3話 王女の述懐
私は、成さねばならないのだ。
***
ファルシウェン王国の第二王女として、私は生を受けた。
しかし、姫というには私はお転婆なものだったようだ。
口さがない者には、じゃじゃ馬王女と呼ばれていた。
そういわれるのも仕様はないとは思う。
私は幼いころから冒険譚に憧れていた。
数々の物語の英雄たちに憧れていた。
そんな私は、お淑やかな姫にはなれなかった。
行儀などの教育をすっぽかし、騎士の訓練に何度も混ざろうとした。
さすがの騎士団長でも、王女の言葉には背けなかったのだろう。
数回は剣の振り方を教えてくれた。
しかし、やはりと言うべきか父王の耳に入ると直々にやめるようにと申し付けられてしまった。
私は、納得しなかった。つまり、駄々をこねた。
ひどい癇癪だった、と今では思う。
父上も匙を投げたのか。
「剣を持たないのなら、其方の好きにするといい」
と最後は言った。
さすがに王女が剣をもつことだけは、許せなかったようだ。
私は、剣を持たずとも冒険するためにはどうすればいいのか考えた。
物語の英雄譚でも現代の冒険者でも、おおよそ4~6人のパーティを組んで役割を分担している。剣は他の者に任せるしかない。
私は、回復魔法を学びプリーストを目指した。
剣は持てないし、物語のプリーストのような落ち着きや包容力はないかもしれない。
しかし、私はたしかに冒険する資格を得る事ができると思った。
幸いにして、周りの者にとっては悪いことに、私には聖と水の魔法に才能があった。
魔法の教えを受け、修練を続けて四年が経つころには国でも有数のプリーストになったいた。
そしてさらに二年後、周りの猛反対を抜け出し、騎士団や宮廷魔法使い、精鋭メイド部隊から引き抜いた者達でパーティを組み冒険者になった。
冒険者になって、私はたくさんのものを知った。
世の中にある陰の部分、人の悪性、人の負の感情と人の弱さ。
世の中にある陽の部分、人の善性、人の正の感情と人の強さ。
人々の営みと繋がり、連綿と伝わっていくものの大切さ。
悲しみや恨み、それが連鎖していくことの悲惨さ。
自然の厳しさと無慈悲さ、気高さ。
その底知れない大きさと喩えられない美しさ。
世界は、私の考えや思いなど吹けば飛ぶようなくらい、広く深い。
私は冒険を心から愛していた。
***
ファルシウェン王国は農林畜産業が豊かで、近年は海洋貿易も軌道に乗っていて景気は悪くない。
人々は平穏な日常を享受していた。
しかし、冒険者になってから三年ほど経ったころだった。
ファルシウェン王国で病が蔓延した。
それは最初、一部で流行り病が起こった、くらいのものに思われていた。
それは間違いだった。
罹患すると一週間もしない内に、体中が青紫の斑点で覆われ死に至る。
その恐ろしい病は瞬く間に王国全体に広がった。
私も冒険は一時取りやめてプリーストとして尽力した。
しかし、あらゆる薬、魔法を試しても回復する者はいなかった。
そして、とうとう王宮の者にまで患うものが出た。
このままでは、国が滅ぶやもしれぬ危機だった。
王や国の重鎮たちは連日会議を開き、対処を議論していた。
しかし、もう議論ではどうにもならないところまで来ていた。
諦めにも似た、どうしようもないような空気が場を支配していた。
このままなにもせず、運命に身を任せるなど私は許せなかった。
何か、何かないかと私は必死に打開する術を探した。
だが碌な成果など得られず、私はベットに身を投げ出していた。
そのときだった、ふと顔を横に向けたときに書架に目がいった。
私の愛読書、数々の英雄譚の収まった書架だ。
それらに登場する彼ら彼女らならば、この危機も救えるのだろうか。
と思ったとき、私は背筋に震えが走った。
そういえば、冒険の最中にいろいろな逸話を聞いた。
中には、魔の森の賢者様の話が多くあった。
そして彼は、今でも魔の森奥深くに生きているのだと言う。
様々な伝説、おとぎ話に現れるかの者の英知を賜ればこの国の滅亡は避けられるのではないか。
可能性は低くとも、今は藁にもすがるべきだろう。
