9話 賢者の性根
僕の言葉によって、食堂はシンとした静寂に包まれた。
各々がその意味を咀嚼し、期待と不安を顔に映す。
「賢者様にはこの事態を覆すことができるというのですか?」
クレアが言う。
「ああ」
僕は短く答えた。
「しかし、それために何らかの罪を犯さなけらばならないと?」
クレアは確認するようにゆっくりと問う。
「そうだ」
僕はまた肯定する。
「それはどのような罪なのですか?」
「僕が考えた方法では、現実的な被害という面ではこの大陸に巣くったすべての原ネズミだけが犠牲になる。しかし人々は混乱に陥るだろうし、君たちとファルシウェン王国の王と一握りの重鎮にはとても重たいものを背負わせることになるだろう」
クレアは一度目を閉じ、そして開き僕と目を合わせた。
「ならば私は王族として、国を愛する者としてどんな罪でも負いましょう」
そういったクレアは微笑んだ。
でも、彼女のその瞳は今にも泣きそうに見えた。
王族とは言っても彼女はまだ子ども。
僕は酷な選択を迫ったのかもしれない。
「殿下が負うのであれば、もちろんわたくしも負います」
メイドのアイラは胸に手を当てて言う。
「姫様の守役としてはあまり賛成できませんが、一度騎士の誓いを立てた者として現状は見過ごせません。私はどんな咎も負えましょう」
戦士マイクは朗々と言い放つ。
「そうですね、クレア様が向かい立つのであればわたしも逃げるわけにはいきません。どこまでもお伴しましょう」
魔術師デリアは杖を突き立てながら言った。
なるほど、いいパーティだ。
クレアの人望も厚い。
僕にはない、眩しさを感じる。
彼らのように進む勇気を持ち、先行きにあるいかなる困難でも乗り越えるようとする覇気がある人間は、僕のような人間からするととても輝いて見える。
僕は何かをしようとしたとき、どうしたって進むときの障害、進んだ後の苦労、その先にあるものを考えては手を引っ込めてしまう。
僕は本質的にどうしようもなく臆病だ。
長い、永い人生で勇気をもって行ったことなど一体どれほどあるだろうか。
まあだからこそ、ここでまだ生きているのだろう。
思わず唇が自嘲で歪む。
「賢者様?」
クレアが不可解そうに聞く。
ウェルティナはなにも言わず、ただ二回耳を引っ張った。
あまり考えるなってか、わかってる。
ウェルティナに目線で答え、そしてどちらに言うでもなく言った。
「大丈夫だ」
一度大きく息を吐く。
「じゃあ、僕が出した方法を話そう」
病魔よりよほど悪辣な解決法を。