第八話 判定の儀
判定の儀が行われる日は、ハーレシアのどの街でも祝祭の雰囲気に包まれる。
八歳を迎えた子供たちが、正式に自分の属性と魔力量を計測される日。
この儀式で判明した属性が、その子の一生の方向性を大きく左右する。
戦士になるか、魔法師になるか、商人になるか。
どの道に進むにしても、自分が何を持っているかを知ることが、全ての始まりだった。
ルーデン市の判定の儀は、街の中央にある市民会館の大広間で執り行われる。
毎年春の終わり、新緑が眩しい季節に。
その年に八歳を迎えた子供たちが一堂に集まり、魔法師協会から派遣された検定官の前で、一人ずつ魔力水晶に触れる。
魔力水晶に手を当てると、その子が持つ属性の色で水晶が光る仕組みだ。
赤ければ火属性、青ければ水属性、緑ならば風属性、茶なら土属性、白ならば光属性、黒ならば闇属性。
複数の属性を持つ子供は、水晶が複数の色に混ざり合って光る。
二属性持ちはやや珍しく、三属性持ちともなれば同年代の中でも一握りの逸材として扱われる。
そして三属性以上の適性を持つ子供には、王国から特別な通達が来る。
王立学園の特別クラスへの招待状だ。
才ある者を国が育てる制度であり、費用は全て王国持ち。
将来の魔法師や騎士として育成するための、選ばれた者だけが入れる場所だった。
前日の夜、ヒロは書斎で本を開いていた。
読んでいるのは魔法理論書ではなく、冒険者ギルドの報告集だった。
ページをめくりながら、しかしヒロの目は文字の上を滑るだけで、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
(明日か)
ヒロは本を閉じた。
三年間、この日のことを考えながら積み重ねてきた。
魔法の理論書を六十冊以上読んだ。
属性ごとの特性も、魔法陣の仕組みも、魔力回路の構造も、全て頭に入っている。
知識だけなら、同い年の子供の誰よりも持っている自信があった。
体も鍛えた。
スキルは上がり続けている。
そして魔法が使えるようになったら——
その先の絵が、ヒロの頭の中にはっきりと描かれていた。
強い属性を持って、その力を磨いて、誰かが危険な目に遭ったとき、ちゃんとそこに立てる人間になる。
前世でできなかったことを、今度こそやり遂げる。
(どの属性でもいい。火でも水でも風でも、何でもいい。ちゃんと使える力さえあれば、あとは自分で積み上げる)
成長スキルがある。
身体強化がある。
どんな属性が出ても、きっとものにできる。
そう信じていた。
「ヒロ、まだ起きてるの?」
扉をノックする音と共に、エリナの声がした。
「うん」
「明日早いのよ。もう休みなさい」
「わかった」
「緊張してる?」
少しの間があってから、ヒロは答えた。
「少しだけ」
扉の向こうで、エリナが柔らかく笑う気配がした。
「大丈夫よ。あなたがどんな結果でも、お父さんもお母さんも変わらないから」
「うん」
「おやすみ、ヒロ」
「おやすみなさい」
足音が遠ざかっていく。
ヒロは天井を見上げた。
(どんな結果でも変わらない、か)
エリナの言葉は優しかった。
でもヒロは、心の奥でこっそりと思っていた。
いい結果が出てほしい、と。
三年間分の積み重ねに、応えてほしいと。
目を閉じると、今まで読んできた本の背表紙が、走り込んだ庭の感触が、セナと並んで座ったベンチの木の温もりが、脳裏に流れてきた。
(明日、頼む)
ヒロは目を閉じたまま、そう思った。
誰に向けた言葉なのかもわからない祈りを、静かに胸の中で繰り返した。
当日の朝は、よく晴れていた。
市民会館の前には、すでに多くの家族が集まっていた。
