6 大掃除が終わらない
なぜか着々と整いつつある私のスローライフ。
翌日、目が覚めたら埃だらけの山小屋におりました。いや、外から見たら猟師が途中で使う小屋のようなのだけれど、中に入ってみたら意外とキッチリしたログハウスです。前世でちょっと憧れていた生活なだけに、私のテンションは高い。
「秘密基地! っげっほげほ!」
浮かれて飛びあがったら、埃が舞って目の前が真っ白になった。
そうだ、ベッド以外掃除してませんでしたね。家の中探索よりも先に掃除せねば、肺まで真っ白になってしまう!
慌てて窓に駆け寄って全開にする。外の空気を吸い込み、他の窓も全て解き放った。目の前が森林だからか、マイナスイオンたっぷりのような気がする。落ち着いたら森林浴したいなぁ。
裏口に転がっていたガタガタの桶で井戸水を汲むと、悲しいかな側面からぴゅーっと勢いよく水が漏れた。修理用の道具とか借りられるだろうか。
昨日ここに転がり込んだときは大分薄暗くなっていたので確認できなかったが、どうもこの小屋はとっくの昔に引き上げられたように思える。最低限の家具の備え付けはあるものの、中身が不自然すぎるくらい入っていないからだ。食糧は勿論のことだが、本棚や食器棚を覗いてもほとんどもぬけの殻だし。
まあ、殺人現場ですよというオチはなさそうなので、今のところ安心してる。いくつか不安な要素はあるけれど。
とりあえず隙間を手で押さえながら水を運び、床へとぶちまける。その辺にあったボロ布でゴシゴシこすれば、灰色の埃の塊と真っ黒い汁であっという間にドロドロになってしまった。ザックリと床を磨いたら、今度は上のほうから埃を落としたり拭ったり、大忙しである。
今日一日では終わらないかもしれない。いや、絶対に終わらない。
それでも南側のリビングを重点的に掃除していたら、かなり光明が見えてきた。今晩は寝室じゃなくてリビングで寝ようと思う。
寝室の掃除が間に合わないという理由もあるが、一番の理由は寝室に開かずのクローゼットがあるからだ。大きさはまさに一般家庭の押入れ程度なのだが、何故か全く開かない。さらに不思議なことに、クローゼットはあるのに小さなタンスが寝室にあったりする。じゃあ、あそこには何が入ってるんだ!? まさか白骨死体じゃないよね!?
少しでも立ち止まってしまえば、この先に待ち構えている膨大な作業量に萎えてしまいそうだったので、必死に目の前のことに専念した。ホンの一角でもいい、快適に過ごせるスペースを作りたい。そんな思いを胸に、ガラクタ(のようにみえる物)を寝室へ押しやりる。
そうして何時間が経ったのだろうか。時計がないため正確な時間は分からないが、身体の限界が来た。
「終わらない! 腕が痛い! 背が届かない!」
もう何度目か分からない雑巾絞りに悲鳴を上げる。朝から動きっぱなしだったので、体力的な限界に加えて空腹も限界に来ていた。ホント、生後2日目のくせに働きすぎだろう。
これから長丁場になりそうであることは分かりきっているので、燃え尽きないようここら辺で休憩を入れることにした。
とりあえず、現状の整理を行おうと思う。
まず、私の名前はアルテミシア。体力よりも魔力が多いらしい。種族は多分ハイエルフ。鑑定スキルのレベルは3に上がっている。森の探索で1、家の探索で1上がった結果だ。この家、何気にすごいな。
持ち物は、最初から持っていたセーブブック、祝福のポーチ、初期装備の衣類、少年から奪っ……もとい譲り受けた星屑の水筒、そして森の中で見つけたミニオレンジアの果実と樹皮、水分がたっぷり入ったスイカのような実、柔らかいが少し油っぽい木の実、キノコ類、薬草類である。
片端から齧って→口をゆすいで→齧って……の繰り返しによって、オレンジ以外の食べ物も確保できたんだけど、これがまたあまり美味しくないんだ。いかに今まで食べてきたものが、日本人の味覚にあうよう品種改良されてきたのだということを思い知らされましたよ。本当に、日本の農家の皆さん、ありがとうございます。
現在私が座っているテラスは、西側の入口の横に設置されている。2畳ほどの大きさがあったので、家の中にあった小さなテーブルと椅子を一時的に出して、気分はパリのオープンカフェだ。
残念ながら甘いものはない。お茶すらない。井戸水と果物という切ない状況だ。食い意地が人一倍張っている自覚があるだけに、この状況は看過できないものがある。けれども空腹よりは随分ましで、バターのような味がする油っぽい木の実を齧ると腹はふくれた。
家の中は前述のようにモノがほとんどない。とはいえタンスやベッド、テーブルや椅子があるのは大変有り難い。短期単身赴任者御用達の家具付きマンスリーマンションをイメージしてもらうと良いと思う。
あと、掃除中に見つけたメモは大収穫だった。メモの中身はスケジュールの走り書きで大したことではないのだが、『この世界の文字が読める』というのは大きい。良かった、良かった!
ちらりと開け放たれた扉から家の中を見る。
南側のリビングだけなんとか人間が住める状態になった。しかし、台所は鍋釜類が積みあがった状態で到底使えそうにない。キノコ類は食用のものでも生で食べれば危ないので、出来れば明日中に火を使える状態までもって行きたいものである。嬉しいのは、砂糖と塩が入った壺が転がっていたことか。これらは賞味期限なんてあってないようなものなので、大事に使わせていただきます。あざーっす!
やることは山積みなのだけれど、私は森へ食糧調達に行くことにした。雨が降り始めたら、ぬかるんで野外活動が困難になりそうだったし、できれば砂糖漬けや塩漬けなどの保存食も作ってみたい。梅があれば良いのにな。日当たりの良さそうなところに植わってないかな。
チラリと目の前に広がる森を見る。……が、樹の見分け方なぞ分かるはずもない。
こうなれば地道に鑑定スキルをあげるしかないだろう。まだ口にしないと鑑定できないというのが切ないところではあるが、一日二日で何とかなると思う方が浅はかだろう。
「よし、行こう!」
ポーチを肩から掛け、家の中に転がっていた紙袋を片手に立ち上がる。水の入った水筒はポーチの中に。
目指すは快適なスローライフ。そのためにも、豊富なアイテムは必須です。美味しいものが食べたいです。
あ、家の前で栽培とか出来ないかな? ネギとかあるといいよね。