3 金柑採取でスキル取得!?
突然光りだした鞄を慌てて開けると、中に入れていた白紙の本が光を放っている。次第にその光は収束していくが、全体的にうっすらと淡い光が本を包んでいた。
え、本気でレベルアップしちゃったなどというオチなのだろうかと思いつつ本を開ければ、2ページ目に焦げ茶色の流暢な筆記体が浮かび上がっていた。それは日本語でも英語でもない。まして、ラテン語でもアラビア語でもない見たこともないような文字である。けれど、何故かそんな見たこともない文字を私は読むことができた。
もう、不思議なことが起こり過ぎて感覚が麻痺しているから、今更「ワオ!」などと驚く気力も残っていないが、読めないよりも読めた方が有り難い。うん。
指で辿るように文字を追うと、以下のようなことが書かれていた。
<光の月35日>
アルテミシアは体力が3上がった。
魔力が10上がった。
スキル「鑑定レベル1」を取得した。
「……」
ええ、どこから問い質せばよいのでしょうか。まず、アルテミシアというのはこの世界での私の名前でしょうか? これ、ヨモギの名前でしたっけ。緑のヨモギ餅は私も大好物ですが、さすがに名前が『ヨモギさん』てのは非常に微妙です。
せっかくのエルフなんだから『シルヴィア』とか良いと思うんだ。シルヴィちゃんって可愛くないですか? アルテミシアなら『アル』ちゃんになってしまう。こんなところだけちゃっかり初期設定ついているなんてなぁ。
そして、何故かロールプレーイング仕様の通知が届いちゃってますが、正直初期値が分かりません。私だって馬鹿じゃないので、前世で培ったなけなしのゲーム知識を総動員して「いでよステータス画面!」と何度か念じてみましたよ。でも、何も出なかったんですってば。
この求めている情報を飛び越して求めていない情報がひょっこり現れる残念感をなんといおうか。あと、光の月35日……って、一体いつのことなんでしょうね。個人的には光の月が何月なのか、そんな基礎知識を熱望しております。
最後に鑑定レベル1、これに関してだけは非常に有り難いことが判明した。さっき採取してかじった金柑もどきを手に握って意識すると『ミニオレンジア=爽やかな酸味のある果実。はちみつ漬けにして食することが多い』と頭に浮かんだのだ。一口メモ程度の知識だけれど、何も知らない私からすると非常に有り難い。出来れば、小ぶりの瓶と蜂蜜が欲しいところである。
ただし、さすがにレベル1というだけあって、口に入れないと鑑定できないというのは少々困った気がする。少量といえど、毒を食べてしまったらどうするんでしょうか。さっきの樹皮でもカミカミしておくしかないですかね。ちなみに樹皮は『ミニオレンジアの樹皮=胃腸の調子を整える』だそうですよ。
とりあえず、私はハイエルフの知識がゲーム仕様というしょっぱい現実から目を背けつつ、本を閉じた。数値の上がり方から見るに、どうやら体力に期待はできなさそうだ。ならばさっさと出発して色々確保しなければならないと思う。ついでに触れて念じるだけで鑑定ができることを期待してスキルを上げたいものだ。
東へ進むことおよそ2時間。フカフカとした地面を踏みしめる足がだるくなってきた頃、水音のようなものが耳に入ってくる。心なしか湿度が上がった感覚にこちらの期待も膨らんだ。足を踏み外さないよう慎重に、けれども少し足を速めれば、一瞬爽やかな風が吹いて目の前に滝と川が現れた。
「水!」
水しぶきが風に乗ってこちらにまで涼を届けてくれる。歩き通しで火照った体にそれは染み渡るようだった。
川の近くには砂利や岩が転がりごつごつしている。これまで歩いていた土の感触とは異なる踏み心地に気を良くして近寄ってみたら、とても澄んだ水が流れていた。ここは大分上流に当たるらしい。
ちゃぽんと手を浸せば冷たくて気持ちが良い。恐る恐る口に含んでみると甘いような味がした。日本と同じく軟水のような気がする……と頭の片隅で思ったところ『雪解け水=山のおいしい天然水』などというボトル入りミネラルウォーターの商品名のような説明が浮かんだ。
しかしながら飲んでお腹を壊さない水というのは正直有り難い。お椀でも何でもいいから入れ物が欲しいです。何故初期装備にペットボトルがないんでしょうね。もう、何度嘆いたか分からないけど……お金さえあれば大抵のものがすぐにそろう便利な生活に慣れきったわが身が恨めしいです。
急に水を飲み過ぎてお腹がビックリしないよう、口の中を湿らせるように少しずつ水を含む。そうして辺りを見回せば鳥や小動物の気配がした。大きな音がしないのは幸いというべきか現時点では分からないけど、自分の選択肢が間違っていなかったことにホッとする。
ここで少し休憩を取ろう。
冷たい水で洗ってからミニオレンジアをほおばると口の中がさっぱりした。
ジリ貧で死亡するフラグの1つから逃れた安堵感からか、体から力が抜けていく。自分で思っていた以上に緊張していたらしい。『動じない女』の異名をほしいままにしていた私としたことが……いや、意外と普通の人間で良かったと喜ぶべきだろうか。もう人間じゃないけれど。
「何やってんだろ」
頼れる人もいないサバイバル生活。まだ始まって数時間しか経っていないのに、急に心細くなってきてしまうなんて。あれほど1人で生きたいと思っていた気持ちは、一体どこへいってしまったのだろう。
会いたいと思う人の顔なんて思い出せない。なのに、人恋しいのは不思議だとしかいいようがない。
もしかするとこれは、1人暮らしを始めたときと同じ気持ちなのかもしれない。今まであったものが抜け落ちることに対する寂しさ。そうならば、きっと時間が経てば解決するはずだ。
だから、北の村に向かわなかった選択肢も間違っていなかったんだと自分に言い聞かせ、もう一つ小さな柑橘系の実を口に入れた。
口の中に広がる酸味がツンと鼻の奥まで刺激するようだった。