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その1  事のはじまり

変身ヒーロー物です。


しかし始まりはちょっとスローテンポですが、段々きっと多分早くなるはず(;^_^A


超絶エスパーヒーロー対悪の秘密結社!

に、なればいいが。


絶対面白くなる!

乞う御期待!(*^o^*)

◆◆ プロローグ ◆◆




彼は焦っていた。


制限時間が迫っている。


ー まずい。


頭の中で残り時間が3分を切った事を報せる警報音が鳴り始めた。

あいつ、敵怪人の索敵に時間をかけすぎていた。


首都上空、トキオ・タワーのてっぺん、細いアンテナの上に彼はいた。

右足爪先だけで絶妙のバランスをとっていた。

上空を吹く強風にビクともしない。

背にかけた銀のマントがなびいていた。


ぶ厚い雨雲に覆われた深夜。

周りは真っ暗である。


眼下に街の灯りがちらほらと見える。


雨が振り始めていた。

氷雨である。

もう少し気温が下がると雪になるかも知れない。



銀のマスクに銀のスーツ。銀のマントをはためかせ、敵の場所を再確認していた。

メディアスーツは大丈夫だ。

エネルギーはまだ有る。


メットの中に表示されるパラメータはもう気にしない。

残り3分を切ったのだから。


『アオミドロンめ!」

勝ってに付けた怪人の名前である。


Sビルの最上階に醜い緑色の、どろりとした粘液に包まれた怪人がいた。

取り残された人間がまだ二人いるようだ。

数人居たはずたが、他の人間は確認できなかった。


人の形をしているが全身がドロドロの粘液で被われ、キモイ。

Sビルの階下には赤色灯が幾つも見える。

警察のパトカーが何台も集まっているのだろう。


追われてこのビルの屋上に来たのだ。


ここ数日間、怪死事件が続き警察も犯人を追っていた。

厳重警戒中の事件である。

まさかこんな怪人とは思っていないであろう。


口から緑色の腐食液を吐く怪人。

この腐食液で既に三人が犠牲になっている。

骨も残さず溶かす。

今夜も犠牲者が増えただろう。


液体の分析は終わっている。

この程度の腐食液ではスーツはビクともしない。


気になるのはさっきから周りに飛ぶ見えない羽虫だ。

ステルスシールドをして姿を消しているこの虫は、普通の虫とは思えない。

人工の虫に間違いない。

ー 多分見られている。

誰に?

