ジョージ・ワシントン
―平成 首相官邸―
「北朝鮮は韓国を降伏させ、我が国に宣戦布告。」
壁に貼られているアジア全域の地図を見ながら、西澤はそう言った。
「これで、日本は西と北に敵が出来た訳か。」
すると、煙が現れ、それが人間の形。真清の姿になり始めた。
『ご安心ください。提供した兵器をフル活用すれば、倒せない敵でもありません。ただ、やはり犠牲を少ない状態で終結させたい気持ちは分かっているつもりです。』
「真清大使。我々もそうだが、昭和の方へは応援が送れんのかね?」
『出来なくもないですが、あまり我々の世界の過去に干渉するのは不味いんです。なぜなら、我々の世界のアメリカが勘付く可能性がありますので。ただ、』
「ただ?」
『こちらの世界から、一隻だけ空母を強制移動させました。ですが、運が悪い事にアメリカの原子力潜水艦が乗組員事誤って送ってしまいました。』
「な!?何ですって!?。」
世界最強のアメリカが誇る原子力潜水艦が、誤って昭和の世界に送られた。
『ですので、急いで通信回路を破壊しました。なので、あの潜水艦は通信が出来ません。ですが、火器管制システムは生きており、攻撃も可能です。』
通信が出来ないだけいいだろう。もし通信できれば、昭和のアメリカ軍に、そして連合軍全体にこの情報が伝わる事になる。そうすれば、色々と問題にもなってくる。
「分かりました。その原潜は我々で何とか致します。それで、送った空母と、誤って送った潜水艦の艦名は?」
『空母はニミッツ級空母6番艦で、かつて横須賀を母港に世界最強を自負していた第七艦隊旗艦、ジョージ・ワシントン。原潜はロサンゼルス級原潜バッファローです。』
「そうか。あの空母と原潜を。」
『ええ。申し訳ありません。』
「構いません。」
『空母艦内は時空間移動のときに特殊なガスを充満させて人体は消失させましたが、潜水艦は流石は耐水圧船殻なだけにガスが艦内に届きませんでした。』
「いえ。赤城を失ったと聞いて、空母補充を考えていたので。潜水艦は、こちらで何とか致しますので、大丈夫です。真清大使。」
『そう言って頂けると、有り難いです。』
そう言って、真清は消える。それを確認し、西澤は電話のボタンを押し
「至急、昭和に派遣した軍に通達。転移した空母を捜索し、またアメリカ攻撃型原潜を撃沈させよと。」
連絡員を昭和に派遣し、直ぐに軍令部に伝えられた。
―昭和 東郷―
「艦長、軍令部より無電。『オーストラリアにて親日ゲリラ軍が行動を開始。』だそうですが。」
「遂に、やったか。」
パラオに補給を物資を届け、トラック諸島に向かう独立航空機動部隊は軍令部からの無電を受け取った。
「掩護に行けないのが残念だが、まあ致し方ないな。親日ゲリラ軍も、これ以上のかりは作りたいのだろうからな。」
林原は艦橋の艦長椅子に座りながら言う。甲板では、SH-60J対潜ヘリが交代して飛び立っていく。
「この海域は平和だよ。」
『艦長、前方に艦影。巨大です。』
尾上が艦内マイクでCICから伝えてくる。
「艦橋1番スクリーンに出せ。」
林原が艦内マイクでそう伝え、椅子から降りる。
「確かに、でかいですね。」
江田原もスクリーンを見て言う。
「航海長、どう思う?」
「こんな艦、昭和に存在する筈がありません。目測、9万tクラス。ニミッツ級ですよ。」
「だろうな。シーホークを向かわせて確認したまえ。」
急いでシーホークが向かう。そして、江田原を乗せ、東郷から新たにシーホークが飛び立った。
「やはり、ニミッツ級。艦番号から、ジョージ・ワシントン。アメリカ、第七艦隊の旗艦じゃねえか。」
江田原を乗せたシーホークと先に向かっていたシーホークが合流し、両機はジョージ・ワシントンの周りを旋回する。
