6話 師匠の企み
これは由々しき事態だ――。
ある夜。
ザーザーと降る雨の音が聞こえる中、魔道具の明かりが灯された書斎にて。
椅子に座り、机に両肘をついて合わせた手を顎の下に置いていた。
現状を打破する策を、僕は考え始めた。
***
夜が明けた次の日の昼。
昨日の黒々とした雨雲はきれいに消えて、抜けるような青い空が広がっていた。
温かい陽気でそよ風が心地よい。
ふむ、計画を実行する前提条件はクリア。
あとは――。
僕は食卓を囲んでいる面々――アイラだけは食後のお茶を淹れるために席を外している――に目を向ける。
「クレア、今日の実践訓練は無しだ。僕は少し出かけてくる」
「? 師匠、また食材でも取りに行くんですか?」
クレアたちが来てから食材の消費スピードも速くなっているので、何度か狩りや採集に行ったり町へ調味料を買いに行くこともあった。
そのときはクレアは付いてきたり、課題を言い渡して留守番だったりだ。
アイラは町へ行くときは必ず付いてくる。
どうにも女性の買い物というものがある、とのことだ。
それを聞いたとき、アイラを送り返さないで本当によかったと思った。
なんせ正直、そういったものは失念していたのだ。
それを補ってくれているアイラの存在には助かっている。
だが、今回は食材関連ではない。
「いや、今日は野暮用だよ。クレアたちはゆっくり過ごしてくれ」
「課題もないのですか……」
クレアはしょぼんとしていた。
この子はいささか真面目すぎるな……。
「たまにはそういった時間を得るということも大事なことだよ」
「そうなのでしょうか?」
「ああ、常に走り続けることが必ずしも良いことではないんだ。歩くことで得るものだってある。それに人はいつまでも走り続けることなんて、できないものだよ」
走るということは、急ぐということだ。
そして人は、急げば視野が狭くなる。
また走り続けるということは、消耗し続けるということだ。
そして人は、消耗し続ければ倒れる。
彼女には視野の広い人間になってほしいし、いつまでも健やかでいてほしい。
だから走るべき時に、走ればいい。
僕はそう思う。
「わかりました、師匠! 今日はゆっくりさせてもらいます」
クレアがキラキラとした目で僕を見る。
僕の汚れた心にその純真さが突き刺さる……!
「野暮用ねぇ……。なんとなくわかったわ」
ウェルティナは僕をジトッと見て言った。
やはり君が一番の障害か、ウェルティナ!
「……ウェルティナはどうする、ついてくるか……?」
僕とウェルティナはジッと見つめ合った。
はあ、とウェルティナは息をつくと言った。
「……今日はクレアと一緒にいるわ」
そして僕の耳元に来て囁いた。
「でも、これは貸しよ」
彼女の顔はニンマリとしていた。
おぬしも悪よのう。
「旬の果物の詰め合わせで……」
「それでいいわ……」
僕たちは握手を交わした。
クレアは不思議そうにそれを見ていた。
***
そして僕は同じ魔の森ではあるが、泉から離れた小高い丘の上にいた。
ここは魔の森を一望できる眺めの素晴らしい場所で、常に障壁を設置してあるほどに僕のお気に入りだ。
僕はそこでハンモックを張っていた。
そう、僕は昼寝をしに来たのだ!
最近は毎日動いていたから、めっきりと午睡を楽しむ時間が無くなっていた。
それは僕にとってひどく厳しかったのだ。
ハンモックに寝転がり、揺られているとしみじみと思う。
ああ、幸せだ。
僕はしばらくぶりの多幸感に浸る。
そのうちに僕の意識は沈んでいった。
***
なんだか、息苦しい……。
そう感じて僕は目を開けた。
すると驚きの光景が目の前にあった。
「……なぜ……?」
ウェルティナとクレアが僕の上にいるのだろうか……。
しかもふたりとも気持ちよさそうに寝ている。
……。
もしかしなくともウェルティナめ、裏切りおったか。
どうせ、僕がどこで何をしているのかを口走ってしまったのだろう。
そしてクレアをここに連れてくる流れになったに違いない……!
なんで、一緒になって寝ているのかはわからないけれど。
まあ、いいか。
上を見上げれば、吸い込まれそうなほど青い空があった。
耳には木々を飛び交う小鳥のさえずりが聞こえてくる。
そして、時折に風が優しく僕達を撫でる。
こんなにも心穏やかな昼下がりなのだ、野暮なことはなしだ。
僕の胸に乗っている、眩い金色の頭にそっと手を置く。
その手触りはつややかで心地よく、そしてとても温かかった。
僕は、ゆっくりとその形を憶えるように、撫でる。
――君は、いつも僕に「ありがとう」と言うけれど、僕も君に……。
「……うーん、ししょう?」
すると、空の色よりもなお青いその瞳が開き、僕を映した。
「おはよう、クレア」
僕は優しく言った。
その間も手はゆっくりと、彼女の頭を撫でている。
まだ彼女が寝ぼけ眼でいる間は、こうしていよう。
そのうちに、この頑張り屋で恥ずかしがり屋な愛弟子は、顔を赤くして飛び起きることだろうから。
そう思いながら僕は、夢現の彼女を撫で続けた。
初心に返る、というわけではありませんがこれが彼のスタンス。