私は父上と相談した。
話し合いは紛糾した。
ファルシウェン王国の西端にありどの国のものでもない不干渉地帯にして、死の森たる魔の森の深くに、おそらくはいるだろうという賢者を探す旅だ。
しかし、座していても現状が悪化していくのは明らか。
都が機能しなくなるのも時間の問題だった。
私は、私を行かせまいとする父上を説き伏せた。
魔の森に大人数で入ってもその分死ぬだけ、一握りの精鋭で行くべきだ。
私のパーティと近衛騎士団の精鋭、合わせて十二名で賢者捜索隊が結成された。
そして、出立の日。
魔の森に出向く私たちには、危機的状況の中にあってささやかな見送りがあった。
そこで私は、初めて父上の涙を見た。そして母上の涙ながらの抱擁と兄上たちの激励に受けて旅立った。
そして、魔の森の最も近い町に着いた私たちは賢者様の存在を確信することになった。
いつだか、冒険のなかで寄った食堂で冒険者の男に聞いたことは疑っていたが真実であったのだ。今なら、あの男に疑っていたことを頭を下げてもやぶさかではなかった。
私たちが見たものは、魔獣の死体の山だった。
それは、壮観だった。
国でも上位の私のパーティでも狩れるかどうかといった魔獣が数体、他はまず見たら命からがらに逃げ出すような個体。
過去に国を傾けた、滅ぼしたと言い伝えられるものや、まったく未知のものまで混ざっていた。乾いた笑いが止まらなかった。
町の長に話を聞き、噂の古代の文字で書かれた看板も見せてもらった。
やはり、賢者様は今もこの魔の森にいると結論した。
私たちは士気を上げて、魔の森に踏み込んだ。
***
そして、私たちは地獄を見た。
覚悟はしていたはずだった。
生きて戻ることのほうが難しいだろうと。
三日で四人、三分の一が死んだ。
魔の森は過酷というのも生ぬるい場所だった。
危険な魔獣はもちろん、毒をもつ虫や植物、その中で生き伸びている普通の獣ですら脅威だった。
まず、魔獣は避け、肌で虫や植物を触れないようにし、できる限り気配を消した。
五日でさらに四人、三分の二が死んだ。
この状況の中、疲れが蓄積し判断が鈍り、体の反応も鈍っていた。
私も、怪我や毒の治療で魔力を使い続けても睡眠が満足に取れないのでほとんど回復しなかった。
残ったのは私と私のパーティメンバーだけになっていた。
賢者様は魔の森の奥深くの神聖な泉の畔に住まっている、というので私の水の魔法で大きな水の気配を探り、辿ってきた。
あと、一日歩けばそこにたどり着く、はずだった。
緊張の夜がまた明け、私たちは進みだした。
昨日までと違って、魔獣の気配がほとんどしなかった。
これは、賢者様の住処に近づいたからだろうかと思っていた。
しかし、それは違った。
それに気づいたのは、元精鋭メイド隊にして、パーティの斥候・探索の要であるアイラだった。
「地面が揺れています! 殿下、何か近づいてきています!」
私たちはすぐに臨戦態勢に入り、その場を離脱しようとした。
だが、できなかった。
とてつもない速さで現れたのは、二足歩行の見上げるほど巨大な魔獣。
もう、おとぎ話のなかにしかいないとされている伝説。
グラウンドドラゴンの始祖と言われている、古代種。
地を駆ける王。
エンシェントグラウンドドラゴンだった。
他の魔獣はこれを恐れ、離れていたのだ。
私たちは仰ぎ見る絶望の権化に腰を抜かしていた。
エンシェントグラウンドドラゴンにしても人は珍妙なものだったのだろう。
しばし睥睨した後、羽虫を払うようにその大きな頭を振りかぶった。
ああ、私はここで死ぬのか。
やはり私は英雄たちのようにはなれないのだな。
すまない、国の皆よ。
さようなら、母上、父上……!
悔いと懺悔が胸中によぎり、目を閉じて、その時がくるのを待った。
しかし、来たのは衝撃ではなく、瞼越しに感じる強い光だった。
そして遅れて感じたのは、息が詰まるような魔力の重圧。
手をかざしながら目を開けて見えたのは、超重量の薙ぎ払いを手の平ほどの障壁で止めている漆黒の髪をもつ男の姿だった。
ヒロイン登場?
というか主人公黒髪だったのか…