序章
序章
2038年2月4日
ここ日本国神奈川県横浜市某所。世界は閑散としていた。人間の活動を感じさせないような空間がただただ漂っていた。シベリア高気圧の寒冷な影響もあるのだろうか。空気の冷たさが身をしみた気がした。吹きゆく風がなびきそんなの世界を包んでいった。辺りは雨雲であろう代物によって薄暗く太陽はそれに抗おうとしていたが、首尾よくいくはずもなく、太陽エネルギーを必要とする植物や動物たちは不条理な一面を見せていた。雨を求めるものはただひたすら、天よりの恵みを待っていた。
つい三日前、天より降ってきたものは"天罰"と呼ぶのにふさわしきものであった。その日は冬にしての意外な晴れ晴れとはいうものの、太平洋側の気候としては適切な天気であった。人々は天よりの"光"、"熱"という恵みに満足していたはずであった。大人は洗濯物を一気に干し、子どもは外で遊んでいた。 忌憚もない、他愛ない取るに足らない普通の日常だった。しかし次に人々に与えた"光"と"熱"は色も異なり、"天罰"だった。あの日、人々は襲われた。死者も出た。それから天気予報をも覆した雨も降った。
それは、すべての序章だったのだ。悪夢の。
2038年2月1日午前7時57分
「あれをみろー!!!」
近所のある主人が驚愕の念で青ざめて叫んだ。その空は赤く光っていた。
「「い、いんせきー!!!!????」」
それを聞いて人々は不安の中で安堵を求めて振り向き空を見上げ、空の悲劇を見て、嘆きをあげた。
「うわあーーーーー!!!」
幸い直接、ここには落下しなかったものの。とてつもない熱気の風圧がここを襲った。外に立っていていたものはそれに抗うことはできず、吹き飛ばされる。ガラスは割れる。その破片の矢はまたもや人々を襲った。
空の悲劇は一瞬かと思われた。しかしそれでも終わらなかったのがこの日である。今度の悲劇は大量の死者を出すこととなった江戸時代以来の天災だ。本当の悪夢だ。
隕石の落下地点。それは富士山だったのである。長年、この周辺を、いや日本をただ静かに日本の祖父がごとく見守ってきた富士山。もう噴火は起こらないとされ、白の山頂と青に見える山の対照を癒しと感じる、自然の恵みの代名詞とも言われた富士山。そこがついに爆発したのである。隕石の唆しによって。
噴火の災害規模はとんでもなかった。関東を中心に北は新潟、西は岐阜、東は栃木まで大きな災害が及んだ。もちろん噴火付近は高速の火砕流、殺銃のような火山弾で死者は数えきれない。少し離れていても避難勧告、避難命令か余儀なくされ、皆は故郷、住んでいる地をあとにしていた。そして神奈川に襲った悲劇、それはまだ幸いと言ってもいいものであった。来たとすれば晴天を打ち破った巨大な上昇気流の黒い雲。日本でいえばかつての8月6日と9日に発生した異物を含んだ雨を降らせた異物の含んだ雲だ。
神奈川の悲劇はこのようだったと聞いている。
『どっかーーーーーーん!!!!!!!』
「「きゃーーー!!!!」」
「なんだ、この音は!!」
「くそ、また風が!窓によるなよ!」
「うわーー!!!」
「おい!大丈夫か!!」
「おい、あれなんだよ!!」
「く、くろいくも…………」
「みんなー!!家の中に入れ!!あれの降らす雨に当たってはいけない!!!」
「「きゃーーー!!!!」」
「「うわぁぁぁぁーーー!」」
『ザァーザァーザァーザァー』
この日、まだ家で呑気にしていたものは、外の一連の事件には気付いていなかったようだ。あとからこの爪跡を見て知ることとなった。悪夢の序章を。
黒のアスファルトに黒の雨の跡のできた二重黒を見て、悪夢の序章に真夢を見ていた輩はじっと見下ろし、固唾を飲んでいた。もう三日も経つが近くで起こったこの悲劇を簡単に受け止めることもできず、ただ途方に暮れていたのである。いつも通りの朝を迎えたはずだった、三日目。そして今日もそんな朝を迎えるはずったのだが、迎えれなかった。マンション三階に住む男は今朝、起きた。そして起きて起こっていた異変、それは世界の使命を受け取ったかのようなものであった。