敵であることは間違いなさそうだ。


ー とりあえずこの虫に付いてこられると困る。


『一気に飛ぶしかないか」


迷っている時間はない。


上空のアンテナの上から姿が消える。


瞬間移動(テレポーテーション)」だ。

見えない羽虫はさぞ驚いたであろう。


怪人アオミドロンの目の前に銀のマスクマンが突然現れた。

驚いて、腐食液を吹き出す。

スーツは溶けない。


銀のグローブが怪人アオミドロンに触れると、同時にその姿が掻き消えた。

マスクマンの姿も消えていた。


Sビルの屋上には気味悪い緑色の粘液が染みを作っていた。




◆◆◆



遠く離れた場所に、怪人アオミドロンと銀のマスクマンが現れた。


よく昔の仮面ヒーローが最終決戦に使った採石場の様な所だ。

この時間は誰もいないことは確認済みだ。


(あらかじ)め場所を下見しておいたから、すんなりテレポーテーションすることが出来た。


頭の中で響く警報音は間隔を短くし、時間切れが近い事を叫んでいる。

10秒を切る。


彼は拳を握り、両手を前に突き出す。

拳に火炎が発生した。

爆炎に変わる。

ー 発火(パイロネキシス)能力だ。


怪人に火炎が伸びるとあっさり怪人を呑み込んでいく。


怪人を中心に数十メートルの火柱に変貌した。

怪人アオミドロンは一瞬で灰になった。

叫ぶこともできなかったはずだ。


『一丁上がり」


銀のマスクマンは再びテレポーテーションをして、その姿を消した。



雨雲は雪雲に変わり、ちらほらと粉雪が降り始めていた。







◆◆ 事のはじまり ◆◆




やっと編集部を出たのは既に昼間近であった。

歩道に出ると真夏の直射日光が頭に刺さる。


打ち合わせが押して、結局こんな時間になった。

ー 昼飯(めし)はまた近くの駅で、立ち食い蕎麦だな。

心の中でぼやく。


打ち合わせに時間がかかり過ぎる。


ー ほんと、理解に苦しむ。


編集長(デスク)が『ではこれで」と言えば終わりになる。その言葉を時々忘却の彼方に置いてくる。


ー 締め切りが迫ってるんだから、一寸は気をつかってほしい。


アポを取った相手担当者とは1時30分と言ってある。

蕎麦をかっこんでギリギリだ。


ー こんな時、ピョーンと飛んで行ければなぁ~。

幻想を抱いて彼は駅に急いだ。



神代(こうじろ)英人(ひでと)は科学系雑誌を扱う中堅出版社に勤めるしがないサラリーマンであった。


25歳にしては、童顔で時々10代に見られる事もある。

170cmのヒョロリとした体型は軽い体重を思わせた。

スーツを着れば少しは様になるかと思いきや、さほど変わらぬ自分がいた。


大学時代の長髪をバッサリ切ってリクルートカットにしたら、面長の痩せぎすの(つら)が、一層こけて見えた。


ようは貧相な顔なのだ。

全体に筋肉とか、が少しでもつけばまだましのはずなのだか。

それでも、目はちゃんと二重まぶただし、一応鼻筋も通っている。

唇は薄く、全体にもう少しキリッとすれば、多分、きっと...そうだな。


三流の大学で理系一筋であったから、スポーツ経験はゼロ、異性との交流もゼロであった。

何が楽しくて大学時代を送っていたのか?

