SHOW BOOTH
SHOW BOOTH
どこか知らない村に私はやってきた。夕暮れ時で、橙色の空はとても奇麗で私はしばらく見とれていた。
「何をしている。」
先頭を歩く座長の声が私を現実世界に連れ戻した。他の座員も私を急かす目で見る。私は俯いて彼の後に大人しく着いていった。
途中で何人かの農民とすれ違った。彼らは怪訝そうな顔で私達を見た。私はその視線を憎んだ。
(どうせあなた達も私を見に来るのでしょう。)
心の中でそう思った。
学校帰りだろうと思われる男の子にも出会った。彼は道の端に寄って私達に進路を譲った。彼は私の顔を目で追った。渡しは長い前髪で顔を隠した。夕日が眩しかったから。
そこは河原の近くだった。近くに一本だけ桜の大木が狂い咲いていた。
座長達は手際よく組み立て式の劇場を建てると看板を掲げた。『見世物小屋』と。私は出来上がった楽屋に入った。早速今夜から公演するらしい。既に男達の準備は整っていた。後は私だけだ。私は口紅を薄く塗り、自分の姿を鏡で確認した。醜い顔がそこにはあった。これが今から、更に醜悪な姿へと変化すると思うと身震いした。しかしその悪寒も体が慣れてしまっていて不快には感じなかった。
公演が始まった。私と座長と座長の側近である男で舞台へと上がった。30人ばかりの客に対して座長はシルクハットを脱ぎ、深々と頭を下げ感謝の言葉を述べ始めた。私はその間に客達の顔を見た。当たり前だが女・子どもの姿は見受けられない。男ばかりだった。数名、来る途中に見かけた農夫も居た。彼らは私と目が合うと視線をそらした。
(下種どもが)
そう心の中で罵った。
「では、皆様にとって今宵が最高の時間となりますよう。」
座長はそれをしめの言葉とし、舞台裏へと引っ込んでいった。その後に側近の男も続き、舞台には私一人しかいなくなった。私は舞台の真ん中に立ち、客達に頭を下げた。男達の視線は一斉に私に注がれた。私はその期待に答えるべく、着物の帯に手をかけた・・・・・・。
一週間が経った。客の勢いは一向に衰えることは無かった。むしろ再入場者が多く、彼らは勢いに任せて舞台へと上がってきて私を弄んだ。座員たちと一緒になって。そんな客に対しては特別に別料金を請求する仕組みになっているが、客達はすんなりとその高額な金を支払い舞台に上がってきた。座長は「良い村だな。」と私にいやらしく微笑んだ。私は黙って座長の手元の金を見た。
その日の公演も終了した。客はすでに誰一人残っておらず、私はただ一人舞台の上でぐったりとしていた。私は朦朧とする意識で着物を手に取り、河原へと向かった。そこの川の水で体中の汚れを洗い落とした。とても気持ちが良かった。私は体を拭いて、着物を着付けなおした。ふとあの桜の木の前まで来ていた。この村に来てから、私はこの狂い咲いた桜の木が好きになっていた。公演が終わると私は一人この桜の下に座って夜風に浸った。その時間だけが唯一の私のための時間だった。
「おい。」
背後から声をかけられた。聞きなれない声だった。私は振り返った。男の子がトンと立っていた。どこかで見た顔だと思ったら、それはこの村に初めて来た時に擦れ違った男の子だった。彼は私の隣に座った。
「今日初めて君の舞台を見た。」
私は「そう。」と呟いた。
「どうだったかな?」
この男の子も年が若いだけで、他の男と同じ獣だなと思った。すると彼は答えた。
「酷いな。いつもあんなことをされているのか。」
意外な問いかけに私は戸惑ったが、私はうなずいた。
「なぜ見世物小屋なんかで働いている。」
私は親に売り飛ばされたことを話した。すると彼は「それも酷い親だ。」とそう言ってくれた。初めて人から同情された。そして彼はとんでもない事を言い出した。
「俺がここから連れ出してやる。」
「え?」
彼は私の台詞を待たずに、その場を走り去った。私はただ呆然と風に揺られていた。
翌日も公演は続いた。昨晩、結局彼は戻って来なかった。
(変な期待を持たせてくれて・・・。)
そう思いながら化粧をしていたその時だった。
ドンッ
聞きなれない花火の音だった。
私は何かあったかな?と音のした方へと向かった。そこは座長室だった。私は扉をノックした。
「どうかしましたか?」
すると扉が開いた。そこには昨晩のあの男の子が経っていた。
「やあ。」
彼は微笑んだ。私はふと奥に目をやった。座長は頭から血を流して倒れていた。ハッとなり彼の手を見た、座長のピストルがその手に握られていた。私は口もとを覆った。
「さぁ、逃げよう。」
彼は手を差し伸べてきた。
「おい、何している!」
他の座員の男達がやってきた。私は絶望の表情で彼らを見た。
ドンッ、ドンッ、ドンッ。
3発の銃弾は座員の急所を的確についた。不愉快な叫び声の後、彼らは倒れた。私は男の子を見た。
「さぁ。」
再び彼は手を差し出してきた。私は彼の手を取った。
私達は見世物小屋の外に出ていた。騒ぎを聞きつけた村人達が集ってきているのが見えた。私は彼に引っ張られるままに走った。遠くではあの桜の木が、風に花びらを乗せていた。私の頬を涙が伝った。これからの不安や希望を象徴するような涙だった。だが私はふいに言いようの無い気持ち悪さに捕らわれた。私は私を引っ張る彼の顔を見た。彼は笑顔ともなんと言いようの無い表情をしていた。
果たして彼は、私を救ってくれたのであろうか。
彼は私を何処に連れて行こうというのだろうか?
私はこの世界から逃げ出せるのだろうか。
人生は見世物小屋のようなものです。自分の醜態を晒して生きていくのです。逃げようなどとは考えないことです。逃げることなど出来ません。
そんな世界の裏側を描いてみました。