「機長、ジョージ・ワシントンから警告は来たか?」
「いいえ。来ていません。」
「妙だな。こんなに近づいたのに、攻撃どころか警告すら無いなんて。」
更に一周、ジョージ・ワシントンの周りを旋回する。
「思い切って、甲板に着艦してくれ。」
「き、危険ですよ。」
「ここまで近づくこと自体危険だ。ここまで来て、生きているんなら、いっそこのまま着艦するのが男ってもんだろう。」
機長も、説得は無理だと悟る。覚悟を決め、機体を着艦させた。もう一機も、躊躇うようにもう一周したが、結局は着艦した。
「これが、小国なら一艦で消滅させられると言われた原子力空母の、艦内。」
艦内は物抜けの空だった。艦内には、コンビニや病院も存在するが、何処にも人っ子一人存在しなかった。あるのは、格納庫内にある艦載機と武装。それに人間が居たと言う唯一の証、服だけだった。
「おかしい。何故、人っ子一人居ないんだ?」
そんな時、レーダーに光点が現れ、それがこちらに向かっていた。
「急いで甲板に出ろ。」
江田原はそう、シーホークに乗っていた操縦員たちに命じ、甲板に出る。
「二式、大艇。」
空を、二式大艇が一回だけ旋回し、二人がパラシュート降下してきた。二人は、空母の甲板に上手く着艦し、江田原の方に歩いてくる。二式大艇は、そのまま進路を変えてトラック方面に飛行する。
「げ、源田大佐。」
一人はギルバート作戦の終了後に乗艦が爆沈。唯一助かった司令部要員だった源田実大佐。もう一人は救援海軍情報業務群所属の情報員だった。
「急ぎですので細かい自己紹介は省きます。内閣から緊急で連絡に来ました。」
「は、はあ。ご苦労様です。」
江田原は遠路遥々やってきた情報大尉に言う。
「空母は既にご覧なりましたのでいいでしょう。もう一つ、アメリカのロス級原潜がこの近くにいます。しかも、この艦と違って乗員も健在です。」
「な、なんだって!!」
「西澤総理から直接言われましたので間違いありません。」
「総理からか。」
江田原は、それなら信じる他なかった。
「我々の対潜ヘリを使って、捜索しましょう。」
江田原がそう切り出すと。
「「無理です。」」
シーホークの機長と、目の前の情報大尉が同時に言う。
「え?、だってあれは対潜ヘリなのだろう?」
江田原はシーホークを指差しながら言う。
「確かに対潜ヘリですが、恐らくあの2機を使ってもロス級原潜を100%捕捉するなど不可能です。」
「どういう事だ?」
「私は、合同演習での模擬戦で何度もロス級を相手にしましたが、今まで一度もロス級原潜を100%捉える事など出来ませんでした。」
「ロス級原潜は、非常に高い静粛性を持っており、シーホークやP-3が数機で捜索したって、100%航跡を捉える事など不可能です。」
情報大尉が補足説明する。
「では、照準が不可能なのか?」
「はい。イージス艦と数機の対潜哨戒機を使ってなら捉える事も出来るかもしれません。しかし、東郷の艦隊は一旦燃料補給をしなくてはならないので、捜索に加われません。それに、付近には救援海軍の水上艦艇はおりません。」
「では、どうやってもロス級を捉えられないと?」
「はい。」
「そんな馬鹿な!?。では、我々はその程度の兵器をアメリカから高値で買わされていたのか?」
「江田原中佐、考えてみれば単純な答えだ。私も、アメリカの立場だったら、恐らくはそうするだろう。」
今まで、黙り込んでいた源田が口を開く。
「話からして、そのロス級原潜とはアメリカの最新鋭潜水艦だと認識する。そんな潜水艦を沈められる兵器を、幾ら同盟国とはいえ、提供するとは思えない。」
「源田さん。確かに、そう言われればそうですね。」
江田原も納得する。
「しかし、アメリカも半世紀経ったのに変わらなかったか。経済と工業力に物を言わせて他国を戦争で叩き、その後でそこそこの低性能な兵器を高額で押し売りする。正に、米国流ビジネス。」