友達と呼べる人間が何人いるだろう。


二年の時、頭数合わせで2度、合コンなる物に呼ばれた事があったが、場が白ける科学の話しばかりする変人とされ、その後呼ばれる事は無かった。



気が付くと周りのチャラチャラした男どもはさっさと女を作り、自分は一人寂しく研究ラボで暗い青春を送っていた。


理系に強いとは言え超優秀と言うわけではない。

三流大学の理系、それも科学関係の端っこにいる程度である。


そこそこの成績をおさめても、頭の良い奴らはゴマンといる。

院生に残るどころか、何処かの研究所に入れるわけも無い。


彼はただ科学系が大好きだけでここまできたオタクにすぎない。

科学系全般に手を出して、広く浅く知っている程度で、何かを極めるつもりもサラサラないのだ。


卒業を控え、就職活動を『させられた」時、何十社目かでこの出版社に当たり、なぜが内定をもらい、現在に至る。


彼の広く浅い、科学関係の知識が、この科学系出版社には都合が良かったのかもしれない。


出版社は代替わりをしいて、先代会長の娘が新社長に就いていた。

まだ三十代そこそこの美人女性の新社長だった。


その新社長から面接で『君変わってるから採用」と言われたのが昨日のようだ。


まさに捨てる神あれば、拾う神ありである。


出版社は低学年から中学年をターゲットにいた科学雑誌『かがくクン」や『サイエンス・マン」などで学校図書館や市立、県立図書館などに配布される優良図書が知られている。

事典シリーズも『大地球1000の疑問大百科」や『大宇宙1000の疑問大百科」が有名だ。


また、大学や企業などに定期刊行物を発刊している。

中堅出版社ではあるがある程度名を知られた会社であった。



入社して、半年程で特集記事を任された時はさすがに驚いた。


会社10年ぶりの月刊雑誌の発行が決まり、その創刊号の中の特集記事であった。


指導先輩の後押しと補佐がなければ、到底出来なかったはずだ。

先輩は巻頭カラーの特集記事もやっていた。


後で知ったのだが、デスクに先輩が『神代なら出来る」と強く押してくれたのだ。


先輩はなぜか神代をかっていた。



特集記事は好評を得て、月刊雑誌は売り上げを伸ばしていた。

それから時々特集記事を持たされる様になった。


今日のお客はその取材を兼ねていた。





駅の入り口でスマホがマナーになっているのに気がついた。

打ち合わせとか会議の時にマナーにするが、つい戻すことを忘れてしまう。


すると着信履歴が数十件残っていた。

メールも数十件入っている。


ー うわ!デスクからか?


