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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
囚われの精霊編
38/76

8話 賢者の手順

 しばらくしてようやく、場が落ち着いた。

 

 二人を見据えて、僕は言う。

 

「二人はそのワッペンを肌身離さずに持っているように。もうわかっていると思うが、ここではそれが命綱になる。くれぐれも注意してくれ」


「はい、必ず」


「わかりました」


 二人は神妙に頷いた。


 そして、僕たちにとっての本題に話は突入する。

 

「じゃあ、この大陸における精霊の安否を探ろうか」


 僕がそう言うと、クレアはきりっとした顔のままに僕に問いかける。

 

「ですが師匠、どうするのですか? 小さな大陸と言ってもファルシウェンよりも広大な土地です。そこをくまなく探すというのは……。目ぼしい町に行って情報屋を利用したりするのですか?」


 そこそこ大きい町には、情報を生業(なりわい)にするという者が大抵はいる。

 奴らは黒とも白とも言えないような輩ではあるが、もたらす情報はおおよそ信頼できる。


 なにせ、だれが好き好んで誤った情報に金を払うだろうか。

 情報が誤っていれば、即時に淘汰されて廃業する。

 もし黒に足を突っ込んでいたりなんてすれば……廃業がそのまま命の危機だ。

 そういう、あまりキレイではない業界といえる。

 

 だからクレア、君の口から情報屋が出てくるとは……。

 クレアは王女だよな……?

 

 クレアが冒険者として活動中にどんなことがあったのか、気になってきた。

 アイラにはもちろん、場合によってはマイクやデリアにも問い詰める必要があるかもしれないな……。

 

 

 師匠としては――――。

 やはり弟子に、危ないことはしてほしくない。

 

 だが、クレアの性格では、物事に前のめりで突っ込むことをやめさせるのは難しいだろう。

 彼女は深い優しさと、強い意志を持っているから。

 

 そういう者は、曲がらない。

 いや、曲がることができない。

 物事に対して真っ直ぐにしか受け止められないし、立ち向かえない。

 それによって自分が――または相手も――傷つくことを、分かっていたとしても。

 

 そう、真っ直ぐで、とても不器用なんだ。

 

 

 だから、折れやすい。

 

 

 曲がることができないから、折れてしまうのだ。

 

 僕は、何人も見てきた。

 真っ直ぐすぎて、曲がったことに折り合いがつけられなかった者たちを。

 そうして、折れてしまった者たちを。


 それは力もないのに立ち向かった者、あるいは力が足らなかった者。

 それは世界の厳しさに打ちのめされた者、あるいは現実の重みに押しつぶされた者。


 つまり求める理想に対して、持つ力と心の強さが足らなかった者たちだ。

 

 彼らの在り様は、美しい。

 だが、美しいものというのは絶妙な均衡の上に成り立っている。

 それを構成する要素の、たった一つを崩されるだけで、すべてが崩れ落ちかねない。

 美しいとは、危ういものなのだ。

 

 けれど――――。

 

 

 僕は、クレアを強く見つめる。

 いきなりだったからか、クレアはビクッと身を硬直させた。

 

 ――クレアは、一度大きな挫折を経験した。

 

 しかし彼女は、立ち上がった。

 またしっかりと、立ち上がれたのだ。

 

 彼女は一度折れたがゆえに、――こう表現するとウェルティナに蹴られそうだが――太くなった。

 前よりずっとたくましい、強い心を得ただろう。

 

 だから、大丈夫だ。

 心の強さ以外は、鍛えて育ててやればいい。

 そうなればもう、彼女が折れることはない。 


 正しさと優しさを見失わなければ、きっと彼女は素晴らしい人間になるだろう。

 

 ……だから師匠としての、責任は重大だ。

 投げ出して、逃げてしまいたいくらいに。


 だが、いつだってクレアは、きらきらと眩しい瞳で僕を見るのだ。

 そしてその瞳が曇ることこそ、僕は恐れているのだから。

 僕が逃げ出すわけにはいかない。

 

 真っ直ぐな彼女に、僕もまた真っ直ぐに向き合わなければならない。

 

