作戦開始
―トラック諸島 料亭『小松』―
「艦艇が集結中ですね。」
影鎖がトラック諸島の料亭『小松』に居る山本長官を訪ねた。
「そうだろう、影鎖大将。ハワイへの攻撃艦隊がこうも簡単に集結できたのは、貴方方の救援海軍のお陰ですよ。」
「ええ。我々は創隊以来、対潜戦闘を重視してきましたから。潜水艦の撃沈なんて朝飯前ですよ。」
救援海軍が各海域に潜む米潜水艦を撃沈し、海域の安全を確保しているのだ。その為、輸送船舶などの被害は全くと言っていいほど無い。
「それでも、優秀な乗組員が居たそうりゅうを失ったんですね。」
「はい。」
「乗組員は、自分たちの身を挺してまでこれからの航海の安全を守ってくれたのです。殊勲賞を授与させたのですが、貴方方は国民に存在を知られていない。武功に報いれない非礼をお許しください。」
国内で、救援軍の存在を国民は知らなかった。知っていても、一部の軍属や技術者程度であり、混乱を防ぐため一般認知はされていないのだ。
「構いませんよ。我々は日本と日本人を救うために、そしてアジアの人々を救うために来ています。私利的な名誉の為に来ているのではありません。」
「それを聞いて、安心しました。未来の日本人が、決して自分たちの利益の為に動いているのではないと知れただけでも、未来の人たちと接する事が出来て、よく分かっておりましたが、改めて聞けたことを。」
「はい。しかし、悲しい事にそれでも。自分たちの利益の為にしか動かない国は我々の世界にも存在します。」
「よく分かっております。源田さんから聞きました。」
―ジョージ・ワシントン―
「源田さん、日本が戦後に非核三原則を唱えているのは知ってますよね?」
江田原が源田に聞く。
「ああ。君たちの艦の資料室で読んだ。大戦末期に落とされた原子爆弾が日本の広島と長崎を壊滅させ、そのショックから戦後に唱えられた原則。」
「その通りです。内容は『核兵器を持たず・作らず・持ち込ませず』です。しかし、日本はその代りにアメリカの、核の傘に入っていました。」
「それも知っている。日米安保。既に君たちの世界では何の効力を持たなくなったようだがね。」
「ええ。それによって米軍に日本の基地の一部を提供していました。横須賀もその一部です。そして、この空母は横須賀を母港とする第7艦隊の旗艦です。」
江田原は核保管室の前までゆっくりと歩く。
「非核三原則を唱え、核を持ち込ませずと言って、アメリカもそれを尊重して空母に核は無い。っと、言い続けたアメリカがまるで日本を馬鹿にしたように平気で核を持ち込んでいた。しかも、日本海軍の本拠地の一つである横須賀にです。」
江田原は核保管室の厳重にロックされたセキリュティー扉を叩く。
「アメリカを今まで信用していた人間が、これで完全にアメリカに裏切られたと思いますよ。まさか、日本の鼻先に核を、大量破壊兵器を保有している空母がうろついていたんですから。」
「気持ちも分かる。」
二人は飛行甲板に移動した。
「源田さん。私はどうすればいいのでしょうか?」
「どういう事だ?」
「我々は我々の歴史を知っている。あの、核の威力も。そして、核が使われないので大戦が終わった後の世界も専門家の間で予想はたっている。」
江田原は順を追って説明する。
「もし、核が使われないで戦争が終われば、必ず後に起こる東西冷戦が核戦争に発展する。核が作った偽りの平和はその後も続く。しかし、核の脅威を知らないでもし、戦後に核戦争が起こったらどうなると思いますか?核戦争が終結した後、人類は存在できると思いますか?」
「分からないね。まず、私は核の被害を写真程度でしか知らない。だが、写真で見たあの核よりも数百倍も威力があると言われている核が、数百発単位で使用されれば、人類は生き残れないと思う。」
「恐らくはそうなるでしょう。そして、我々は今、その核を持っている。しかし、これを日本人として。核の脅威を真っ先、そして唯一受けた日本人が使っていいのか。私には、その答えを出すことが出来ません。」