一瞬血の気が引いたが、そうでは無かった。

『はて?」


T駅は昼間でも人の流れは多い。

時間が気になるが、流れからそれ壁側に寄ってスマホを確認した。


着信番号の幾つかは実家の家電であった。

見覚えのない携帯電話番号も数件ある。


メールは同じアドレスであった。

電話に出ないためメールを送ったのだろう。


メールの内容はシンプルであった。

『父危篤、至急連絡乞う!」


『マジか?」

弟からのメールであった。


携帯電話番号は多分弟の物であろう。


すぐに携帯電話にかけた。


『兄貴か?」

暫くぶりの弟の声であった。

『すまん、マナーにしていて気付くのが遅れた」

言われる前に謝る。

『親父の容態は?」

『うん、倒れた時は危なかったが、今は小康状態だ」

『そうか」

『危篤には変わらない、いつ急変するかわからんそうだ。すぐこれる?」

『下宿に戻ってからだから、明日の夜には」

『うん、わかった、時間がわかれば迎えの車、出すから」

そう言って通話は切れた。

電話の向こうで弟の嫁が俺を非難する声が聞こえていた。


『仕方がないよな」

とりあえず、先方の約束を果たさねばならない。

駅中を移動しながら、編集部に連絡を入れなければと考えていた。




◆◆◆





取材を終えて編集部に顔を出し、とりあえずの引き継ぎを済ませアパートにたどり着いたのは午後5時を回っていた。

編集部から下宿先まで電車で50分、駅から歩いて15分。

大学の時は歩いて通える下宿であったから、都合が良かったが今はちと遠い。



8階建てアパートの3階、315号室が彼の家である。

1LDK、風呂付きであるから不便は無い。

学生の時から世話になっているから住み心地はすこぶるよい。


エレベーターを降りて通路に出た所で、部屋の前にうずくまる人影を確認した。

女性に見える。


『?」

でかいピンクのスーツケースを倒して、イスにしている。


顔を膝に埋めて座り込む女性に心当たりが丸でなかった。


『はて?」と恐る恐る近づいてみる。

気配に気づいたのか、急に、ガバリと顔を上げ、神代を見上げた。


栗色のショートカットで少し丸みのかかった顔立ち、曲線を描く柳眉にクルリとした愛らしい目元。

ピンク系のリュージュが唇を彩っていた。


『遅い!どこほっつき歩いているの!」

勢いよい立ち上がり、怒鳴られた。


ピンクの今流行りらしい花柄のTシャツに、藍色のミニで、仁王立ちした美人に見覚えが無かった。


女性としては普通の身長であろうが、上から叱られた感じがした。


『あの~、どちら様で?」

厳重に警戒して聴く。

『わ、た、し、の、顔をわすれた?」

可愛い顔が鬼の形相に変貌する。

『え、えーぇと、はて?」

()い度胸してるじゃないの」

まるでやーさんだ。


女性の顔をまじまじと見る。

ヤッパリ可愛い。


彼の記憶の中で唯一重なる女性の顔は、遠い日の子供の頃の思い出しかない。


小っちゃくて真っ黒でちんちくりんで三つ編みがトレードマークの女の子。


『まさか、(さき)ちゃんか?」

『何を今更、とーへんぼくめ」


イメージが重ならなかった。

確かに面影は、有るような無いような。


『暑いのに、待ってたんだから早く中にいれて!」

『え、は、はい」

『エアコン位あるんしょ?」

『まぁ、一応」


急いで上着のポケットからスマホを取り出し、パネルにタッチしドアを開けた。

彼女は『どうぞ」も聞かずに、部屋に駆け込んだ。

とーぜん、でかいスーツケースは彼が運び入れた。



エアコンを全開最大モードにして、Tシャツの前をパタパタしながら冷気を体にいれていた。


『涼しい~ぃ」

『生き返る~ぅ」

を、連発している。


神保咲子(じんぼ さきこ)が、彼女の名であるはずだ。

結婚していなければだ。


2つ下だから23だと思う。

弟と同い年だったはず。


幼稚園から中学卒業まで一緒に通っていた。

高校は別々であったが、家が2軒隣だから何かと顔は合わせていたはずだが。

今の今まで完全に忘れていた。


『どうしてこっちに来たんだ?」

『大学に決まってるでしょ、一浪してF大に入ったの」

『本当に?それは凄い」

『それよりなんか、冷たい麦茶とか無いの?」

『ない、ビールなら淡麗があるが」

