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「まあいい。私は私で、するべきことをするだけだ」
男は言い、次の瞬間、光の速さで響に近づいた。
「……!!」
何をしたのだろう?男の動作が全く見えなかった。
何らかの方法で響を気絶させると、気を失った彼を片手で自分の肩に担ぎ上げ、男は飛び去ろうとした。
さっき俺の手をにぎっていた響の両腕が、力なく男の背中にぶら下がる。
「いきなり何するんだ!響を返せ!」
俺は男に向かって叫ぶ。
これは異常事態だ。それをますます実感させられたのは、ポケットに入れていたスマホ付属のタマがしゃべった時だった。学校では絶対話さないと言っていたのに、
「ついにこの時が来たなりよ!君が口にしたことが、今、実現する……。あの男は、言魂使いの発した言葉の実現化を助長する存在なり! 」
「そんな!もう少しで響と仲直りできるところだったのに!遅かったのか!?」
響がいなくなってしまうのか!?
俺が無責任に発した感情まかせなセリフのせいで……!
タマの声を聞いていたのか、男の雰囲気は威圧感を増す。苛立ちをひた隠しにし、鋭い目で俺を見つめていた。
「ふん。言魂使いを導く者も一緒とは珍しい。先が思いやられる」
「アイツの挑発に乗ってはダメなり!」
タマが、俺を優勢にしようとアドバイスをくれる。
「響君を助けたいのなら、心から強くそう願い、あの男に言葉をぶつけるなりよ!」
「させるか!私も雇われてここに居る。悪く思うな……!」
言い終わらないうちに男は手のひらをこっちに向け、響を担いだまま強風を起こした。これが、瑞希ちゃんの話に出てきた『攻撃魔法』というやつなのか!?
中庭をまんべんなく照らす夏の日差し。
ここ渡り廊下にもなまぬるい風が漂っていたのに、それも一瞬で消えた。
暑さなど感じなくなるくらい冷たい風が全身に吹き付ける。『涼しいな~』なんて余裕たっぷりな気分は、最初の5秒で消えた。
やっぱり、この男は魔法使いなのか!?響を肩に抱えながらこんな力を使うなんて、普通じゃない。宙を飛んでることからして、あり得ない。
「永音氏、早くするなり!」
タマの叫び声も、強風の音に消されてしまいそうだ。鼓膜にダメージを受けているのか、耳が痛い。
響を消すな!
そう叫びたい。
でも、風が冷たすぎて、唇が動かないんだ。まるで雪山の中で遭難したみたいに、体が言うことを聞かない。日常生活で出来そうなことでたとえるなら、冬の風呂上がりに冷風のドライヤー百個分の風を全身に当てられてるみたいな感じだ。
足で踏んばり抵抗してみるものの、どんどん後ろに押されていく。
よく見ると、半袖カッターシャツから伸びた腕の皮膚に、うっすら氷の膜が張り付いていた。空気中の水蒸気が凍ってしまうほど冷たい風を受けてたのか。どうりで、外気にさらされた肌がピリピリするわけだ。
俺はとうとう、渡り廊下の壁まで押しやられてしまった。
「くっ!」
無力な人間相手に使う力じゃないだろ、これは。卑怯過ぎる!
「全て、言魂使いのお前が望んだことだ。今さら取り消すわけにはいかない。言葉には責任を持つことだな」
青装束の男が、淡々(たんたん)と言う。
悔しいけど、ホントその通りだ。全然言い返せない。
止まない冷風を受け続けるには限界がある。
七月とはいえ、寒さにやられ体力をかなり消耗してしまった。
俺は、転がるようにして尻からその場で座り込むはめになった。
どういう仕組みか知らないけど、コイツは本気で響を消すつもりなんだ……。先日俺が放った言葉通りに。
「永音氏……!しっかりするなり!死んだらダメなりよ!」
タマの声が遠くなる。
意識が途切れそうだ……。
響のことも心配だけど、俺の命もあとどれだけもつか分からなくなってきた。




