7話 弟子の煩悶
本日二話目。
クレア視点です。
これは由々しきことだ――。
***
ある朝。
いつものように、アイラに手伝われながら着替えをしていたときに、事態は発覚した。
私を着付けていたアイラの手が、急にピタリと停まった。
そして、恐るべき言葉が放たれたのだ。
「……殿下。その、少しですね……ふ、ふくよかに、なられています……」
……。
「……体が成長したわけではなく…………?」
私は最後の砦に望みをかけた。
「……はい……そうではありません」
望みは砕け散った。
薄々とそんな気はしていた。
最近の修行ではあまり動いていないのではないかと、そして食べ過ぎているかもしれないと。
だって、ここの食事はおいしすぎるのだ!
気づいたらおかわりをしてしまっている私がいる……。
いや、罪を食事に擦り付けてはならない。
おいしいご飯を作ってくれている師匠とアイラに失礼だ。
それに食事をとらないのもダメだろう。
今は成長期なのだ、成長してもらわねば困る。
私は体のある一点を見ながらそう思った。
であれば運動しなければ……!
私は胸に決意を込めて、宣言する。
「アイラ、私はこれから運動するぞ!」
***
「はあ、太った……?」
どこが――と続けようとした師匠は、ウェルティナに耳をひねられた。
いつもながらとても痛そうだ。
すべては節制のなっていない弟子のせいなのです……ごめんなさい、師匠……。
しばし師匠とウェルティナはなんやかんやとあったが、その後落ち着いた。
「……とりあえずはわかった。アイラ、しばらくのメニューは油を控えめにしよう」
と、アイラと食事について話し始めた。
師匠、不肖の弟子のために……ありがとうございます!
「だが、運動か……。何をするつもりなんだ?」
「そ、それは……」
私は目を泳がす。
「考えてなかったのか……」
「はい……」
そう、肝心の運動については何の案もないのだった。
でもどうすればよいのだろうか。
ここは魔の森、それの奥深くだ。
師匠が家の周りに張った半径五百メートルほどの障壁を飛び出してしまえば、そこは死の世界。
力のない者は存在することも許されない。
それに障壁内にしてもほとんどが深い森だ。
そんな場所でのんきに運動なんてできっこないだろう。
どこも木が生い茂り、根がむき出しに出ていたり地面を盛り上げている有様だ。
地道ではあるが、新入りの騎士がするような訓練を行うくらいしかないのだろうか……?
「対象をやせ細させる魔法とかもあるけど、あれは呪いだから調整は難しいんだよな……」
「魔の森に突っ込むより、そっちの方が恐ろしいわよ!」
あっ、師匠がウェルティナに蹴られた。
今のは私もちょっとダメだと思います、師匠……。
それから、師匠は一度「うーん」と唸ると立ち上がった。
「……ならこうしよう」
師匠はいたずらを思いついたように笑って言った。
***
「すごい、すごい、すごいです師匠! 魔の森がぐるっと見回せます!!」
本当にすごい。
師匠はあの後、家の外に出るように言うと魔法を唱え始めた。
師匠にしては長いその呪文で何をするのだろうか、とわくわくしながら見ていた私とアイラはその魔法が発動すると驚愕した。
次の瞬間、私たちは空にいたのだ。
私たちのいた家が足元に、両手で包めてしまいそうなほど小さくなっていた。
また、雲がいつもよりもずっと近くにあった。
周りを見れば、果てなく続くような魔の森が見渡すことが出来た。
この前に行った丘よりもずいぶんと高い。
それはとても壮大な景色だった。
私たちはガラスのように透明な何かに乗っており、光の反射からするとそれはとても広く続いているようだった。
「師匠、これはどういう魔法なのでしょう!?」
師匠は私が掴み掛るように尋ねると、いたずらに成功したかのように笑った。
「これは結界の応用だよ。丈夫に作ったから跳ねたりしても問題ないし、硬すぎないようにも調整したから運動には持って来いだ。これなら障壁の内部で存分に体を動かせるだろう? 連れてきたのは転移魔法でだけどね」
「あんたにしては、気の利いたことね」
「……僕はいつだって気の利く人間だよ」
「それはないわね」
これほどの規模の結界をあの時間で作りだしたのか、師匠は……。
それに今も言い合いをしているけれど、やっぱりウェルティナと、仲がいいなぁ。
そのことになにか、モヤモヤとする。
私はふたりの間に体を割り込むようにして、色々と聞いてみる。
すると、この上空にまで障壁を張っているのはドラゴンやワイバーンなどの飛行する魔獣に対するためで、ウェルティナに転移を頼まなかったのはこの距離で目視もできるなら師匠が自身で行ったほうが速いからだそうだ。
なるほど、聞けば聞くほど師匠の背中は遠い……。
これからも精進しなければ……!
そんなときだった、小さいけれど確かに叫び声が私の耳に届いた。
「でんか……! たかいです……! こわいですー……!!」
アイラが、腰砕けになって私に助けを求めていた。
もう目元が真っ赤で今にも泣きそうだ。
もしかして、アイラ……高いところは苦手だったのか……!?
長い付き合いだが、初めて知った。
あれ、でも王宮の塔には共に上ったりしたような?
そう思いつつ、私はアイラに駆け寄る。
「大丈夫だ、アイラ! 絶対に落ちたりはしないから」
「アイラは高いところ苦手だったか? それなら悪いことをしたな……」
後ろから師匠が問いかける、それは私も疑問だったことだ。
「ただ、たかいところなら、だいじょうぶです……。でも、したがみえるのは……。それに、これはたかすぎまず……!!」
涙声で聞きとりにくいが、アイラは必死に訴えていた。
そうだったのか、アイラ……。
「師匠……」
「わかってる。ウェルティナ、家に戻してやってくれ」
「はいはい、任せなさいな」
「すみません、でんか…!」と言いながら、ウェルティナに連れられてアイラは戻っていった。
「……まあ、予想外の事があったが仕切り直そう」
「はい」
私は師匠の助言を受けながら、その後運動をみっちりとこなした。
***
終えた後は、家に戻りお風呂に向かった。
汗を流し、湯船につかると得も言われぬ心地よさを感じた。
その日の夕食はアイラが「失態は取り戻します……!」と、とても気合をいれて作っていたからか、それともよく動いたからか。
いつもおいしいが、それよりもさらにおいしいと思った。
そして、部屋に戻るとすぐに眠ってしまった。
***
次の朝。
いつものようにアイラが手伝いながら、私が着替えをしていたときだった。
私はアイラに問いかけた。
「どうだ、アイラ……!?」
「……殿下。その、そのですね……か、変わっておりません……」
……。
「……そんなことないだろう…………?」
私はアイラの勘違いであることを願った。
「……いえ……変わっておりません」
願いは砕け散った。
「……なぜだろうか?」
「……殿下が昨夜、三回もおかわりをしたからではないでしょうか?」
そうだった!
「……アイラ、なぜ止めてくれなかったのだ?」
「わたくしの料理をあんなにもおいしそうに召し上がっていらっしゃる殿下を、どうして止められましょうか! わたくしにはできません!!」
アイラが「わたくしの幸せが……!」と必死に訴えるのを聞くと、こちらが悪いことを言ったような気になる。
いやいや、このままではまずいのだ!
このまま太ってしまったら、師匠も……!
それだけは絶対に嫌だ……!!
これは由々しきことだ……!!
私は頭を抱えて、そう叫んだ。
***
――その後、ウェルティナ監理の元に厳しい運動・食事計画が立てられた。
その結果として私は前以上の健全な体になったのは、また別の話。――
はやくなんとかしないと、この駄メイド……