『ばかね、酒はリニアで飲むしょっ」

『え?これから出るのか?」

『何また、寝ぼけた事を、だからあたしが迎えに来たんでしょ」

『・・・」


話しが見えない。


咲ちゃんは両手を腰に付け、『ふん」と一息いれりると言った。

『おじさんが、倒れたって連絡を受けてあたしが(ひで)を連れにきたの」

『それにしても、なぜ、咲ちゃんが」

『あんた、よっぽど信用がないみたいね、絶対連れて来いって!」


多分母親が手を回したに違いないと察した。

この数年実家に一度も戻っていない。

実家に寄れと何度か連絡があったが、すべてシカトしてきた。


『俺を迎えに?わざわざ」

『さっさと支度して行くわよ。今からなら最終のリニアに間に合うわ」


『....」

『出る前に、シャワー貸して、汗でベタベタよ」

『え?」

『あ、こっちね」

『あ?」

彼女はスーツケースからタオルを引っ張り出すと浴室に向かった。


入る前に、顔だけ向けて。


『覗いたら目、潰すからね」

ウインクをして浴室に消えた。




◆◆◆




それから、なんだかんだと慌ただしく、出発する事になった。


管理会社にあらかじめ連絡を入れ、事情を説明しおいたから留守の間、部屋は大丈夫だろう。


在来線を乗り継ぎ、リニアに乗ったのはやはり最終であった。

リニアでも目的地の終点まで1時間10分かかる。

そこから車で1時間30分の旅である。

市街地を離れ、山裾まで行くのだ。


神代英人の実家は、由緒正しい造り酒屋であった。

酒蔵をいくつか持っている。

『神代酒造」と言えば、それなりに名は通っていた。

創業150年だとか。


道中、二人は買えるだけの純米酒のカップを買いこみ、宴会をやっていた。

帰省前の最終と言う事もあり、指定の2号車は空席でばかりで乗客は二人しかいなかった。

迷惑を気にせず飲めたのだ。


英人は酒で酔い潰れた経験が無い。

いくら飲んでも、酔っぱらう事が無いのだ。

対する咲も酒豪である。

二人は陽気に酒を空け、陽気に飲み干した。




終着駅に着いたのは真夜中になっていた。

着く時間を連絡しておいたから、迎えの車が駅駐車場に来ているはずだ。


彼は幼なじみと言っていいだろう、咲ちゃんと数年ぶりに、ふるさとの駅に降り立った。


ふるさとに帰って来た為に彼の人生は急転する事になる。






◆◆ 古い記憶 ◆◆






駅に迎えに現れたのは弟の快人(かいと)であった。

改札口に姿を確認できた。

巨体の影かよく分かる。


遅い時間の為、改札を通る人もまばらであった。


改札口を抜ける時、胸ポケットのスマホがピッと反応し、ゲートがスッと開いた。

咲ちゃんも続いた。

でかいスーツは勿論英人が引きずっている。


『お帰り」

快人が兄に歩みより言った。

『ただいま」

英人はなにやら気まずそうに返事を返した。

弟の前だと自分の細身が一層細く感じる。


弟の快人は兄より頭一つ以上背が有る。

190cmはゆうにあった。

胸や二の腕の筋肉は盛り上がっている。

小学生時代からスポーツは何でもこなし、万能ぶりを発揮していた。


高校に入ってからはアメフトに熱中していた。

しかし父親が身体を壊してからは、家の仕事中心に変えていた。

造り酒屋を意識していたのか、初めから進学は農業高校にしていたから、その時分から醸造科に変更し酒造りに浸っていた。


そのまま大学も農業大学系に進学し、家を手伝いながら卒業している。ついでに同じ専攻だった彼女を見つけ、あっさり学生結婚していた。

子供は確か二人目が生まれたとか。


ー あ、祝儀やってねー。


今更である。


兄弟二人して『さて」とたじろんでいたら、後ろから咲が怒鳴ってきた。

『早く!行こー!」

快人は苦笑して『こっちだ」と言って、でかいスーツケースを軽々と担ぐと駐車場に向かった。


快人の車もデカかった。

国産車の中でも1.2を争うランクルの最上級車であった。

ランクル3500 DX限定車、確かプラズミック発電システムとか言う活気的な仕様だとか。

TVでやたら宣伝していたので英人でも知っているくらいだ。

予約販売のみとかで、既に第1次生産は締め切ったと聞いている。


価格は確か3000万を越えていたはずだ。


ー 造り酒屋って儲かるのか?



