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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
病患の王国編
3/76

2話 賢者の頭痛

 そう、それは僕が『穏やかな』日常を健やかに過ごせるように祈ってからひと月ほど経った頃に起こった。


 その日は、朝から魔の森にさざめくような不穏な空気が立ちこめていた。

 僕も胃の裏が圧迫されるような嫌な感覚があった。


 そして少し陽が上った頃に、その原因が現れた。


「…………なあ、ウェルティナ」


「なに?」


 もちろん今日も僕と一緒にいたウェティナに尋ねる。

 ほぼ事実の確認であることは分かっていたが、どうしようもなく現実逃避したかった。

 否定の言葉を聞いて、「そうか、なら僕の勘違いだね」と言いたくて仕方なかった。


「なんか、僕の張った察知(さっち)の結界内に反応があるんだけど……」


「あるわね」


 容赦(ようしゃ)のない答えに僕は長い溜息をついた。


 ウェルティナはにやにやと僕を(なが)めて笑っている。


 僕は、家の半径五キロメートルほどを察知の結界で(おお)っている。


 僕の張った察知の結界というのは、その範囲内において活動する全ての存在を知ることができるものだ。


 この世界ではすべてのものには魔力が宿る。

 人はもちろん、動物や木、魔獣にはては石にまで。


 そして、生きているものの魔力というのは活発に働いている。


 これを見分けて活発な魔力を持つものを詳細に把握するのが、察知の結界だ。


 しかし常時展開していて、何でもかんでも調べられても把握しきれないので、頭に入ってくる情報は普段はほぼない。


 自然と結界を張ったときの状態と現状に大きな変化が出ると、水底から浮き上がるように変化したものが頭に入ってくるようになっている。


 つまり、反応があったなら変化が起こったのだ。


 そしてその変化の要因が、入ってくる情報からわかる。


 ああ、頭が痛い。


 人だ。人が踏み()ってきたのだ、この魔の森の奥深くに。


 厄介ごとの匂いしかしなかった。


「ウェルティナ、僕は少しピクニックにでも行ってくるよ。ひと月ほどね」


 座っていた椅子から立って、準備でもしようとする。

 しかし、僕は回り込まれてしまった!

 ウェルティナが顔の前に浮かんで通せんぼしていた。


「それもうピクニックじゃないわよね!? というかほら、起きて食べて寝る以外のことが起こりそうよ」


 ウェルティナはエメラルドグリーンの美しい瞳を輝かせていた。

 僕は逃亡したいが、彼女は歓迎のようだ。


「それが、嫌なんだ。早くここから離れないと」


「何言ってるの、たまには刺激を受け入れなさい? だいたい、どこに行くってのよ?」


「……人がいないところ。そうだな、デニゴヴァ山の(ふもと)かファルセン海の孤島とかがいいかな」


 僕は、以前目星をつけた場所を思い起こす。


「だめよ、静かに待ちましょう」


 ウェルティナは楽しいことや新しいこと、つまりいつもと違う何かが好きだ。

 そんな彼女は、招かれざる来訪者がとても気になっているようだ。


「はあ、僕の平穏を君は願ってはくれないのか? どうかんがえても厄介の種だ」


「そうね、そうかもしれない。でも、この危険な魔の森にここまで踏み込んだ人間よ。そんな命知らずの目的を聞いてみたいじゃない」


 だから、厄介なんだってと僕は肩を落とした。


 そう、この魔の森は、超危険地帯だ。

 百歩歩けば、必ず魔獣に出くわす。

 どんな強者も千歩歩けば命を落としかねない。

 そして、万歩歩いたときには必ずその命はない。

 そんな場所だ。


 人がそんじょそこらの理由でここにやってきたりはしない。


 ここにたどり着くだけの力を手にするだけでも歴史に名が残るだろう。


 ここに来るだけの、大きな目的と強い意志があるはずだ。


 そして、自慢じゃないけど十中八九、僕が目当てだろう。

 いや、この魔の森の秘境にしかない薬草が目当てなら快く手伝うけどまず違うだろうなあ。


 まず間違いなく彼または彼女は、僕をその大きな目的への手段とするためにここまで来ている。


 まあ、その心の内はどうあれ苦労して来たのに留守(るす)というのは確かにひどいかもしれない。


 でも巻き込もうとしている彼または彼女もひどいと思う。


 だからどっこいどっこいだ。さあ、雲隠れもといピクニックしよう。


「うん、でもやっぱり僕はピク……」


 と言いかけたとき、察知の結界にまた反応があった。


 これは!?


「ウェルティナ! アレが現れた、家に近づくまえに片づけるぞ」


「ええ! でも、それはもちろんなんだけど、これ人間のほうに近づいてない? このままだと死んじゃうんじゃない?」


 その言葉は正しかった。


 奴は一直線に我が家に向かっている。

 これは活性した濃い魔力の多い泉と僕がいるからだろう。


 人の方は平坦なところをできるだけ選んで泉を目指しているようだ。


 奴の進行方向と人の進行方向は交わる。

 速度的にもちょうどぶつかりそうだ。


 奴と遭遇すれば、人はおそらく死ぬだろう。

 ここまで来る実力があるといっても、関係ない。

 あれは、この魔の森でも五指に入る強さだ。


 時間的余裕はもう、なかった。


 しかたない。家の周りで死なれても寝目覚めが悪い。


「ウェルティナ。転移する、座標はわかるな」


 僕と契約しているウェルティナには意識すると頭に浮かんでいるものを直接伝えられる。

 今、結界の情報から推測した交点の座標を彼女にも共有させる。


 僕が、それなりに長い詠唱をして転移するよりも時と空間の精霊であるウェルティナに任したほうが速い。


「相変わらず、精霊使いが荒いわ」


 そんなことを言いながらも彼女は嬉しそうに笑った。


「でも、いいわ。楽しくなりそうね! 行くわよ!」

 

 僕の肩にウェルティナは乗って、右手を上に挙げた。


 精緻(せいち)な魔法陣が、僕の足元から半径二メートルほどまで花が開くように広がった。


 そして魔法陣が輝き、視界が暗転した。



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