5 強盗ではありません、ただの居座りです
結局その少年は消えてしまった。
この世界には乾燥魔法以外の魔法が存在するらしい。彼が繊細そうな指先を動かせば地面に光の魔法陣が現れる。そして、そのままどこかへと転移してしまったのだ。だから私の表現は間違っていない。そう、消えたのだ。さすがファンタジーの世界!
ぐっと空っぽの水筒を握り締めて私はしばしの間歓喜に打ち震えた。
だって魔法ですよ!?
私の本が『魔力が10上がった』と告げていた……ということは、何らかの条件が整えば私にも魔法が使える可能性が果てしなく大きいのである。詠唱する呪文がキーワードなのだろうか、それともイメージトレーニングが必要なのだろうか。うひゃあ、わくわくが止まらない!
とりあえず川のところまで戻って、水筒を十分すすいだ。当然のことながら再利用させていただきますよ! 強奪してしまったものは仕方ないですからね。ただし、あの破滅的な味が残らないよう丁寧に川の水で洗う。勿論薄まった傷薬は、手足についた細かな傷に振り掛けましたとも。おひつに残った最後の米粒一つまで食べる派です。
そうやって中まで綺麗に洗ったところ、水筒の内側が何かキラキラ光っていることに気がついた。細かくて控えめなその輝きは、実家にあったマーブルフライパンの表面を思い出させる。錆びないよう、加工しているのかもしれない。ちなみに水筒自体は、ステンレスっぽい材質でできており、外側は黒い塗料のようなものが塗られている。大きさはスリムな缶コーヒー1本分程度だ。やや小ぶりのような気もするけれど、今の私にとっては小さいほうがありがたい。
傷薬の味が消えたのか確かめるため、水筒に水を汲んで口をつけるとまろやかな味がした。ついでに自動的に鑑定スキルが発動し、『星屑の水筒=宮廷魔術師団の支給品、???、???』と脳裏に浮かぶ。
宮廷魔術師団だと!?
こいつは異世界に飛んだときに関わってはいけないキーワードの一つだと私の直感が告げていた。ちなみに『騎士・王族・貴族・宗教』あたりも同様である。権力争いなどまっぴらだ。
気づかれなくて良かった……と今更ながらに安堵する。?マークが並んだ2行の説明が気になるが、支給品であれば彼は新しい水筒を支給されるだろう。遠慮なく使わせていただきます。ありがたや! 水筒欲しかったんだよね。
そして水筒の鑑定を行ったことで私は2つの発見をした。1つ目は、鑑定レベルが低いと『?マーク』で表示されて鑑定できない可能性が高いこと。2つ目は、食べ物以外も鑑定できること。
特に2つ目は大きな発見だと思う。早速ポーチの中に入れていた本に唇を当ててみたら『セーブブック=成長記録、???』と現れた。多分2つ目の???に関しては、魔法を使用するのに必須とかそういうことが書かれているのだろうとあたりをつける。この本は大事にしなければなるまい。
勿論ポーチの鑑定も行ってみた。『祝福のポーチ=荷物の重さを感じさせないポーチ』ということで、こちらも大変有り難いことが判明しましたよ。うむうむ。余談ですが、身につけていた服や靴に関しては『初期の服=ただの服』という当然といえば当然の結果が出ましたよ。贅沢言っちゃいけないのは分かるけれど、残念だなぁ。
水筒と本をポーチに突っ込むと、私は先ほど歩いた川下とは別の方へ歩くことにした。万が一再び遭遇すれば、盗品を持っているだけに言い逃れできないし、気まずい。
いい感じの樹木を見つけたら速攻で野営の準備に取り掛かろうと、キョロキョロする。そして見慣れぬ植物などがあれば、口をつけてみた。なんてったってスキル上げは重要です。もしかすると、死ぬまでこれしかスキルがないかもしれないのだ。となるとこれを磨き上げて自立したアメーバライフを送らねばなるまい。
目指すは念じただけで遠方のアイテムを鑑定できる能力! それ以前に自分のステータス知りたいですけどね。切実に。これ、実はちょっと死に掛けてましたよなんて事態になっても、気づかないと困るんですよ。サバイバルな今の現状で命取りになりかねないですよね?
それにしても平和な森で良かったと今更ながらに思う。魔法があるということは魔物が居る可能性も高いわけで、下手をすると転生直後に出会っていてもなんらおかしくないのだ。まあ、物音はしているので生き物が居るのは確かだろうが。
よく茂ったシダを押しのけるようにして進んだ。時折印をつけることは忘れない。
そうしながら歩いてどのくらい経ったころだろうか……空が赤く染まり、あたりが暗くなってきた頃、1件の山小屋のような建物がひっそりと現れた。
最初は人に会うかもしれないと緊張し、期待もしたのだけれど、近づくにつれてそれは杞憂になる。人が住んでいない家は1ヶ月ほどで荒れるという話を聞いたことがあるけれど、目の前にある山小屋は少なくとも十年近く誰も近寄った形跡がなかった。窓から覗き込めば積もった埃が見える。
けれど、この状況は私にとって幸運としか言いようがなかった。誰も使っていないということは、ちょっと借りてもばれないということだ。そして、仮にばれたとしても、ここまで荒れ放題の家だったら何とかなる気がする。見た目幼女だし。
勿論、中の物は一切売ったりしませんよ! 強盗ではありません。ちょっと居座るだけです。
「うふふ、お邪魔しまーす」
悪そうな笑みを浮かべているかもしれませんが、お掃除ボランティアですよ? 不法侵入だけど許してね。
固く閉じられていた扉を開けると、ぶわっと埃が舞った。外から見ていたよりも室内が遥かに広いことに驚く。空間魔法か何かかかっているのだろうか? どう計算しても、面積が4倍くらいある気がする。
なるべく埃が舞わないようにそっと足を踏み入れ、ベッドの部分だけ埃を払ってシーツを裏返した。本格的な掃除は明日しなければなるまいが、寝る部分だけでも何とかしておきたいのが乙女の心情である。
山小屋は大体正方形の形をしていた。入口は西側、つまり左側の真ん中にある。それを縦横4つに区切った左上側が水周り(風呂、トイレ、洗面所)、右上側が寝室と書斎、下半分は台所とリビングのようだった。現代日本における1LDKというやつだ。北側にも扉があり、その先には井戸もあったのでわざわざ河まで水を汲みにいかなくても良さそうな気配がする。ありがとう神様!
使われなくなって久しいのか、ほとんど物は置かれていないが、木の上で寝ようかと考えていた当初計画からすれば大変な僥倖だ。
「もー、今日はくたくただから嬉しい!」
ぼふんとベッドに座りこんだら、埃を吸って盛大にむせた。