英人は助手席に座り、咲は最後尾の席でふんぞり返っていた。

ランクルは音も無く走り出す。



英人は暗い窓の外を何気なく見ながら、久しぶりに走る古里の街の灯に映える家並みに『変わらないなぁ~」と呑気に考えていた。


『父さんの容態は?」

何気なく聴く。

『意識は戻らない、小康状態だ」

『そうか」

『母さんは今夜病院だ、女房と交代で看病している」

『そうか」

『そうか、しか無いの?」

咲がとんがり声を出す。

英人は無視する。

『明日1番に病院に行こう」

『うん、支度しとくよ」


快人は少し笑ったようだ。

『兄さんは、母さんが苦手なのかな?昔から避けていたような気がする」

『そんな事はないよ」

ー 確かに。

口では否定しているが、心の中では肯定していた。


小学校の頃から母を苦手にしていたような変な子供だったと思う、


母が、と言うか家を、であろう。


酒は呑むもので造るものではない、と勝手に決めつけていたようだ。

醸造とか酵母とか、大嫌いであった。

そもそも化学(ばけがく)がだめなのだ。


自分の好きなのは科学である。決して化学ではない。

偏屈な性格だから、早く家を出たいと考えるようになっていた。


快人はそんな兄をよく知っていたのだろう。

快人が高校1年の時、英人にぼそりと言ったことがある。


『造り酒屋は俺がやるからさ、兄さんは自分の道をいけばいい」

その時も『そうか」としか言えなかった。



ー 俺は家から逃げ出したのだから。



兄弟仲は悪くは無かった。

良い方だと思う。


ー 俺は、きっと弟を利用して、全部押しつけて、家を出たのだ。


快人は全て承知で引き受けたのかも知れない。


『兄貴は誤解していると思う」

ふいに快人が口を開いた。


『兄貴が家に帰りたがらないのは、俺らに遠慮しているからじゃないか?」

『え?」

英人は心の中を見透かされたようで、ドキリとした。


『俺は造り酒屋の仕事が好きで引き受けた。いやいやしている訳じゃない。酒造りが(しょう)にあっているんだと思う」


『・・・」

『兄貴は別に気にする事なんかないよ」

思いもかけない弟の言葉にただ頷くしか出来なかった。


『英ちゃんはわがままなだけよ」

咲が後ろからちゃちやを入れる。


ランクルは市街地を離れ暗い山並みを目指し、県道をひた走る。


暫く走り、久しぶりの実家に着いた。


既に夜半を過ぎている、辺りは真っ暗である。

ランクルのヘッドライトが照らし出す造り酒屋の影は、見知った物とはおもえなった。


車は造り酒屋の前の駐車場に止まった。


咲ちゃんを下ろし、快人はスーツケースを引きずり出した。

『家まで持ってくよ」

『ありがとさん」

彼女は真っ暗な道を迷わず歩きだしていた。


『届けて来るから少し待っててくれ」

『あいよ」



ー 駐車場、広くしたのか。

などと考えながら、車から出て山の風を感じていた。



◆◆◆



その夜は母家の2階、自分の部屋で寝た。

自分の部屋が当時と替わらずに存在していたのには少し驚いた。


畳に布団が敷いてあった。予め敷いておいたのであろう。


さすがに疲れていたのか、上着を脱いで布団に転がるとそのまま寝てしまっていた。




目が覚め、天井が違うのに驚いて飛び起きた。

実家だと気づいて安堵したが、朝の7時を回っている時計を見て再び飛び起きた。


『まじか」


酒蔵の朝は早い。

上着をひっかけると大急ぎで階段を降りた。

時間を約束したわけでは無かったが、余り遅いのはイタダケナイ。



居間には誰もいないと思っていた。

時間が時間だ。

自分が寝過ぎたのだ。


8畳の居間の中央にテーブルが置いてあり、壁側に60Vの4Kビジョンがニュースを流していた。


テーブルには何故か神保咲が朝飯をかっこんでいた。


『咲ちゃん、何でここで飯を食っている?」

テーブルの上のシャケの切り身とハムエッグは半分程消えていた。

味噌汁をすする。

具はなんだろう。


横に置いたおひつから、多分2杯目のおかわりをよそっている。

『朝ご飯よ、決まってるでしょ、(ひで)の分もあるよ」

質問の答えになっていない。


テーブルには布巾をかぶせた皿があるのが分かっていた。

『たべないの?」

『たべるよ」


黙々と食べる咲を見ていたが、それ以上言葉が出てこなかった。

ー 家に溶け込んでる。


『先に顔、洗ってくる」

『いってらぁー」


母家の中は昔と全く変わりが無かった。

時の流れが止まったように感じる。


ー あぁーいやだ、俺は未来に生きたいんだ。


