◆
「…………なんで」
それ以上、俺は何も言えなかった。まさか、また訪ねてくるなんて。しかも、こんな時間に……。
二ヶ月ぶりに見る元親友の顔を見て、全身の血が逆流する感じになった。
「急に来て、ごめん……」
響はこわばった表情で言った。
「永音。夕方、歓楽街にいたんだって?親にそう聞いてさ。元気そうでよかった……」
答えず、俺は下を向く。
そうか。末森さんの店で変装をといてしまったせいで、帰り道の途中、俺は響の親に見つかってしまったんだな。やっぱり、変装してから店を出るべきだった。
響の親には昔から世話になってた。二ヶ月会わなかったくらいで顔を忘れられてしまうほど浅い関係ではない。響もだし、響の親も、俺に良くしてくれた。でも、それは過去の話。
黙ったまま自分の足元を見るだけの俺。
しびれを切らせたのか、響はザクッと本題を口にした。
「永音が学校来ないの、俺のせいだって分かってる。でも、本当にこのまま休み続けるつもり?卒業までずっと?
みんな、永音のこと心配して、俺に色々訊いてくるんだ。今年、俺ら中3じゃん」
「受験、か……」
ようやく反応した俺に、響は必死に語りかけてくる。
「そうだよ!もう、最後の中学生活だ。早いヤツは、すでに受験に向けて頑張り始めてる。高校になったら、みんなバラバラになるかもしれない。その前に、永音と楽しく過ごしたいんだ。ユイも、永音のこと心配してる……」
ユイ。その名前を耳にして、俺の怒りは沸点に達した。
前は尊敬していた響のそういうところ。正義の味方みたいに前向きで、正論しか言わないところが、今は大嫌いだ。両手が震えてくる。全身が嫌な熱をおびてくる。
「永音も、将来の夢とか、よく考えた方がいい!今しか出来ないことってきっとたくさんあるし、だから……!」
「うるさいな。放っておいてよ、俺のことは」
「永音……」
自分が自分でないみたいに、恐ろしい声が出た。
二ヶ月間ずっと我慢していた気持ち。誰にも言えなかった想いの欠片は、ひとたび口にすると止まらなかった。
「そうだよ。俺は響のことが大嫌いだから学校に行かないんだ。顔も見たくないし、声も聞きたくない。響なんて、いなくなればいい……!」
強い語気で響を拒否した。それしか浮かぶ言葉がなくて。
口にした瞬間、割れるように鈍い痛みが頭に走った。それは、本当に一瞬のことで。今の痛みは何だったんだろう……。三日間徹夜でゲームをしても、頭痛になんてなったことないのに。
「……そうだよな、ごめん、永音。分かってるんだ、永音が俺を避けてることは……」
響は傷ついた顔でうつむく。俺が拒絶したせいなのだと分かるが、罪悪感はない。
もう来るなと言わんばかりに、俺は勢いよく玄関扉を閉めた。神経質な人にとっては耳障りかもしれないと思うくらい、音を立ててしまった。やや強めに扉を閉めたことを今は許してほしい、と、普段は信じていない神に頼んだ。
「でも俺は、永音と友達でいたい!自分勝手でも、無神経って言われても!」
扉越しに、響の叫び声が聞こえる。夜遅い時間にこんなことをしている俺達は、近所迷惑以外のなにものでもない。
ホント、無神経で自分勝手だよ、響はさ……。すでに人生の勝ち組コースを歩んでるんだ。俺なんかにかまわず自分のことだけ考えてればいいのに、なんで響はそうしないんだろうな。
アイツがウチに来たのは今日が初めてじゃない。俺が登校拒否したばかりの頃は毎日やってきた。でも、居留守を使って無視し続けていたら、諦めたらしく来なくなった。
なのに、また来た。しかも、説教しにくるなんて。これだから、色んな意味でスペック高いヤツは嫌だ……。
響を追い返すと、食べかけだったサンドイッチを早食いし、皿を片付け自室に戻った。
ゲームをしたりアニメを見たりする気も起きず、俺は苛ついた面持ちでベッドに寝転んだ。
このままいけば将来が危ういことくらい、馬鹿な俺でも分かる。でもな、響にだけは言われたくない。
俺だって、どうしようもないんだよ。どうしたらいいか、分からないんだよ。何が間違いで何が正解なのか、肝心なことは何一つ分からないんだ。
「何をイライラしてるなりか?」
「だからー、響がさぁ……。ん?」
俺は誰としゃべってるんだ?
俺の気分とは真逆の、緊張感のカケラも感じられない可愛く柔らかい声が聞こえた気がした。ギャルゲーの登場人物に例えると、妹的なロリ系おっとり少女みたいな口調で、だ。
何かのゲームに繋ぎっぱなしだったのかと焦り、パソコンとテレビのスイッチを確かめたが、どっちも電源は切ってある。だよな……。だったら、今の声は何!?
部屋内をゆっくり見渡すと、もう一回、ゆるーい声の主が大きめに言った。
「おーい。ここなりよ。分かるなりか?」
枕元で充電中のスマホ。付いている新品吹き出し型ストラップと目が合った。
可愛い声の持ち主は嬉しそうに、
「良かった~、ミーの声はちゃんと聞こえてるみたいなりね。ただの人間だったらどうしようかと思って焦ったなり。ホッ」
なっ……!まさかとは思うが、このストラップは、テレパシーか何かを俺に送ってるのか!?
昼間行った怪しい店といい、末森さんとの出会いといい、今日は妙なことばかり起きるな。
不登校期間中、ギャルゲープレイやアニメ視聴という名のトレーニングを経て、ファンタジー脳になってしまったのだろうか。だとしたら、俺は完全に社会復帰が難しい身の上になってしまうな。ストラップと会話を交わす十五歳男子の日常、なんて、世の中の人から見たら悲しい(あるいは猛烈に痛い)光景に違いない。