(源田さんの言うとおりだ。さっきの機長の話でも分かったが、世界の警察を気取り、軍事力を他国に振りかざし、負かした後にそこそこの兵器を押し付ける。そんなアメリカを、誰かが一度は完膚なきまでに叩きのめす必要があるんだ。そして、今それが出来るのは我々しかいない。)
「しかし、ロス級原潜に勝つ方法はあります。」
機長がそう言う。
「え?」
「古来から、敵の兵器を倒すのに最も有効な兵器は相手と全く同じ兵器。つまり、潜水艦には潜水艦です。」
「なるほど。確かに、同じ潜水艦なら可能かもしれん。」
「それに、この海域の周辺にはあのそうりゅうが居ります。」
「そ、そうりゅうが居るのか?」
「確かに、そうりゅうなら戦えますね。しかも、昭和救援海軍司令官の影鎖大将が艦長時代は他の潜水艦乗組員から『地獄のそうりゅう』と恐れられたほどの猛訓練を経験した乗組員が大半を占めておりますので。」
情報大尉も同意する。
「P-1を使えば、完全に位置を捕捉できます。そこにそうりゅうを配置し、一騎打ちさせましょう。」
「P-1はトラック諸島に数機配備しております。直ぐに連絡して派遣してもらいましょう。」
「では、無線でそうりゅうにも連絡を取ります。」
甲板では慌ただしく移動する江田原達。
―そうりゅう―
「お~い、皆聞いてくれ。アメリカの原潜がこの海域に居るらしい。」
艦長は乗組員に伝える。
「ここんとこ、我々の時代に比べたら騒音の煩いガトーやら何やらで退屈していたが、退屈しないで済みそうだ。」
ソナー員が肩を回しながら言う。
「おいおい、油断して、後ろを取らせんでくれよ。」
艦長はソナー員に軽く注意する。
「分かっていますよ。艦長。」
「それじゃあ、トラックから飛んでくるP-1の情報を元に、捜索開始としますか。」
P-1が来るまで、海底鎮座を始めた。
―ジョージ・ワシントン―
「トラックから、曳航の為に巡洋艦2隻が来るそうだ。」
江田原が無線でトラック島司令部に連絡し、甲板に再び集まる。
「この空母も、作戦に投入しよう。」
「元より、その積りですよ。」
源田は頷きながらそう言う。
「そうりゅうは期待通りの成果を残すだろうか?」
「大丈夫です。潜水艦乗りは、他の救援軍よりも戦闘に飢えているって聞いた事ありますか?」
「いや。」
「彼らは、今まで攻撃権を持たない自衛隊時代の時に、沖縄方面で何度も海底鎮座して中国などの潜水艦を発見してきました。しかし、潜水艦は発見されないのが取り柄。なので、司令部とも交信できず、例え相手が領海を侵犯していようと攻撃できずにじっと海底に待機していました。」
「では、救援海軍の潜水艦乗りは戦闘に飢えているのは?」
「そうです。彼らは、ずっと戦いたい一種のジレンマに陥っていたんです。いつも探知ばかりで、攻撃所か動くこともできずに、ずっと戦闘をしたいと言う願望を溜め込み、気付かないストレスとなっていたんです。ですから、もし戦争が起こった時、相手に回したくない潜水艦乗組員は大勢居り、それは防衛省にとって一種の恐怖でしか無いでしょうね。」
「ハハハ。我々も戦いたいと思っていたが、彼らはそれ以上だったとは。」
「ですから、彼らは絶対に負けません。救援海軍は潜水艦も乗組員もアメリカとは精度が違います。だから、絶対に勝って帰ってきます。メイド・イン・USAとは、精度が違うんです!!」
情報大尉が力説する。それを聞き、江田原もそうりゅうに掛けてみようと考えた。3時間後、全速力で向かってきた巡洋艦2隻に曳航してもらい、ジョージ・ワシントンはトラック諸島を目指す。その2時間後、整備と装備を整えて到着したP-1、4機が分かれて捜索を開始した。