9 うっかり書類にサインしてしまいました
先ほどの鑑定スキルを自分に使ったら、きっと以下のように表示されるに違いない。まあ、何度やっても表示されなかったのだけれど。
【ステータス(予想)】
名前 アルテミシア
種族 ハイエルフ
職業 アメーバか冒険者?
体力 ??/??
魔力 ??/??
性別 女
スキル 鑑定
備考 未知と遭遇しやすい
正直なところ、3桁の魔力やら賢者の加護などというチートステータスは望めないと思ってる。というか、観察してて思ったのだけれど、どうもチートステータスは目の前にいる美少年のような気がするのだ。白皙の美貌、気品を感じさせる物腰、絶対的な自分の実力への信頼。与えられるばかりでなく、自分で何かをつかみ取ってきた経験のようなものが、幼い外見からひしひしと感じられる。それってどうなのよとも思うけれど。
嘘をつくことは出来ないらしいので(爆死という壮絶な最期を選ぶには、まだ早いと思うんだ)、できる限り私は話したつもりだった。異世界から転生したという話を伝えたときにはさすがに驚かれたが、転生自体は例がないことではないらしい。
それよりも、どうやら種族に問題があるのだそうだ。
簡単にまとめると、この国は血統が身分に影響を与えるくらい、純血至上主義の宗教が力を持っている。住民の9割以上は、人間や獣人、魔族とのハーフエルフ。純血のエルフは平民であっても貴族に引き取られることになるというから徹底している。純血のエルフは残り1割ということから鑑みると、よほどの劣性遺伝なんですかね。
純血に近いほど魔力が大きくなることから、各地に作られた教会は生まれた赤ん坊の魔力を調べ、純血のエルフだと分かると、中央にある大教会へ送る。送られた子どもは、しばらく教会の教育を受けた後、貴族の屋敷に引き取られるのだそうな。
その教育中の子どもは、魔力を抑え、また加護を得るために髪を銀髪に染めるのだという。銀という色は、魔に対抗する力を持つという意味合いが強いが、純血のエルフよりもさらに力を持つ古代エルフ=ハイエルフに対するリスペクトでもあるらしい。
それで私が教会から逃げてきたと思ったのか。
珍しい純血のエルフよりもさらに天然記念物なのがそのハイエルフで、この国で確認されているのは教会トップにいる宗主のみ。隣国など世界中にいるハイエルフを数えても片手に足りるほどだというから絶滅危惧種といっても過言ではない。
当然のことながら、見つかったら保護という名の監禁ですよと言われたら、心穏やかでいられるはずがない。敬われすぎて逆に迫害じゃなかろうか。
ということで、この世界の常識を教えてもらったかわりに、とんでもない弱みを握られた感が満載です。外の世界怖いです。
けれど、一つ救いなのは、クラウディス様が『教会から逃がしてあげようか』と、先ほど提案してくれたことだった。この人が何者かはわからないけれど、その宗教を妄信しているようではないらしい。なんだろ、昔教会にいたとき何かあったのかな。この方も純血のエルフっぽいし。
まあ、とりあえず私の立ち位置は大体分かった。あれだ、銀色のパンダみたいなものだな。周りにペンキ塗りの銀色パンダもどきがいるから、すぐにはばれないけれど、見つかったら動物園行きだという。
『アルテミシアはどうしたい?』
手帳に美しい文字が流れるように書き付けられる。
この先の人生か……。
美味しいものを食べたい。快適な家も欲しい。清潔な服だって欲しい。
けれど、何よりも自由が欲しかった。自分の足で立って、歩いていける生活が欲しかった。
『私は自立したい。保護されるのではなく、自分の手で道を切り開きたい』
そう、目指すはアメーバなんだよ!
ぐっと拳を握る。細々とでもいい、この世界で私は私のために生きていく。そう決心したら、先ほどまでの不安が少しずつ晴れていくような気がした。
そんな私に、目の前の美少年は満足そうに頷き、よしよしと頭を撫でる。その手が温かくて、なんだか無性に嬉しくなってしまった。
『そのためにはこの世界の知識が必要だね』
うんうん。その通りだと頷く。
『町の様子や色々な商品にも興味があるかい?』
もちろんだ! だって異世界だよ!? 身の危険さえかわすことができるなら、興味津々だとも。
『魔法は?』
ものすごく興味があります!!!
首を縦にぶんぶん振る私を面白いと感じたのか、クラウディス様は声を立てて笑う。その顔が年相応に見えて、こちらも警戒心を解く。外見はともかく、年下の少年が大変可愛らしく見えたからだ。
『僕が教えてあげるよ』
空中から金箔で縁どられた羊皮紙を取り出し、にこやかに彼はサインすると、私にそれを差し出した。
あれか、師匠と弟子の契約ですね!?
知識に飢えていた私にとっては、願ってもない申し出だ。それにこのチャンスを逃せば、この森の中で彷徨う未来が見えるようでもある。疑うことなく、すぐに飛びついてサラサラとサインすると、彼はそれを良く確かめてから大事に懐に仕舞った。
『これでこの隠れ家は君のものでもある。自由に使って構わないよ』
手帳に書かれた文言に、思わず手を合わせて拝みそうになる。文無し、宿無し、手に職なしの幼女にここまでしてもらえるとは、貴方は神か!
『ただし、僕の家でもあるからね』
そりゃあ元の持ち主だから当たり前のことだろうと頷けば、彼は寝室にあった開かずのクローゼットに手をかけた。
ゆっくりと光が魔法陣を描く。よく分からない単語がふわりふわりと魔法陣を取り囲み、吸収されていったと思えば、今朝方どうしても開けられなかったクローゼットの扉が自動ドアのようにガアッと音を立てて開く。一体どんなものが収納されているのか気になって覗き込もうとしたら、やんわりと止められた。
え、子どもには見せられないようなものが入っているのですか?
ぴょこぴょこ跳ねながら何とか奥を一目でも見ようとする私の体を、外見には似つかわしくないほどがっしりとした手が阻む。
『この先は僕の部屋につなげたから。また、今度ね』
すっぽりと抱きしめられる形になってしまい、少しむくれてしまった私をあやすように彼の手が髪を撫でた。
むう、私は悪戯する子猫ですか?
などと大人しくなでられながら憤慨しつつも、彼の部屋なら仕方ないと思いなおす。私だって、急に誰かを自分の部屋に入れるのには抵抗があるもの。
抱きしめられながら撫でられると、なんだか体温が気持ちよくてうつらうつらと舟をこぐ。まだ寝るには早い時間だけれど、この気持ち良さには抗えない。
今日も色々あったものなぁ……。
「おやすみ……」
なにかクラウディス様が呟いているのが聞こえたが、よく分からない。
そのまま私の意識はフェードアウトした。