◆
昨日とは違い、店の中からは甘酸っぱい匂いがして、俺はドキッとした。これは、中1の頃、『普通の女子』になろうとしてたユイが使っていたイチゴシャンプーの香りだ。
全力で拒否する俺と響に、「髪がサラサラになるんだよ~!やっぱり、BLに属するイケメンは匂いにもこだわらないと」とかなんとか無茶苦茶なことを言い、ユイは自分が愛用しているシャンプーの試供品を俺達に握らせてきた。俺自身がユイへの恋心を自覚する前、まだ、三人で仲良くやってた頃……。ユイが、俺達の前ではまだBL好きをあらわにしていた頃の事だ。
思い出してしまう。
甘くて切ない匂い……。
イチゴシャンプー。
不安に近いドキドキをごまかすべく、俺は奥のカウンターに向けて声をかけた。
「末森さん、おはようございます。すみません、また来ちゃいました」
「はい。今、そちらに行きます」
末森さんじゃない。俺と同い年くらいっぽい女の子の声が返ってきた。やや大人びて聞こえたのは、抑揚のない淡々とした声のせい。ちょっと緊張してきた。
カウンター裏まで近付きよく見てみると、昨日末森さんがオムライスを作っていた奥のカウンターには、十代前半と思われる一人の少女の姿があった。
何かの実験でもしているのだろうか。キッチン台の脇にたくさんのビーカーやフラスコがならべられていた。彼女はボウルの中に手を突っ込み、枯れた草やすりつぶした木の実っぽいものを懸命に練っている。
ガスコンロにかけられた鍋の中から怪しげな白い煙が立ち込めているけど、持続的に香るイチゴシャンプーの甘酸っぱい匂いはあそこから放たれているのか?
俺の視線に気付いた彼女は、はっとしたように作業を中断すると深刻な顔で、
「難しい調合をしていて、お客様への対応が遅れてしまいました。本当に申し訳ありません。今日は末森さんがお休みしていて、私一人なのです」
彼女がおじぎをすることで、ふわっとした明るい茶色をしたショートボブがさらに柔らかく揺れる。
そうか、今日は末森さんいないのか。だったら、ここにいても意味ない。また明日出直そう。
「そうですか……。末森さんがいないなら帰ります。作業の邪魔してしまってすみません」
俺は彼女に謝り、帰宅するべく店の扉に手をかけた。
「いえ、とんでもありません。もう一段落ついたので大丈夫です。こちらこそ、お客様に気を遣わせてしまって本当に申し訳ないことをしました。今、お茶を淹れますので、好きなお席でお待ちいただけますか?」
「あ、はい。なんかすみません」
最近、リアル女子としゃべってないから、変に緊張してしまう。
気付くと、手のひらにじっとり汗をかいていた。昔からこうなんだ。慣れないことに直面すると、俺の手はこうなってしまう。ホント嫌だ、この体質。情けないし恥ずかしいぜ……。




