◆
魔法使い見習い?オラルメンテ?何の話だ。
知らないうちに、俺はファンタジー世界に侵入してしまったのだろうか。
ポカンとしたまま動かない俺を見て、末森さんはカッカッと引きつった声で笑った。
「なーんて、突然こんなことを言われても、よう分からんよなぁ。
まあ、とりあえず、それを食べたら商品を見ていきなさい。面白いもんがいっぱいあるで」
「はぁ……」
すっかりおいてけぼりを食らった気分だ。魔法使いって。ははは。
そりゃあ、アニメやゲームの中の話としてなら、俺も楽しめる。でも、現実世界に生きる俺に、魔法使いやなんだの言われてもサッパリだ。
引きこもり歴二ヶ月になるが、俺はそこまで痛い男じゃない。多分。
結論。末森さんは、やっぱり変わった大人だ。
今日は店を休みにしたって言ってたけど、その真偽も疑わしい。第一、いかにも寂れたこんな店に、客なんて来るのか?
下手に絡んだら、おかしなことになる可能性もある。あまり深く関わらない方がいいのかもしれない。
ここに来て居心地の良さを感じていたさっきまでの自分に呆れるよ。
オムライスを食べ終えた俺は、店内を適当に見て回ることにした。さっさと用事を済ませて、ここから立ち去りたい。
マミさんの握手会が終わったら、会場特設のショップでアニメ関連のグッズを買うつもりだったから、お金はそこそこ持っている。でも、ここでは高い物を買いたくない。今回だけで済めばいいが、もしうっかり高価な物を買ってしまったら、今後カモにされるかもしれないし。
末森さんのことをよく知らない以上、下手な行動はご法度だ。
あまり気が進まないが、ごちそうになった以上、何も買わずに店を出るわけにはいかない。もし最悪の事態に陥ったら、その時は警察に頼ろう。
「これにします」
俺は、無難にストラップを選んだ。値札が付いている商品の中で一番安い。五百円だ。ワンコインで買える。
デザインがラブリー過ぎるから、買っても引き出し直行になってしまうけど。マンガによくある吹き出しのような丸い形をした、手のひらサイズのぬいぐるみが付いたストラップ。全身は桜の花びらのような淡いピンク色で、目はクリクリしている。けっこう可愛い。生クリームのツノみたいな尻尾が特徴的で、桃色の幽霊みたいにも見える。よくある、何かをモチーフにしたゆるキャラなのか?見たことのないキャラクターだ。俺が知らないだけかもしれないが。
末森さんは出入口付近のレジに行き、俺の選んだピンクの吹き出し型ストラップを小さな紙袋に包むと、
「永音君、さすが目の付け所が違うね。これを選んだ君はやはり本物だ」
と、よく分からない観点で俺を誉めてきた。意味が分からないので、こっちは曖昧にうなずくことしかできなかった。
「大事に使っておくれよ。物にも魂があるんじゃから」
帰り際、そう言い見送りをしてくれた末森さんにおじぎをし、俺は『言魂』なる店を後にした。
物にも魂が宿る。そんなような話、日本では珍しくないよな~と冷めた感情を抱きつつ、物を大切にしなくてはいけないと言った末森さんの気持ちも何だか分かる気がして、胸が締め付けられた。
どうせ、学校には行くつもりないし、せっかく買ったんだから付けてみよう。
夕方、家に帰るなり、俺は末森さんの店で買ったぬいぐるみ付きストラップをスマホに付けた。吹き出し型をしたピンク色のキャラクターは、見慣れないせいもあってか、俺の私物としては鮮やか過ぎるように感じた。
元々何も付けていなかったスマホは、ストラップを付けたことでやや重たくなったけど、これはこれでいいかな~と思う。
母さんが起きてくる前に帰宅できて良かった。外出したことがバレて色々訊かれても困るし、不登校者の分際で握手会に行こうとしていたなんて知られたら、あんまり良くないだろうから。
「握手会行けるなら学校も行けるでしょ」とか言われたらたまらないしね。俺には、学校になんて行く勇気も根性もない。
ああ、ダメだ。また、考えがマイナスに傾いてる。これは、引きこもりにしか分からない、登校拒否者特有の病気みたいなものだ。
普通に学校行けてる人は、ほとんどこんなこと考えないだろう。自分の言動が身内に迷惑をかけているって。
俺も、前だったら……学校に行ってる側だったら、堂々と握手会に行った。一日くらいサボっても、母さんなら「ダメでしょ」とか言いつつ「マミさんどうだった?」と、俺に同調してサボりを咎めないだろう。
そういう意味でも、引きこもりって、意外と行動に制限がかかるものである。
夜、母さんが仕事に出た後、俺はリビングで夕食のサンドイッチを頬張りながらお笑い番組を見ていた。有名なのに「手抜きしてるんじゃないの!?」と言いたくなるほどつまらないネタを披露する人もいるし、将来ビッグになりそうな面白い無名芸人もちょこちょこ出演している。どういう基準で出演者選んでるんだろうな、この番組は。知名度関係なく、面白い人だけ出してほしいんだけど。
自分の社会的立場を完全に棚上げし、上から目線で芸人達のコントや番組構成スタッフの仕事ぶりを批評していると、インターホンが鳴った。夜勤に出た母さんが忘れ物をして戻ってきたのかもしれない。そういうこと、忘れた頃に時々あるのだ。
「はーい、ちょっと待って!今開けるからー」
ドアアイを確認せず玄関扉を開けてしまったことを、俺は後悔した。そこに立っていたのは、忘れ物を取りに来た母さんではなく、響だったから――。