でも腹は減る。


用をすまし顔を洗い、テーブルの朝飯にありついた。

既に冷えていたがあるだけで有難い。


咲は既に食べ終えて、熱心にテレビのニュースを見ていた。


ニュースと言うより情報番組であった。

司会者とコメンテーターが最近の怪事件を他人事の様に解説していた。

人が突然消える事件が増えている、と言っていた。


人が見ている前で、ドロドロに溶ける、とか。

人が突然、炎に包まれ、骨も残さず燃え尽きる、とか。

人が服だけ着た状態で体が蒸発する、とか。


いくつかの現場写真と実際に目で見た人の証言を集め、分かり易いように、図解しながら事件を紹介していた。


『最近は変な事件が多いわ」

咲がお茶を啜りながら言った。


英人も目玉焼きをほうばりながら、ボンヤリ『非科学的だなぁ」と眺めていた。


ー 人が目の前で燃え尽きたり、溶けたり、蒸発すると言うのは、科学的にはまず考えられない。

 人を骨も残さず燃焼するには大量の燃焼促進剤が必要になるはずだ。この場合いきなり燃焼促進剤を人にかけた場合、その時点で周りがほっておかないだろう。

 仮に火を付ける事に成功しても、骨まで灰にするような高温にはならないと思う。

 人が燃え上がっただけでも、周りへの被害は相当あるだろう。それが無いと言うからおかしい。

 人一人が燃え上がり、灰になるなど考えられない。


『非科学的だ」

つい口に出てしまった。


咲が何か言いたそうだったが、ジロリと目だけ動かすだけで黙っていた。


朝の情報番組がCMに変わった所で快人が姿を現した。

ラフな格好だ。

黒と白のボーダー柄のTシャツに青いデニムであった。

盛り上がった筋肉量でTシャツがパンパンになっている。


『行ける?」

『あいよ」

『あたしも行く」


なんで咲までと見る。

悪い?と睨まれた。



病院は車で15分程の山間にあった。

神ノ(かみのべ)総合病院と看板が知らせる。

立派な総合病院だ。


ケアハウスを隣の敷地に立て両輪でやっているようだ。

閑散な集落でこの規模の病院は有難い。


2年前にオープンし、ケアハウスは既に満杯だとか。

英人は関心しながら10階建ての大病院を見上げていた。


病室は6階のナースステーションの前であった。

意外に広い個室である。

窓際のベッドに人工呼吸器を付けた父親がいた。


病室に入ると脇の椅子に座っていた母親が気づいて、立ち上がった。


『英人か」


やっときたか、と彼に言った。

快人が、まあまあとなだめる。

母の顔は少しやつれた感があった。

看病疲れもあるのだろう。


母親がベッドから離れ、英人がベッド脇に行く。


咲ちゃんが『おじさんどうてすか?」と小声で聞いていた。

『同じよ、変わらない」母親も小声で言う。

『これ、つまらない物ですが、うちから」

『まぁ、気なんか使わなくてもいいのに」


二人の会話を聞きながら英人は椅子に座り、父親の顔をのぞいた。


ー オヤジ、少し老けたかな。

荒い息をしながら、眠り続ける父親の顔は昔と比べ皺が増えたようだ。

白髪が随分目立つ。


『・・・」


ー オヤジは俺に後を継いで欲しかったのだろうか?

今更に思う。


『二人で盛り立てれば最高だな」

ー 昔、言ってなかっただろうか?しかし俺はその期待に答えられない。


英人は椅子から立ち上がると、『また来る」と言って部屋をでようと、扉に向かった。

『あ、待って」と咲。

『じゃ、かあさん、後で迎えに来るよ」と快人。


『英、毎日顔見せに来なさいよ」と母親の声を背中で聞いた。



英人はそのまま駐車場に無言で歩いた。

『もー、なによ、急に」

咲が不満をぶつけるが、快人は察したのか黙っていた。


ー やっぱり、来るべきではなかった。

英人は唇を噛みしめるだけであった。



二日後、父親は息を引き取った。

意識か戻る事も無く、死に顔は安らかであった。


『兄さんを待っていたのかな」

後で快人がそんな事を言った。





◆◆◆




葬儀は滞りなく、粛々と行われた。

喪主は快人が務めた。

英人の出番は無い。

部落の人間が全員集まったと思えるほどの盛大な葬式であった、

酒蔵仲間や杜氏も多数集まったようだ。


英人も顔を知る杜氏も幾人かいたようだ。

周りの人間は大層忙しく、てんやわんやであったろうが英人は蚊帳の外で意外と暇であった。



編集長に父親の死を伝え、休みを延長してもらうよう頼んだ。

『初めての帰省だし、気兼ね無く休め、こっちの心配は無用だ」

ー 編集長がこんなに優しかった?

