12話 賢者の餞別
本日三回目の更新。
昼食を終えて、食後のお茶を出した。
よほどお腹が減っていたのだろう。
全員が鬼気迫る雰囲気で食べていた、おかわりも全員した。
精霊であるウェルティナは食べることはできるが、必要性はないので珍しいものや面白いものしかあまり口にしない。
そのため、食事は普段一人で摂っている。
静かな食卓も嫌いじゃないが、こうして食べてもらえる人がいるのもそれはそれでいいものだ。
そんなことを思いながら、一息ついた。
さあ、これからが一仕事だ。
気合をいれながらカップを置くと、クレアが言った。
「では賢者様、まずはどうするのでしょう?」
「まずは、王都に出向こう。たしか王宮に王がいるはずだったね。そこで王と力のある重鎮に対して説明だ。もちろん、君たちがね」
へっ?、とクレアが首をかしげる。
「父上、王への説明を私たちが行うのですか?」
「そうだ、僕は今回君たちの願いを聞き、解決策を提示しそれを実行することを約束しただけだ。国の行く末を決めるのは僕ではなく、君たちであるべきだ」
僕は政治をしたいわけではないし、国を救いたいわけでもない。
僕がすることは、この一行の意志と力に敬意を表し、古い約束を守ることだけだ。
「そう、ですね。その通りです。ならば、その場にいてくれるだけでも構いません。私たちを見守ってはいただけないでしょうか?」
まあ、実行する本人がいないのも問題か。
「わかった。ただし基本的に立ってるだけ、聞かれたことに答えることしか僕はしない。それならいいだろう」
「ありがとうございます」
クレアは嬉しそうに笑った。
「そうと決まれば早速行こうか、準備は大丈夫かい?」
すると、クレアがもじもじして、顔を伏せながら言った。
「……そ、その……賢者様…………」
声がとても小さいので僕は耳を近づけながら聞いた。
「…………ぉ、お花摘みに、行きたいのですが……」
うん、あれだけ飲み食いすれば仕方がないことだ。
「……風呂小屋に小さな小屋が隣接している、それがトイレだ。ウッドデッキに出て、屋根続きにいけるようになっているからすぐわかるだろう。ほかにトイレに行きたい者はいるか? …………しばし、休憩にするからトイレは済ませておいてくれ」
顔を赤くしたのが二名、手を挙げたのが一名いたので僕たちの出発はもう少しかかりそうだ。
すると、ウェルティナがこめかみにすじを作って僕の眼前に仁王立ちした。
「あんたねえ! 女性に向かって、トイレトイレ連呼しないの! ほんっとデリカシーがないんだから!!」
「いや、別にどうでもよくないか? お手洗いもトイレも便所も指し示す意味は変わらないだろうに」
僕が言うと、ウェルティナはまなじりをさらに吊り上げた。
「デリカシーのない奴は死になさい!」
僕は耳が引きちぎられそうになりながら思った。
理不尽だ、と。
***
その後、各自が所要を終えてまた食堂に集まった。
僕は休憩の時間を利用して、すこし探し物をしていた。
「賢者様、その箱は何なのでしょうか? 濃い魔力の気配がするのですが」
やはり魔術師のデリアが一番に気づくか。
「魔の森から僕を引っ張り出してきたパーティとして箔をつけようと思ってね。いろいろと合いそうな装備を探してみたんだ」
そういって、机に置いた箱をひっくり返す。
「道具は使ってやるのがいいと思うし、これらは君たちにあげよう」
一行はさすがに慣れたのか、一瞬動きが止まったがすぐに動き出した。
「賢者様、こんな高価な魔道具の数々はいただけません。国宝レベルの品ばかりですよ、あっ聖属性増幅効果のブローチ…………」
「ええ、そうです。この短剣なんていくつ魔法がかかっているのか…」
「そうですとも、これほどのものを何もせずにいただくことなどできません。…………ああ、この剣はなんと素晴らしい……!」
「その通りです。わたしたちには分不相応というものです。……なんて精緻な魔法陣でしょう、これ一つで論文がいくつも書けそうです……!」
クレア、アイラ、マイク、デリアが口々に言うが目は装備品から離れていない。
まったく下手な遠慮はいらないから、言動はきっちり合わせてほしいものだ。
「遠慮はいらない、好きに装備を更新してくれ。さっきも言ったが君たちの箔づけだ。立派な装備なら説得力も増すだろう」
クレア一行は目を輝かせながら礼を述べた。
***
女性陣はそのまま食堂で、マイクは玄関前で装備を変えた。
僕は玄関を出て、また揺りいすに揺られていた。
「王都、ね」
「久しぶりの遠出、しかも人の多いところね」
ウェルティナは楽しそうだ。
「まあ、久しぶりにはいいさ。しょっちゅうは御免だけど」
「まったく、出不精なんだから」
そんなことを話していると、装備が立派になり見違えた一行が玄関から出てきた。
僕は立ち上がり、彼らと連れ立って家のまえに移動する。
「さて、装備は整ったな? いよいよ王都に向かうよ」
「しかし賢者様、今から出るとすぐ魔の森で夜を明かすことになりますが?」
そういえば、移動手段は話していなかったな。
「もちろん、歩きじゃない。手伝ってもらうことはあるが転移で王都に行く」
「転移魔法ですか!? ということはここから一瞬で王都につくのですか……やはり凄まじいです」
便利だけど、運動不足にならないか心配になるけどね。
「その手伝いだけど、また頭に手を乗せさせてもらうだけだ。クレア、協力してもらえるかい?」
すると、クレアは顔を赤くして頷いた。
「わ、わかりました。ど、どうぞ、賢者様……」
そしてこちらによってきた。
僕がその小さな黄金色の頭に手を乗せると一度ビクッとしたが問題はなさそうだ。
魔法を唱える。
「≪複写≫」
ファルシウェン王国王都の場所をクレアの記憶からトレースする。
そのままそれをウェルティナと共有する。
「ウェルティナ、頼めるかい?」
「あたりまえでしょう、問題ないわ」
その言葉を受けて、僕はゆっくりと一同を見る。
「覚悟はいいかい? いくよ」
一同が僕に頷きかけるのと同時にウェルティナが手を挙げた。
いつもよりも大きく、構成も複雑な魔法陣が全員の足元に広がった。
僕を見つめるクレアの瞳を、僕もまた見つめながら、光が周囲に満ちた。
そして、視界が暗転した。
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