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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
囚われの精霊編
37/76

7話 賢者の仕立、そして北の大陸

「「寒い!!」」

 

 クレアとアイラが同時に叫んだ。

 

 地面には、雪が積もっていた。

 それも(すね)の半ばほどまで。

 今も雪は、しんしんと降り続けている。


 目の前には――視界はおぼろげではあるが――峻厳な山並みが見える。

 その裾野に、僕たちはいた。

 

 見渡す限りは、ほぼ白色で塗りつぶされている。

 まばらに生える木だけが、白の世界の異物だった。


 吹きすさぶ風は、まるで肌を刺すように冷たい。

 そしてその風音が、耳に聞こえるただ一つの音だった。

 

 そこにあるものすべてが、人の存在を拒んでいた。

 

 そう、ここは北の大陸。

 僕たちは、その厳しい大地にやってきた。

 

 

 ***

 

 

「さ、寒い。こ、こんなに寒いなんて……予想外だ……」


「ほ、本当ですね、殿下……。これほどの寒さは、初めて、です……」


 それはそうだろう。

 なにせ、もう秋になろうかといっても、僕たちがいた大陸は温暖だ。

 そこからいきなり寒冷の土地にやってきたのだから、実際以上の寒さを感じるのは当たり前だろう。

 

 そう、僕たちはいつもの通り――と言っていいのか――転移魔法によってこの地にきた。

 もちろん所要時間は一分もない。

 

 

 話が終わった後、一刻ほど後に僕たちは転移した。

 実は、準備することなどそれほどなかったのだ。

 障壁は常時張ってあるから戸締りはいらないし、そもそもやろうと思えばいつでも行き来できるのだから。

 着替えなどの荷物ですら、ウェルティナに預けているので手ぶらだ。


 旅好きの人間には、羨ましがられるのか憤慨されるのか、どちらだろうか……?

 

 

 また人前に転移しないように、この何にもない自然の真ん中を転移先にした。

 ファルシウェン王国では見れないだろう絶景だ。

 

 しかしそんな余裕は、クレアたちにはないようだった。

 やる気満々の様子だったクレアも、この寒さには敵わなかったらしい。

 

 それでも、クレアとアイラはかなりの厚着だ。


 クレアは、もこもことした恰好が愛らしい。


 アイラは……うん、メイド服だった。

 生地は厚手になっているし、スカートの中は素足ではないし、コートも着ている。

 しかし、メイド服だ。

 コートですらメイド服の一部に見える……。

 

 そういえば……アイラがメイド服以外の恰好をしているのを見たことがない……。

 

 だが、僕はそれ以上先の思考を止めた。

 ……触れてはならないものが、世にはあるのだ。

 

「……仕方ないさ、こういう所なんだよ。北の大陸っていうのは」


「そうそうー、それにほとんど何にもないんだよー。だから雪に突っ込まないようにねー、すれすれを飛ぶのが楽しいんだよ」


 精霊は、寒いとか暑いといったことで活動に支障をきたさない。

 だからそういった感覚には無頓着だ。


「たしかに、人がいる土地はとても少ないな」


 ベーチェルの言葉の前半部分に対して返す。

 後半は無視だ。


「ねえ、呑気におしゃべりしているとクレアとアイラが凍えちゃうわよ」


 すると、ウェルティナが震える二人を指して言った。

 

「し、師匠は、さ、寒くないのですか!?」


 クレアが歯を鳴らしながら聞く。


「ああ、僕のローブは寒さを遠ざける魔法も付与されているから」


 あと十数個ほど、いろいろな魔法がかかっているが。

 

「えっ……」


 クレアは、まるで信じていたものに裏切られたかのような、悲し気な表情になる。

 目から光が消えかかっていた。

 

 そこまでのことだったろうか……。

 

「大丈夫、クレアたちのことも考えているよ。まあ、最初くらいは肌でこの寒さを知ってほしかったんだ」


 そう言って頭をポンポンと叩くと、クレアの目に光が戻った。

 

「はい!」


 元気な返事に、思わず口角が上がった。

 そのままクレアから目を外して、辺りを見回す。


「そうだな、あそこらへんでいいか」


 少し離れた場所の、平らな地面を探し出した。

 そして魔法を唱える。


「≪建造≫」

 

 滑らかな灰色の石による立方体がそそり立った。

 その大きさは、僕の家の風呂小屋より大きい。

 

 そして僕たちから見て真正面には、人が通れるだけの縦の穴が開いている。

 

「とりあえず、アレのなかに入ろう」



 ***

 

 

 穴の部分には、引き戸の扉があった。

 その先には、また引き戸。

 それを抜けてようやく、建物の中に入ることができる。

 内側は光源がないので、真っ暗だ。


「≪灯火≫」


 魔法を唱えると、天上近くに一抱えほどの光の玉が現れる。

 それによって、中は明るく照らされた。

 

 中は区切りの一つもない、大きな一つの部屋になっていた。

 要するに、建物はただの箱なのだ。

 