源田は甲板から見える夕日を見る。
「江田原さん。私が戦後の人間なら、貴方と同じく悩んだかもしれない。しかし、私は核の脅威を知らない。そして、君たちの資料を見て私なりに思った。」
「え?」
「日本人は、戦争に対して非常に甘い。アメリカは残虐。どっちにも良い悪いがあるが、戦争はどの道最終的には残虐になる。アメリカほど露骨に残虐が現れている国も珍しいがね。」
「日本人は、戦争に甘い・・・か。確かに、その通りかもしれません。」
「対し、アメリカは残虐。そうでなくては、瀕死の日本に核を、しかも2発も落とせるはず無い。あの国は、正義と自由を言いながら、自分たちに不利益な事は隠し続けている。あの国はヒトラー以上の悪魔が支配しているんだと思ってる。」
「ヒトラー以上ですか。」
「そうとしか思えん。でなければ、瀕死の状態の者に止めを刺すことは出来ん。昭和でも、武士の名残はある。我々は輸送船を狙っていないが、連中は輸送船を狙う。戦後を見れば、それは立派な戦略ではあったが、武士の名残がある日本人にとって、全く戦闘能力の無い輸送船を沈めることは出来なかったのだろう。」
江田原は考え込む。源田の言うとおり、日本は好き好んで輸送船を狙う事は無い。だが、アメリカは輸送船を次々に沈める。
「難しい問題ですね。潜水艦の使い方は、通商破壊にこそある。っと言うのがこの時代の考え方ですから。」
「戦後は我々の使い方と同じよう、決戦戦力と言う意味合いが強いようだが。」
「話を元に戻しましょう。あの核を如何にして使うかが重要です。」
江田原は話を元に戻す。
「そうだな。核の使用所を本気で検討しよう。どの道、使わないと本当に戦後に核戦争が起こりかねんからな。」
源田は真剣に核の使用所を検討し始めた。
夜間、ライトアップされたジョージ・ワシントンに、航空隊が着艦する。この艦も、ハワイ作戦に参加する事になったのだ。
―紀伊―
大和型4番艦として進水した紀伊は同型艦が全て空母化し、自身も大和型と大きく異なる為、同型艦無しの紀伊型と言う艦型になった。
「長官上がられます。」
甲板では出迎えの兵が並んでいる。山本長官は内火艇で左舷前方の乗艦タラップの所まで行く。
「新連合艦隊旗艦、戦艦紀伊の艦長を務めます有賀幸作です。」
敬礼をして、有賀が出迎えた。
「ご苦労。宜しく頼むよ、有賀大佐。」
「はい。」
連合艦隊の参謀等は会議室に入る。
「本日正午を持って、連合艦隊は出撃。ハワイ沖にて、米国太平洋艦隊を殲滅し、同諸島を陸軍合同の下占領します。作戦は、まず最初に真珠湾攻撃の再現。山口中将指揮する第一航空艦隊が真珠湾内に停泊する艦艇を攻撃。そうすれば艦隊は次々に出てくるでしょう。」
参謀が座り、別の参謀が立つ。
「次に、出てきた艦隊に対して潜水艦が攻撃を加えます。これで敵戦力を減らし、再び航空機にて叩きます。そして、仕上げは戦艦部隊による主力艦決戦。いわゆる、艦隊決戦を挑みます。」
そう説明し、座る。そして、先ほどの参謀が再び立ち
「あくまでもこれは理想であります。山口中将の艦隊は作戦を成功させることが出来るでしょうが、艦隊決戦まで持って来れるかどうかは分かりません。なので、その時には各艦隊の司令官の臨機応変な対応を期待します。」
「艦隊出港!!」
正午になり、艦隊を組んでトラック諸島を離れていく。
「択捉島より、山口中将指揮の第一航空艦隊は出撃した模様。更に、ウェーク島には爆撃部隊も集結させました。」
「宜しい。爆撃部隊はあくまでも保険だと言う事を忘れるな。」
「分かっております。」
「いよいよ、対米戦も大詰めだな。」
山本は長官椅子に座りながら言う。
「はい。」
「この先、何が起こるか分からない。彼らにとっても未知の歴史を開くことになる。」
「はい。」
「どっちに転んでも、悪い気がしないのが、今の本音だよ。」
山本は覚悟していた。自分がこの先、死ぬことも。現に、歴史ではとっくに死んでいる人。歴史の修正が起これば、まず真っ先に死ぬ人なのだからだ。
「死ぬのも、覚悟しなくてはな。」