◆
「ふふ。良かったです。永音さんの身に何かあったらどうしようかと思いました」
「あの、さっきの煙は、何か特別な物から発せられた……。失礼なことを言ってしまうんですが、その……、毒薬とかだったんでしょうか?」
訊かずにはいられなかった。嗅いだだけで体調を悪くするかもしれない煙って、けっこう危なくないか!?
「信じてもらえたら嬉しいのですが……。私は魔法使いとしてこの世界で修行をしている者なのです」
瑞希さんは言った。
「末森さんのお店で占い業をさせていただきながら稼ぎを得、人々を幸せに導くための魔法薬を調合しています」
「じゃあ、さっきの煙の正体は、もしかして……」
「はい。あの煙は、魔法薬の試作をしている最中に発生したものでした。作っていたのは、人の記憶を部分的に操作する薬です。まだ未完全な調合なのですが半分以上完成に近付いていて、嗅いだ人により感じる匂いが異なる特殊な成分でできているのが特徴です。
薬と人には相性があります。どのように高い効果があろうと万人に効く薬は存在しないので、あの匂いを嗅いで体調を悪くする方もみえます。もし永音さんもそうだったらどうしようと、心配になって……」
魔法使い。占い。薬の調合。
やっぱり、瑞希さんは、魔法使いだったんだ。
言魂使いよりもさらに実感の湧かない話だが、俺はもう驚かなくなっていた。アニメ視聴によってファンタジーな世界観に免疫ができていたから、っていうのもあるかもしれないが、それだけじゃない。初めて『言魂』に来た時から――ううん、タマに出会った時にはもう、非日常的な何かと巡り会う予感がしていた、のかもしれない。
しかし、瑞希さんを前に素直に聞く耳を持てているのはなぜだろう。タマ相手に同じ話を聞かされていたとしたら、絶対、色々突っ込んでいた。
やっぱり、ゲームの中の美少女と実在する美少女は違うな。対面した時のプレッシャーの度合いが。
「ところで、永音さんは、あの煙からどんな匂いを感じ取りましたか?」
世間話のようなノリで尋ねてくる瑞希さん。
「ちょっと恥ずかしいんですけど、イチゴっぽい匂いですかね……」
消え入りそうな声で何とか答える。
「イチゴの匂いですか」
脳内メルヘンなキモい男って思われたかな?
内心気が気じゃない。不安な俺とは違い、瑞希さんはどういうわけか頬をほころばせていた。
「それは、永音さんにとって特別な思い入れのある香りなのです」
「えっ!?」
「幸せだったこと、大切にしていたもの。そういった永音さんの心にあるものと、そのイチゴの香りには密接な関係があります」
……幸せだったこと、か。
「人の脳は、その時抱いた感情と匂いの記憶を結びつけやすいのです。嗅覚は大脳辺縁系に直接つながっているので、より情動と結びつきやすい。
ある特定の匂いにつられて関係のある記憶が思い出されることを、こちらの世界の用語でプルースト効果と言われています。さっき永音さんが嗅いだ煙には、プルースト効果のプラス面だけを引き出す作用があるのです」
俺が嗅いだ煙のことについて、瑞希さんはさらにこう説明した。
「あれは飲み薬なのです。つらい記憶を和らげ、心の傷を本来のスピードよりはやく治癒する効能があります。
煙には、嗅いだ人にとってもっとも幸せだった瞬間や大切な思い出を深層心理から引き出す作用があります。本来の薬の役割を考えると、煙はマイナスにならない副作用といったところでしょうか」
「色々、難しそうなことを知っているんですね。すごいなぁ……」
俺なんて、瑞希さんの話の半分も理解できていないかもしれない。
「ありがとうございます」
瑞希さんは困ったように微笑した。
「そう言っていただけてとても嬉しいのですが、魔法をはじめ、私の調合はまだまだ未熟なのです。それゆえ、狙った効果以外の効き目が出てしまうこともありますから、あの煙を吸ってしまった永音さんのことが少し心配で……。このまま何も起こらなければいいのですが、もし、痛み以外に何か異変があったら教えて下さいね」




