遠くの福音
福音・・・救いの便りのこと
右ポケットの中で
ジャラジャラと耳障りな音を立てる硬貨
苛立ち紛れに ひとつ取り出して
思いっきり睨みつけてやろうとした
その前に手から零れてしまったけれど
カツーンと単音を残して
薄暗い溝へするりと抜けた硬貨
間抜けだと腹が立ってしょうがない
まるでその間抜けさが
自分に返ってくるようで情けない
価値もないのに重さばかりが主張する
そんな自分とよく似た生きざまの硬貨が
消えてしまった事実に追い込まれていくようで
僕は泣きたいような 叫びだしたいような
そんなくだらない妄執に囚われて
あてもなく走りだした
走り出したところで燃料のない
鈍重な僕の車体には決して意味のないことで
それでも僕は走り出していた
まるで、エックス線に映ったピーナッツのように
感知されないのに、自分だけに響く足音が
僕と世界の重さを別けているようで
僕と世界の価値を遠ざけているようで
泣きたくて
泣けてきて
すずめよりずっと価値があるはずで
百合よりもずっと愛されているはずで
それなのに
僕はやはり飛べなくて
慈しみの瞳を勝ち得ることができなくて
僅かな価の硬貨一つが
僕の対価になる様を 遠い意識の果てで聴いた
救世主はいまだ表れない




