16話 賢者の解決法
謁見の間を出た僕は、宮殿の外にでるために長い廊下を歩く。
これから行うことに対する、様々な思いが、一歩ごとに浮かんでは消えた。
***
「≪飛翔≫」
僕は外に出ると、飛翔の魔法を唱えた。
足が地面から離れて、ふわりと身体が浮く。
向かったのは、この王都でもっとも高い場所、王宮にある塔の頂だ。
そこに僕は、ゆるやかに足から着地する。
日はかなり傾き、夕暮れの一歩手前だ。
「ウェルティナ、少し離れててくれ」
「ええ、わかったわ」
ウェルティナは僕から、五メートルほど離れた中空に移動した。
僕は空から、身の丈ほどの節くれだつように禍々しい黒い杖を取り出す。
その杖を縦に一回転させてから、高らかに音を立てて塔の屋根を突く。
「……じゃあ、始めよう」
まずは、この大陸に入り込んだ原ネズミを駆除する。
それがなければ、病気をどうにかする以前に事態は収拾しない。
では、どうやって原ネズミを駆除するのか?
不特定多数で、所在地不明の生物を一匹ずつ火あぶりにすることはできない。
それより、広範囲魔法で大陸の地表すべてを焼き尽くすほうが遥かに現実的だ。
実行すれば、人も森も、何もかもが巻き添えになるが。
「≪原初の闇よ≫」
――僕の足元から、黒い靄がモクモクと立ち昇る。
そこで、僕が選んだのは呪詛だ。
呪詛とは、闇の魔法の一つ。
この世で最も古い魔法の形にして、すべての魔法の原点。
僕は、以前に原ネズミを見て知っている。
だから呪える。
そんな魔法ありえるのか、と思うかもしれない
しかし、闇の魔法はどれもこれもが理不尽な魔法ばかりだ。
効果がでる時や距離、範囲などは自由自在。
そして、大抵の効果はえげつない。
「≪此処に顕現し≫」
――靄は辺りを漂い、回りだす。
その代わり、闇の魔法は扱いが極端に難しい。
まず、相手の魔法防御が魔法の強度より強いと術者に魔法が跳ね返ってくる。
ただの生き物ならともかく、魔術師相手はリスクが高く、ドラゴン相手はただの自殺行為だ。
そして魔法の構築で何か間違えたりすると、まったく違う効果が現れたりもする。
これはとても危険なことだ。
庭に生える草に枯れ落ちる魔法をかけたら、手順を誤ってその草は変質、触れるものは腐りおちる毒の花粉をまき散らす草になった――――。
なんてこともある、これは実体験である。
「≪世に溢れ≫」
――赤黒い光が空に立ち上り、同様に赤黒く太さも不揃いで歪な線が、僕の足元を中心に全方位に走り出す。
――不気味に輝く線は瞬く間に王都中を駆け巡り、さらに外に溢れ出す。
普通の魔法は効果がない相手にかけたり、間違えたりすれば不発で終わる。
けれど、とんでもなく闇の魔法はひねくれ者なのだ。
そのひねくれ者な魔法と、僕はとても相性がいい。
空間系なんかに次ぐぐらいに、闇属性と親和が高い。
僕は使い勝手が悪く、実戦に向かない魔法ばかりがもともと得意であり、昔は随分苦労したものだ。
「≪彼のものを喰らえ≫」
――そして赤黒がすべてを飲み込んだ
これは、『奈落の夕闇』という魔法。
対象を消し去る、というもう歴史に消えた禁忌の魔法だ。
文字通り、死体も残らず消える。
僕はそれを、この大陸にいる原ネズミに使った。
原ネズミは、まるでこの大陸にはいなかったかのように、消えていなくなる。
僕にとって不都合だから、消えてもらうのだ。
例え、やつらがこちらの大陸に来てしまったのが事故だとしても関係ない。
やつらが、人にとって害悪であるがゆえに僕たちはやつらを害獣とする。
害獣であるから駆逐する、当然の結実だ。
動物同士だって、テリトリーを犯されれば闘争が起こる。
人と動物であってもそれは変わらない。
ただそれが、一方的であるかないかの違いでしかない。
哀れには思う。
でも僕も人であるから、それらを野放しにはできなかった。
約束もしてしまったからね。
だが、「殺したくなかったけど、仕方なく殺した」などということは、口が裂けても言ってはならない。
それは責任を否定すること、つまり命に対しての冒涜だ。
仕方なく殺したんじゃない。どうしたって僕たちに不都合だから殺したのだ。
僕たちは、そう言うべきだし、そう言わなければならない。
「第一段階は無事、終了ね」
ウェルティナが僕の肩に戻ってきて言った。
「……ああ、次に移ろう」
僕は禍々しい杖を空に収め、今度は表面に幾何学模様が刻まれた、透き通るように青白い杖を取り出した。
僕はその美しい杖を見つめながら、思った。
そう、本当の非道は、これから行うのだ。