 部屋は上下左右同じ材質によってできていて、継ぎ目が見当たらない。

 魔法でつくると、そういう現実味のないものができる。

 

「≪加熱≫」


 さらに、冷え切った室内を壁や床ごと温める。

 もちろん暑すぎない適温に。

 

「さて、と。ウェルティナ、適当な机と椅子を出してくれ」

 

「わかったわ」


 ウェルティナは、うーんと眉間にしわを寄せて考えた後、長机と長椅子を取り出した。

 それらは木製だったので、灰色の石材に囲まれたこの部屋では温かみを感じる。

 

 僕は座り、対面の席を示して言った。

 

「クレアたちも座ってくれ」


 ……。

 

 反応がない。

 

「……こんなしっかりした建物が、魔法ひとつでできるのだなあ」


「……いえ……おそらく賢者様としては、これでも手を抜いているのだと思います」


「……これほど建材を出せるだけでも、十分すごいのだが」


「……ええ、これだけの石材を一度に生成できるだけでも、すごいことです」


「……ファルシウェンの王宮建設時、最大の障害は石材の輸送だったそうだ」


「……王宮でも城でも、一瞬で建てられそうですね」


 二人は虚ろな目で、部屋の中を眺めていた。

 

「アイラ―、もしもしー」


「クレア、しっかりしなさい」


 精霊たちがそれぞれの頬をペシペシと叩く。

 

「おーい、二人とも」

 

「はっ! 師匠、なにか言いましたか?」


「はっ! 賢者様、なにか御用ですか?」


 ああ、正気に戻ったようだ

 

「そっちに座ってくれ」

 

 

 ***

 

 

 まずクレアたちは必要のない上着を脱いだ。

 そしてクレアたちが着席して、僕は話を切り出す。

 

「実はクレアたちにも、防寒のための魔道具を用意してある」


 僕は懐から、二つのワッペンを取り出し、机に置く。

 ワッペンには、細やかな刺繍がされていた

 しかし、その刺繍が表す模様は何なのか、よくわからない。

 

「これは持つ者に対して、もろもろの防寒に関する恩恵を与えるワッペンだ」


 冷風をそらす、水が()みない、熱を逃がさない、等々。


「師匠、そんな便利なものがあるのですか?」


「効果に対して随分と小さいものですね?」


 クレアとアイラがそう聞いてくる。

 う、答えづらい……。

 

「それはね、クレア。刺繍によって魔法陣を縫い込んでるの。不器用な誰かさんがなにを思ったのか、昔チクチクと針仕事をして作ったものなのよ。だからほら、見た目は汚い刺繍でしょう? 魔術的には問題ないけど」


「へええー、賢者ってばそんなことしてたのかー」


 …………精霊って、やつは。

 

「「師匠(賢者様)の手作りなのですか!?」」

 

 クレアとアイラが驚いて僕を見る。

 僕はしぶしぶと答えた。

 

「……そうだ、昔僕が作ったものだ。刺繍なら、小さく手軽なものが作れるかもしれないと思ったんだ」


「嬉しいです! 一生大切にします!!」


 へっ?

 

「いや、あげるとは……」


 言っていない――と僕は、続けられなかった。

 

 クレアが、ウルウルとした目で僕を見つめていた。

 両手でワッペンを胸元に握りしめ、瞳が絶対に手放さないと言っているような気がした。

 

 そして、クレアに向けて半ばまで伸ばした僕の腕。

 

 そこだけ見れば、僕がクレアをいじめているような構図だった。

 

 なぜだ。

 なぜ、ありもしない罪の罪悪感を感じるんだ……!


 しばしの間、その膠着(こうちゃく)状態は続いた。

 

 ……僕は白旗を揚げた。

 

「……わかった……それはクレアにあげよう」


「ありがとうございます、師匠!」


 クレアは満面の笑みを浮かべた。

 

 そのままクレアは、ニコニコとワッペンを見ている。

 

 うん、喜んでくれたようで僕は嬉しいよ?

 ……でもこの複雑な気持ちは、なんだろうか。

 

「ふふふ、賢者様は刺繍が苦手ですか。そうですか、うふふふ」


 アイラはアイラで、先ほどからなにやら笑みを浮かべている。

 それに、「メイドの勝ちです」「初白星です」などと言って一層口角が上がる。

 

 アイラは、うふふニヨニヨと相好を崩している。

 

 ……なにこのメイド、怖い。

 

 

 だが、針仕事が苦手であるのは事実だ。

 

 このワッペンも、僕の刺繍では使ってる素材の性能を引き出し切れていない。

 費用対効果の考えられていない代物になってしまった。

 

 しかも、いくつかの魔法陣を縫い込むことが限界。


 要するに失敗作なのだ。

 防寒程度のことが精一杯では、僕が考えた本来の(・・・)用途には利用できない。

 

 ……それに見た目が悪いのも、否定できない。

 僕に、芸術家の才能はないのだ。

 

 

 はあ。

 何に対してか、ため息が漏れた。

 

 



書くまで、ワッペンなんて出てこなかったんだけどな……

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