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おもわぬひろいもの

「えー。ヨーコさんって魚飼ってんの? 魚とかないわー。顔とかマジ無理」

「でも熱帯魚だし……」

 トラウラヨーコが言い繕っても、話題を変えようとしても、デートの相手は眉を寄せたままだった。頑なな態度にヨーコも内心、この男とは気が合わないだろうな、と思った。

 いかにもワイルドな服装の男から出てくる言葉としては女々しくて、かなり格好が悪い。

「料理得意なんでしょ~? キレーな魚を見た後で、へー然とサバとか捌いちゃうの? ないわー」

 男はそう言いながら、いつの間にか歩幅を大きくしていた。

 ヨーコはだんだん追いつくのが大変になり、会話も続かない。

 そして駅に着くと、男は立ち止り、まっすぐにヨーコを見て別れを告げた。

「やーやっぱりぃ、残酷? な女性って無理だわー。もう連絡してこないでね。あ、合コンの話ならいくらでもノるけど」


「ああ~もう!」

 翌日、会社でのヨーコの気分は最悪だった。

(見た感じでちょっといいな、と思っただけで、知り合って間もないのに! 告白してない、されてないっていうのに! アイツ自信過剰すぎ!)

 おまけに今朝は偶然、男と同じ電車に乗り合わせてしまい、侮蔑的な表情を向けられたのである。

 言い返すと男と同じレベルになってしまう、私は淑女よ、とヨーコは自身に言い聞かせたが、心のもやもやがとれない。

 ややこしい仕事をやっているうちに、怒りがあとからわいてくる。

「だいたい、魚が怖いとか、女子中学生かっての」

 バチーン

 派手な音を立てて、ノートパソコンのエンターキーが本体に沈み込む。

 激しいアクションに反して、モニターの中はただただ文字の変換が確定されただけだった。

「え、ええっと、トラウラ君」

「あん?」

 ヨーコが不機嫌な顔で振り返った先には、有能で優しいと評判の課長が立っていた。彼の引いたような表情に、ヨーコは我に返った。

「す、すみません、かかか、課長」

 あわててヨーコはとり繕う。しかし効果はなかったようで、課長は困ったように眉を下げてしまった。

「いや、接客をお願いしようかと思ったんだけど、今日は無理そうだね。他の人に頼むからいいよ」

「え、私、やります」

 ヨーコは立ち上がって訴えた。しかし課長は良い顔をしない。

「お客様には案外そういう感情って伝わってしまうものだよ。……そうだなあ、君は年休もあまりとっていないようだし、今日は仕事量も少ない。午後から休みを取ってリフレッシュしてみたらどうだい」

 ヨーコが周囲を見回すと同僚たちは気まずそうに目を逸らした。

 どうやらずいぶんと課内の雰囲気を悪くしていたらしい。

 課長の優しいながら妙に強制力を持った目に負け、ヨーコは仕方なく午後から休みを取ることにした。


 黒い雲が空を覆い始め、辺りが暗くなってきた。

(せっかくの休みなんだから、晴れてくれてもいいのに)

 ヨーコがどんよりした気分で電車に揺られていると、雨が車窓に幾筋かの線をつけ、降りる駅に着くころにはすっかり本降りになっていた。

 ヨーコはキヨスクでチューハイとビニール傘を買った。電車を降りてからアパートまで十分は歩く。

「はあ」

 人影はすっかりなくなって傘をさす数人とすれ違う程度だ。

 いつもの通勤路も時間帯が違えば出会う人も違うものだなあ、とヨーコはぼんやり考えながら歩いていた。

 公園を通り過ぎたあたりで、ベチベチという鈍い音が電柱の陰から聞こえてきた。思わずヨーコは視線を送る。

(ああ、なんだ段ボールかあ……)

 半開きになった小さいサイズの段ボール箱は、よく見かけるものより丈夫そうな見た目をしていた。

 ふたの隙間からなにか見えるものがある。

「え、これは」

 中にはテレビでしか見たことのなかった生き物が横たわっていた。

 灰色の身体は産毛だけでシワだらけ。大きな耳に細い体。大きさは片手の手のひらに収まるくらいでたぶん子供だろう。段ボール箱の中で震えながら、小さな腹を上下させている。

 スフィンクスという種類の猫だ、とヨーコは思った。たしか、映画『E.T.』のモデルにもなったともいう、無毛の猫。

(捨て猫なんて珍しい、いや、スフィンクスなんて捨てるかしら? あとから段ボールに入ったのかも)

 子猫なのに加え、体毛もほとんどないので、体力が心配だった。

 幸いヨーコはペットを飼っても良い物件に住んでいた。一人暮らしをするからには、いつか熱帯魚以外にも何か生き物を飼いたいという願望があったのだ。日々の忙しさにそれどころではなくなってしまっていたのだけれど。

 ヨーコは数十秒ためらった後、猫を連れて帰ることに決めた。

 哀れに思っただけではない。子猫には不思議な魅力があった。

 目を開くと、どんなにかわいいだろう。ヨーコは考えるだけで胸がおどる。

 肩に傘を挟み、両手で段ボールを持ち上げた。

 万が一身元の分かるものが入っていたら困るので箱ごと連れて行く。


「さあ、あったかくしてあげなきゃ」

 自宅に着くとスフィンクスの子猫を十分に拭いてタオルにくるむ。

 段ボール箱には子猫の他にはちょっとしたごみや石ころと布きれ以外何も入っていなかった。

 ヨーコはノートパソコンを起動した。

 検索サイトを開き、打ち込んだ単語を打ち込む。

「猫 飼い方 スフィンクス」

 スフィンクスという種類の猫は、被毛がないため怪我をしやすいらしい。

 ヨーコは基本的な知識を頭に入れていく。

 牛乳を子猫にあげるのはあまりよくないようだ。

「猫用ミルクかあ」

 独り言を言うとヨーコはぐったりとした子猫を見て、しばらくは動かないだろうと思いながらも、段ボールのふたを立てて、ガムテープで貼り合わせた。高さがあれば逃げたりはしないだろう。

 そして、ヨーコは小走りで買い物に出かけた。

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