子供たちは緊張した顔や、逆に浮き足立った顔で、親の手を握っていた。
ガリウスとエリナに連れられて会場に入ったヒロは、すぐにセナの姿を見つけた。
セナはアルバ家の両親と並んで立っていた。
少し遠くからヒロの姿を見つけると、ぱっと顔を明るくして手を振った。
「ヒロ!」
「セナ、緊張してる?」
「めちゃくちゃしてる」
セナはそう言いながらも、笑っていた。
「でも楽しみ。ヒロは?」
「……楽しみ」
ヒロはそう言った。
本当のことを言えば、楽しみというよりは早く結果を知りたいという気持ちの方が強かった。
「絶対いい属性出るよ、ヒロ」
セナが断言した。
「なんで言い切れるの」
「だってヒロ、あんなに勉強してたじゃない。あれだけ魔法のこと詳しい人が適性なしのわけないよ」
ヒロは、その言葉に小さく笑った。
「知識と適性は別だよ」
「そんなの知ってる。でも絶対いい結果が出る気がする。根拠はないけど」
「根拠のない自信だ」
「うん。でも私の勘、結構当たるから」
セナは自信満々に言い切った。
ヒロは何も言わず、ただ小さく頷いた。
(頼む。セナの勘が当たってくれ)
儀式が始まった。
子供たちは名前を呼ばれる順に、壇上の魔力水晶の前に立つ。
水晶は大人の頭くらいの大きさの、透明な球体だ。
普段は透明で光っていないが、魔力が流し込まれると、属性の色に染まって光る。
最初の数人が次々と壇上に上がった。
「エリック・ダーン」
呼ばれた男の子が水晶に手を当てると、赤い光が灯った。
「火属性、確認」
検定官の声が静かに告げる。
「ライラ・モス」
女の子が触れると、青と緑が混ざった光が広がった。
「水、風の二属性、確認」
広間がざわめいた。
二属性持ちは確かに珍しい。
周りから感嘆の声が上がる。
ヒロは壁際に並んで待ちながら、一人ひとりの結果を静かに見ていた。
(みんな、何かしらの属性が出ている)
当然と言えば当然だ。
この世界では魔法を持つのが普通であって、持たない方が稀だと散々聞かされてきた。
だから心配しなくていいはずだった。
なのに、壇上に上がる子供たちが水晶を光らせるたびに、ヒロの胸の奥で何かが締め付けられるような感覚があった。
「セナ・アルバ」
名前が呼ばれた。
セナが深呼吸をして、壇上に上がった。
ヒロはその背中を見ていた。
セナが両手を水晶に当てた。
一瞬の沈黙があった。
そして。
水晶が、爆発するように光り輝いた。
赤、青、緑、そして白。
四つの色が混ざり合って、水晶が広間全体を照らすほどの光を放った。
広間が、一瞬で静まり返った。
検定官が水晶を確認し、もう一度確認し、そして大きな声で告げた。
「火、水、風、光の四属性確認……!」
静寂の後、広間がどっと沸いた。
「四属性!?」
「信じられない、本当に四属性か!」
「何十年ぶりだ、四属性持ちなんて……」
周囲の大人たちがざわめく声の中で、セナはきょとんとした顔で立っていた。
それからヒロの方を見て、驚いたような、それでいてどこか照れくさそうな顔で笑った。
(すごい、セナ)
ヒロは素直にそう思った。
四属性持ちは、生きている世代の中でも数えるほどしかいないと本で読んだことがある。
間違いなく、王立学園の特別クラスへの招待状が届く。
セナが壇上から降りてくるとき、会場のあちこちから感嘆の声と拍手が飛んでいた。
セナはヒロの隣に戻ってきて、「なんか変なことになった」と小声で言った。
「変なことじゃない。すごいことだよ」
「ヒロも次でしょ。絶対いい結果出るよ」
「うん」
ヒロはそう答えながら、前を向いた。
もう数人待てば、自分の番だ。