先輩は『今まで親不孝だったんだろ?ゆっくりしてこいよ」と言う。

先輩の親切が身にしみた。


だがここに居てもさしてやることもない。


ー 別にゆっくりする気はないが。


葬儀も終わり、二、三日したら帰ろうと思っていた昼下がり。


ー 有給を使い切る事になるかぁ。


ふと、部落を見て回ろうと思い立った。

もう、この家に帰る事も無かろうと漠然と考えていた。


ー 最後に見ていこう。



自転車で走ろうと思ったが、家には無いと言う。

前に使っていた自転車は錆び付いて、とうの昔に捨てたそうだ。


『咲ちゃん()にあったかな?」

出入りの使用人が教えてくれた。


『んー、仕方が無い」

2軒先の神保家に行き、裏口から『ごめんなさーい」と声をかけると、咲が庭先の縁からニュッと顔を出した。


『あら、なに?」

『チャリ貸してくれ」


咲ちゃんは少し考えて言った。

『玄関口に兄さんのチャリがあるわよ、そっちに回って」


ー 咲は何人兄弟だっけ?末っ子だったような。


玄関口に行くと咲ちゃんが自転車を引っ張り出していた。

ヒラヒラとした淡いピンクのワンピースを着ていた。


『これは、・・」


立派なマウンテンバイクであった。

CMかなんかで見た覚えがある。

ー たしか、100万以上はしたはず。

黒を基調にした、いかにも高そうなバイクだ。


『この辺は坂が多いし、道も悪いでしょう、ママチャリだときついんだって」

『本当にいいのか?」

『うん、兄さんはもうあんまり乗らないし」

『じゃぁ、借りるよ」


『何処行くの?」

『暇つぶしに部落を一廻りしてみるかな、てな」

『あたしも付いて行こうかな」


ギクリとして玄関を見ると色違いの同型のバイクが見えた。

赤いマウンテンバイクだ。


『断わる」

『えー、なんでよ?」

『邪魔」


さっさとバイクに跨がり、発進した。

後ろから咲ちゃんの罵声が聞こえた。


『ばかひでー!」



◆◆◆




夏なんだから暑いのは当たり前。

だが、今年の暑さは例年よりも何倍もきつく感じる。


山間の部落を自転車でタラタラ走っていても、やたら暑さを感じた。


ー 慣れない事はしないほうが良いな。


細い道はもちろん舗装などしていないから、走りにくい。

砂利道のでこぼこ道である。


高級なマウンテンバイクは、そんな山道をそれなりに進むことができた。


しかしはがら、元々スポーツとは縁遠い英人であるから、途中まで来て嫌になっていたのは、しょうがない事ではあるが。


小一時間程走った所で息が上がってしまった。


鬱蒼(うっそう)とした森の中であった。

陽を遮り、涼しい風を感じる事が出来た。


『はて?ここは?」

幼い時の記憶に触れる風景であった。


『何回も来たぞ、ここは」

何故忘れていたのか、不思議な気持ちが湧き上がる。

月日がすぎても、当たりの風景は変わらないらしい。


『あそこの、藪を曲がるとたしか・・・・」


マウンテンバイクを引きずりながら、記憶の中の道を行く。


藪の向こうには、古い記憶に残る、古びた建物があった。


蔦でおおわれた門の横に錆びた看板がくたびれて掲げてある。

文字はかすれて読めはしなかったが、英人は思い出す事が出来た。

神谷(かみや)能力研究所」


今の今まで、思い出す事も無かった。


ー 何故!?


白いコンクリート製の二階建ての研究所。当時は美しい建物であったはすだ。


現在は建物全体を蔦だか苔だかに覆われ、廃墟にしか見えなかった。

『?」


英人は門の向こう側、植物に占領された建物の窓の脇から、明かりが漏れているのを発見した。


『まだ、この家、生きている?」


門に触れると錆びた金属の擦れる嫌な音を立てて開いた。

絡まっていた蔦類は枯れていたのか、簡単に折れた。



どう見ても人の出入りが有るようには感じられない。

しかし、しかしである。


バイクを門の横に立てかけると、英人は誘われる様に建物の入り口があった場所に向かっていた。



彼は運命を変える門をくぐっていた。




ワンタイムエスパー 1


その2 再会へ

















































その2  再会でヒーローの条件がそろうと思います。

あんまり待たせず、スカッと行きたいが主人公がイマイチ乗り気でない。

困ったもんだ。


最後までお付き合いお願いします。


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