「おーい!どうした~、ゆきおー。」
「て、手が…からだが!!」
その日、この出来事は世界各地で広がった。
辺りはどんどん暗くなっていき、降ったのは雨だった。
※※※
「…………………ここは………どこだ?」
あの日、俺は目をさました。辺りは残酷の海と言えた。あの日の寝心地はベストで冬の寒さの中、少々高い湿度が身にあたり、暖房もいらない快適な春日和となっていた。まだ2月なのに……。太陽が出たであろう時間からは暖かい空気の玉が感触として認識し、さらに心地よい空間と化していた。だが起きたとき、そこは俺の知っている場所であって、知らない場所といえた場所だった。焦土と化していたといえば、大げさになる。が、俺は1度自分の目を疑った。俺は昨日自分自身のベットで寝たはずだ。なのにこんな別の場所のようなところにいる。どうなっているのだと。そこは別の場所ではなかった。知っていないようで知っている場所だったのだ。俺はすべてを勘違いしていた。そして外を見て災害の大まかな概要を悟った。この世界の結末も一瞬、ほんの一瞬だけ…見えた気がした。
「手が!からだが!!なんなんだこの感覚!!」
三日後の今朝、俺の体は冷気で浸され、冬の典型的なステレオタイプの衝動感覚に狂わされていた、ということもあったかもしれない。寒さで二の腕が痙攣もしていた。太陽の熱も届かないようで凍えた極寒地獄のようであった。だがしかし、あの感覚だけは以上だった。あれは寒さによるものではない。三日前の感覚を『ここはどこ?』『Where?』になるが、今朝は『俺はだれ?』『Who?』というような、いやもっというと『俺はなに?』『What?』というような奇々怪々な衝動だった。そしてここから本当に始まったといえた。俺とこの世界の末への闘いが。
俺はこの日、能力を得たのだ。滅びゆく世界に抗うため、唯々諾々の意をせず、ただひたすら闘う道を。
※※※
不思議な衝動は日本全体で起きた。場所は変わってここは宝くじが日本一当たりやすいと言われた街。佐賀県佐賀市某所だった。ここは幸い富士山の被害はなかった。2039年2月1日、この日、佐賀市は一面の春日和であった。花も盛り、ただただ心地よい暖気が感覚神経触覚を刺激した。もともと南よりということあって、もう春といえたのであった。春とはいって、基本的に心地よいことはあっても天気は不安定なもの、あの日、2月4日には雨の冷たい滴が体の熱エネルギーを吸いとって、温度の割に少し肌寒いものであったものだった。春の移動性気団の揚子江気団の影響だろうか。ここ最近、こんな不安定な日々が続いている。そしてこの朝、あの衝動がこの街のある少女を襲った。
「ようこー、早く起きなさいよー」
「………ママ、ママ、、、いやー!!!!」
瓔子は手とかどこか一点的なものではなく、体全体が謎の膜で襲われるような感覚だった。息苦しく気持ち悪い。瓔子は助けてと思ったが、苦しみのあまり声は制御できないでいた。
そしてこの日、瓔子もある使命を受け取ったものであった。その時はまだ知る余地もない使命を。
雨は豪雨と言えたのだろうか。部屋はその音だけ鳴り響いた。
※※※
2039年2月4日。永田は『神』という能力を得た。夜、真っ暗の暖房を着けた少し暑いような気がする部屋の中、ワインの中の氷を振り、ワインき状態変化の原理で付着した水に冷感の神経を感じながら、三日前の事件を何回も再生していた。
「ふふふふふふ、愚か者どもめ」
永田は自分がこの役割の続きを任されるのだと思った。自分がこれを引き継がせ、人類滅亡をさせてやろう、この手で。愚か者どもめ、愚民どもめ。死ね!
と思いながら、叩いた机からワインは倒れ、液体は机からじゅうたんへ広がった。
「おっと、これだけは濡らしちゃいけねぇ。」
と永田が取ったもの。そこにはこう書かれてあった。
殺書
この日、この地だけは雨は降っていなかった。