14話 賢者の謁見
本日二話目。
僕は今、室内だというのに大きく厳かな扉の前にいた。
その扉の先には謁見の間がある。
これから王への謁見が始まるのだ。
謁見という言葉の意味を意識すると、王が僕より目上いうのには疑問があるが、まあ様式美というやつだ。
騎士二人が、ゆっくりと扉を開き始める。
誰かが唾をのむ音が聞こえた。
両開きの扉が完全に開き切ったとき、クレアが大きく息を吸い、吐いた。
そして元から良い姿勢をさらに正し、彼女は堂々と歩き出した。
一行もそれに続いていき、僕は最後尾を歩いた。
注目の視線が刺さるように注がれる。
とても居心地が悪い、帰りたくなってきた。
いやいやそれはだめだろう、と内心を叱咤激励して行く先を見た。
目線の先には、玉座とそれに座る四十半ば過ぎぐらいの偉丈夫。
その斜め後ろには、貴婦人という言葉がよく似合う美女が座っていた。
その二人の左右に、十人ほどの様々な格好の者たちが姿勢よく立ち並んでいる。
王の御前に着くと、クレアたちは膝をつき頭を垂れた。
僕はウェルティナを肩に乗せたまま、立ったままだ。
「貴様、王の前であるぞ! 跪かんか、無礼であるぞ!」
すると、脇にいた一人である立派な軍服を着た禿げ上がった男が大声で言った。
こういう輩はどの時代どんな場所でもいるものなんだよな……。
彼を睨みつけるクレアたちや、彼の向かい側にいる――おそらく魔術師であろう――ローブを羽織った爺さんの冷や汗と震えが見えないのだろうか。
というか、王は面白げにしていないで止めてくれないだろうか。
はあ、と息を吐きながら僕は言う。
「無礼、ね。僕はファルシウェン王国に所属するわけではないし、この場にいる誰よりも年長だが?」
「たとえ我が国の民ではなくとも敬意は払ってもらおう」
なんという押しつけがましい敬意だ。
王の前でこんなことをするあなたの方がよっぽど敬意を払うべきだと思うが。
「貴様、賢者様になんということを言うのだ!? 貴様こそが無礼であろう!」
僕より先にクレアが爆発してしまった。
しかし、これは逆に良い機会だろう。
これは、年の功と言えるのだろうか……。
僕の経験上、こういう場で遜ってはいけない。
下に見られれば、厄介ごとを押し付けられる。
かといって、明確に敵対するのもまた厄介だ。
適度に力を見せてやる方が手っ取り早い。
「問題ないクレア、僕に貫禄がないのは確かだけれど……」
僕は、魔力の封を解き、うねらせる。
「この程度のことを気にするほど、狭量ではないよ」
建物が魔力の鳴動によってミシミシと鳴る。
「ただ、あまりうるさい者は退場してもらう、かもしれないね」
僕が真正面に向き直った、そのうるさい彼はガクガクと足を震わせ顔面を蒼白にしていた。
「なら檻にでもいれて、さっきの池にポイしちゃいましょうよ」
ウェルティナが過激なことを言った。かなり怒っている声音だ。
後ろから音が聞こえて振り向くと、ローブを羽織った爺さんが膝を折っていた。
かなり魔力に敏感なタイプだったか……悪いことをしたな。
「賢者殿。その者には後に処罰をいたす。そこまででお許しいただきたい」
王が覇気のある声で割って入ったので、僕はまた魔力を閉ざす。
「では、このままでいいだろうか?」
「もちろんだとも。我々はあなたと友好でありたい」
直球な言葉だが、まわりの者たちも一様に頷いていた。
僕としても、このぐらいなら十分だな。
「僕としては理由なく敵対することはないから、そちらの態度次第だろう」
「これは手厳しい。ではこれからは気をつけなければな」
王は苦笑いをしながら言った。
「そのまえに失礼。…衛兵よ! ジルドレッド軍務長官を連行し、軟禁せよ」
その言葉に素早く衛兵は動き、ハゲ――ジルドレッド軍務長官とやら――を連行していった。
扉が音を立てて閉まると、空気が緩んだ。
「ジルドレッド軍務長官は、近頃は目に余る言動が多かったので、今回の件で大きく降格となるでしょう」
と、アイラが僕たちにだけ聞こえるように言った。
そして注目が王に戻る。
「では、改めて。ようこそいらした賢者殿! 歓迎いたす!!」
すると王が立ち上がり、朗々と言った。
「そしてクレアよ、よくぞ大業を成し遂げた! アイラ、デリア、マイクよ、クレアを無事に戻すことまこと大儀である! 皆、よく、よくぞ戻った!!」
手を広げ、大きく言い放った。
ビリビリと空気が震える。
「父上、クレア・レーガン・ファルシウェンはその任を遂行し、ただいま戻りました!」
クレアも負けじと大きな声をだした。
アイラたちは声を合わせて、「勿体なきお言葉!」と言った。
王様は両手を腰にやり、うむうむと頷いた。そして言った。
「其方たちは、もう立ち上がり、楽にせよ」
一行はスッと立ち上がり、姿勢を正した。
すると、クレアが責める口調で言う。
「しかし父上、賢者様は私たちの付き添いでこの場に来ていただいているのです。あまり楽しむようなことはしないでください」
「クレアよ、この事態であるが我だって伝説に向き合おうものなら血が沸き立つのだ。許せ」
あっけらかんと王は言った。
なんというか、豪放磊落な人柄がしみじみと伝わってくるな。
「あなた、その事態は逼迫しています。娘の無事が嬉しいのはわかりますが、話を進めませんと……」
たおやかな声で、王妃が声を出した。
たしかにそのはずだよな、王はよほど娘を可愛がっているのだろうか。
「ふむ、無粋ではあるが致し方ないか……。だが、その前に名乗らなくてはな」
王の視線が僕を射抜く。
直立不動のまま彼は言う。
「賢者殿。我こそファルシウェンが王、ゲオルグ・ライリー・ファルシウェンと申す」
王妃も立ち上がり、ドレスの裾をつまんでお辞儀をしながら言う。
「その后である、リーフェリア・ファルシウェンと申します」
僕も彼らを向き、言う。
「僕が、魔の森に住まっている、人の云うところの賢者だ。……諸事情あって名乗ることはできない。背格好が若造に見えるかもしれないが、これでもかれこれ千年ほどは生きている。こちらの精霊は僕の相棒の……」
「ウェルティナというわ、よろしくね」
ウェルティナは緩く手を振った。
王と王妃は静かに座ると目を閉じ、ひとつ頷いた。
「それでは賢者殿とお呼びしましょう。……賢者殿がいらしたということは、このファルシウェンの危機を救っていただける、ということなのだろうか?」
王は目を開くと、僕に聞いた。
「それについては、王女クレアから話してもらうことになっている。ではクレア、あとは君に任せる」
「わかりました、賢者様。どうぞ見ていてください」
クレアは一歩まえに出て、ここに至るまでの経緯を話し出した。
名前、マイクは適当につけすぎたかなー。
マイクがいるとゲオルグはジョージだよなあ普通。
まあ今更かもしれません…