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理想の布団様とアメーバ人  作者: アルタ
第1章 異世界は意のままにならぬことの連続である
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7 エマージェンシー食中毒

 事態は唐突に訪れた。

 激しい腹痛だ。


「ふごごごご……!」

 しっかりしろよ、鑑定スキル! あれか! 食い合わせというやつか! 単体で食べても問題ないけれど、いくつか合わさると猛毒になるとか。いやいや、今は冷静に分析してる場合じゃない。喉に指突っ込んでも吐けないんですが、胃洗浄って自力で出来るの? 大量の水飲めばいいの? ていうか、もう消化されてるから手遅れですか!!?


 痺れる足を何とか動かして、昨日水を汲んだ川までたどり着く。

 指先が冷たい。頭がガンガンする。視界が何度も二重三重にブレだし、ひどい脂汗をかいているような気がする。


 だめだ、新しい人生開始した翌日に食中毒でゲームオーバーとか、ないわ。死因=食い意地張りすぎとか書かれるかもしれない。せめて、そのときは死因=スキル研鑽中志半ばにて倒れるあたりにしていただきたい。

 というか、もう限界。


 そう思ったら、あっという間に意識が暗闇に飲まれてしまった。






 温かい……。それが、意識が浮上して一番に気づいたことだった。

 そういえば、丸1日以上温かいものは口にしていない。

 吸い寄せられるように、その『温かいもの』に頬を寄せる。人の体温だった。温かいって、こんなに安心するものなのかと驚きつつも、朦朧とする意識に抗えず、ぼんやりともたれかかる。


 どうやら背負われているようだった。ゆっくりと揺られている感覚がする。まだ華奢な体の持ち主のようで、足取りが安定しないらしい。けれど、先ほどまで感じていた気持ち悪さはほとんど消えていた。胃の腑の辺りが温かかった。

 まだ幼さの残る声が、心配するように私にかけられる。けれど、意識がぼんやりしているせいか聞き取れない。ただ、優しそうな話し方に安心した。誰だかわからなかったけれど、この人なら大丈夫だと、なぜだか思った。


 ゆらりゆらり。

 そのリズムに再び眠気が襲ってくる。もう少し眠りたい。けれど、意識を手放してしまったら、この温かさが消えてしまうような気がして、ぎゅっと手に力を込める。

「……いかないで」

 その言葉が伝わったのかどうかは分からない。ただ、その言葉を呟いたら、なんとなく大丈夫なような気がして、私は再び夢の世界へとまどろんでいった。



 ゆらりゆらり。

 ぼんやりとテーブルが見えた。美味しいと評判のフレンチレストランではない。職場の忘年会で利用した料亭でもない。ありふれた木製のテーブルに、ビニールカバーがかかっている。テーブルの上にはゆで卵とトースト、コーヒーが載っていた。

 あれは、どこだろう。懐かしい気がする。


 なんてことはない……いつもの食卓。寝ぼけたまま、ゆで卵に塩をつけて頬張りながらジャムを取りにいくのだ。冷蔵庫を開けたら、バターもハムもチーズもあって、レタスを取り出せばサラダも出来て、なくなったらスーパーへ買出しへ行けばいい。

 サバイバルだなんて何の冗談だ?



「そうだよ! 米食べたいし、調味料欲しいし、肉か魚だって食べなきゃ栄養偏るし、何よりも手の込んだ加工食品が食べたい。いや、レトルトカレーでもいいし、インスタントラーメンでもいいから普通の食事がしたいよおおお。食事が果物と木の実と樹皮だなんて、飽食の国の人間にとっちゃ拷問だよ。プリーズ、美味しいご飯、美味しいご飯、美味しいご飯んんんんーっ!!」


 目が覚めた。


 うん、叫びながら目覚めたね。我ながら食い意地が張りすぎていたのは認める。

 ズキズキする頭を抱え、ひどく渇いた喉を潤そうと水筒に手を伸ばしたとき、私はようやくその存在に気がついた。

 天使の輪が見えるほど艶やかな黒髪、透き通るような肌、切れ長の瞳はアメジスト、すんなりと整った鼻梁。うらぶれたベッドサイドの椅子に気品すら感じさせる優雅な姿勢で腰掛けていたのは、昨日見かけた美少年に間違いなかった。


 もしかして、水筒を取り返しにきたのですか? なんて暢気な問が頭の中に浮かんだけれど、そんな場合じゃない。

 ここどこだ? あ、私が途中まで掃除した小屋か!

 1人取り乱す私に構わず、白皙の彼はただ静かに座っている。敵視している様子もなければ、心配している様子もないのだが、なにやら値踏みされているような気がして気まずかった。


 こちらもじっと見つめる。黒いマントは昨日と同じだけれど、今日は白いシャツにグレーのベスト、そして濃いグレーのパンツに黒いブーツスタイルだ。ところどころに銀糸で何かの模様のように刺繍されている。

 うーん、どうみても裕福な家庭の坊ちゃんに見えるなぁ。


 起きたきり、一向に何もしゃべらない私を不思議に思ったのか、目の前の美少年はこちらに水を差し出しながら口を開いた。

「△%□#&?」

「ごめん……何言ってるか分からない……よ?」

 でも、その声には聞き覚えがある。そうだ、ここまで運ばれている間に聞いた声だ。どうやら私は、この美少年に助けられたらしい。となれば、どうしてこの小屋を知っているのだとか、その辺すっ飛ばしてでも先に言わねばならないことがある。


「助けてくれてありがとう」

 言葉が通じなくても仕草は伝わるに違いないと信じ、私はベットの上で居住まいを正して深々とお辞儀をした。

 どうやら謝意は伝わったらしく、彼は少し表情を緩めて微笑む。その微笑の天使たるや、筆舌に尽くしがたいほどでした。ああ! 美人さんの柔らかい笑顔だなんて、目の保養としかいいようがない。

 少し赤くなっているであろう頬を冷ますべく、頬に手を当てながら私はにへらっと笑った。


 あーあ、文字が読めるなら、言葉も通じればいいのに。

 しょんぼりしながらシーツに指で『ありがと』と書けば、彼は少し驚いたような顔をして鞄から小さな手帳と万年筆を取り出し、なにやらサラサラと書き付ける。覗き込むのは行儀が悪いような気がして、ベッドの上で正座したまま待っていると、目の前にその書付が差し出された。


『この文字が読めますか?』


 それは、私のセーブブックに浮かび上がったのと同じ、流麗な文字だった。

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