 慣れないことをしているな、と思う。


 しかし今、クレアの瞳に映る僕は、笑っていた。


 僕は、クレアに手を伸ばそうとする。

 なぜだか無性に、彼女の頭を撫でてやりたかったのだ。


 だが、机を挟んで座っているので届かないことに、手を挙げかけてから気付く。

 

 今度は苦笑いした。

 

「クレア、今度、君の冒険譚を聞かせてくれないか? どこに行って、何をして、どんなことを思ったのか……。今更だけれど」


 脈絡のない僕の言葉に、クレアは目を白黒させる。

 

「はいっ……!? い、いえ、わかりました。……今度、絶対にお話しますね!」


 しかし、最後は嬉しそうに笑って言った。

 

 

 ***

 

 

 ようやく僕は、クレアの質問に答えた。

 

「探知の魔法で、精霊の魔力を探す。どんな隠ぺいをされていても探し出せる魔法だ、その代わりに結果が分かるまで半日以上かかるだろう。そしたら後は、反応のあった場所に片端から行って調べる。これが基本方針だ」


 広範囲の探知ほど時間のかかるものはない。

 妨害や隠ぺいの魔法があれば、それをくぐり抜けるためにさらに面倒な工程が必要になる。

 

「だから、今日はそれしかできない。本格的に動くのは明日からだな」


「ええっ!?」

 

 クレアが愕然としていた。

 それを尻目に、アイラは僕に聞いた。

 

「すると殿下とわたくしは、本日何もすることはないのでしょうか?」


 それはどうだろうか。

 

「いや、たぶんあるだろう」


 アイラとクレアは首を傾げる。


「たぶん、ですか?」


 アイラは不思議そうに言った。


 だがまあ、まずあるだろうと僕は思う。

 なぜなら――。


「僕が使おうとしている探知の魔法、これの発動中は魔力の波動が一定周期で広がり続ける。そしてそれは大陸中を駆け巡る規模の魔法だ。当然その中心の、この建物の周りは高濃度の魔力で満ちることになる。……すると、どうなると思う?」


 沈黙が下りる。

 しかし、それは長く続かなかった。


「ああー、なるほど。ぼくはわかったよー」


 ベーチェルが笑いながら、クレアの肩に腰掛ける。

 

「魔の森の魔獣はー、賢者に向かってくるやつはまずいないけど。ここの魔獣はー、賢者を知らないもんね?」


 その通りだ。

 魔の森の魔獣は――良いことなのか悪いことなのか――僕に慣れている。

 強烈な魔力の波動を感じても、僕の家に向かってくるものは、もういない。

 昔から向かってきた魔獣は、ちぎっては投げちぎっては投げとやってきたので、さすがに学習してしまったのだ。

 

「そうよね。魔獣にしてみれば、泉の周りは死の土地なんじゃないかしら」


 ウェルティナ、僕はそこまで物騒じゃないだろ。

 それじゃあ、僕が死神か何かみたいじゃないか。

 泉の周りに関して、半分以上は泉の(ぬし)どののせいだろう。

 たぶん、きっと。

 

「なるほど! 師匠の魔力にあてられて、魔獣が集まってくるのですね?」


 クレアの確認に、僕は頷く。

 おそらく、そうなるだろう。

 

 ファルシウェン王国のときは、考える必要が無い問題だった。

 なぜなら、あの時戻しの魔法の対象には魔獣も含まれていたから。

 そして魔法の範囲もファルシウェン王国全土だったために、魔力が局所的に濃密になることもなかった。

 

 しかし、今回は違う。

 魔獣は普通に過ごしている中、濃密な魔力のスポットができる。


「すると、わたくしたちは迎撃ですか?」


 アイラが僕に問う。

 

「いや、違う」


 即答した。


「へっ? い、いえ、失礼。ゴホン。では、なにをすれば?」


 アイラは一瞬、間の抜けた顔をした。

 しかし、すぐにいつもの生真面目な顔にもどった。

 

 僕は、おそらく最も重要な役を担うだろうアイラに向き直った。

 それを見て彼女は、姿勢を正して僕を見つめる。

 

 僕は重い口調で、その一言を言う。

 

「解体だ」


 ポカーンと、アイラとクレアの口が開いた。






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