。
あるはずがない、そう言ってもいいほどだと少女は分かっていた。
わかってる、けど……。
ウチは、信じずにはいられない……!
……ううん、信じる事しか、ウチにはできない……。
でも、だからこそ。
ぜんぶ、ぜんぶ諦めて……やけになりたくない……。
たとえ、どんなことが待っていたとしても……。
ウチは、最後まで……ウチをあきらめない!
独りよがりな絶望になんて、ひたらない。
最後の、最後まで抗うのだと少女は決意の火を灯した。
その火は、凍った心を溶かし始めた。
ゆっくりと、少女は顔を上げる。
その瞳に、絶望の影はなくなっていた。
そして奇跡は、起こった。
いや、――まるで少女の決意に呼ばれるように――やってきたのだ。
突然、扉が吹き飛んだ。
いつも見る濃い緑色のローブの男が、叫び声を上げながら宙を飛んでいた。
そのまま地面と平行線のままに、反対側の扉に頭から突っ込んでいく。
それによって反対側の扉も張り倒された。
淀んでいた空気が、かき回される。
吹き飛んだ扉から、光が溢れてきた。
久しぶりの光はとても眩しくて、目が開けられない。
カツン、と音がした。
その音は大きくはなかったが、不思議と響いた。
もしかしたら――そんな期待を、音は呼び起こす。
少女はいまだ光に慣れない目を、必死に開けようとする。
霞む視界には、一つの影が見えた。
なくなった扉のところに、光を背に立つ人影があった。
その影は大きな杖を手に持ち、ローブを翻している。
そして、その影は言う。
「もう、大丈夫だ」
口が震え、目元が熱くなる。
「君たちは、僕が助けよう」
ついでに、だけれど――と人影は言った。
少女は、もう光に慣れた瞳に、その姿を映そうとした。
しかし、それはできなかった。
次から、次へと……拭っても、拭っても……。
涙が溢れて、止まらない。
視界はにじんで、像を結ばなかった。
一瞬で周りの鉄格子が消え去り、手足を束縛していた輪と鎖がすべて地面に落ちた。
なにかの魔法が体を包み、汚れとすえた匂いが消える。
それでもまだ、少女は泣き続けていた。
人影は、座り込む少女の前に膝をついた。
そして手を伸ばし、少女の頭をゆっくりと撫でた。
忘れかけていた人の温もりに、少女はさらに泣いた。
そのまま飛びつくように、人影に抱き着く。
その温もりと、大樹のような雰囲気に少女は安らぎを覚えた。
しばらく声を上げて泣いて……。
そして泣きつかれたのか、そのまま少女は眠りに落ちていった。
少女は意識が沈む直前――。
頭上から、「おやすみ」という言葉が聞こえたような、気がした。
まだ、この子の名前がなかったり。




