第四話 ヒロ2歳
そして同時に、視界の端でスキルの変化を確認していた。
【身体強化 Lv.1→Lv.2】
(上がった)
英雄は静かに確認した。
たった一歩立ち上がっただけで、スキルレベルが上がった。
赤子の体でのこの動作が、どれほどの経験値として扱われているかはわからない。
ただ、成長スキルの補正が乗っているのは確かだった。
(通常の赤子なら、もっと時間がかかるのか? それとも立つことそのものが、この体にとって大きな経験値なのか……)
英雄はぼんやりと考えた。
まだデータが少なすぎて、判断できない。
ただ、スキルが動いているのはわかった。
それで十分だった。
一歳半になった頃、英雄は言葉を覚え始めた。
正確には、言葉自体は聞けば大体の意味はわかっていた。
ハーレシアの言語は、英雄の頭の中に転生時から薄く刷り込まれていたようで、耳から入ってくる言葉の意味は早い段階で理解できていた。
問題は、それを口から出すことだった。
「ヒロ、これは何?」
エリナが赤いリンゴのような果物を見せながら、にこにこと笑っている。
「……あ……る……」
「そう! アルマよ! 上手ね!」
エリナが破顔した。
英雄は内心で、(言えた……しかし舌が思うように動かないな)と思いながら、もう一度挑戦した。
「あ……るま」
「アルマ! ヒロが言えた! ガリウス様、聞きましたか!?」
部屋の入口から顔を出していたガリウスが、感極まったような顔で頷いた。
「聞いた。……うちの子は天才かもしれないな」
英雄は(天才じゃなくて前世持ちなだけです)と内心でツッコみながら、アルマと呼ばれた果物を見つめた。
リンゴに似ているが、色は濃い赤で、形が少し横長だ。
後で食べさせてもらうのだろうか、と思いながら、英雄は窓の外に目を向けた。
二歳の誕生日を迎えたとき、英雄はいくつかのことを確認していた。
まず、スキルのレベルだった。
【身体強化 Lv.4】
【成長 Lv.2】
成長スキル 現在倍率:5.0倍
(成長スキルのレベルが上がった)
英雄は静かに確認した。
倍率が3.2倍から5.0倍に上がっている。
体を動かし続けた。
立って、歩いて、転んで、また立った。
日々の動作を、意識的に繰り返した。
その積み重ねが、二つのスキルを着実に上げてきた。
次に確認したのは、自分の体の状態だった。
二歳の子供の体だ。
見た目はどう考えても普通の幼児である。
しかし英雄は、前世の記憶と照らし合わせて、微妙な差異を感じていた。
転んでも痛みが少ない。
同じ月齢の子供と比べて、という基準がないので断言はできないが、体のタフさが普通ではない気がした。
体力も、妙に続く。
歩き回っても疲れにくいし、転んで泣いてもすぐに立ち直る。
(身体強化の効果が、じわじわと出てきているのかもしれない)
英雄はそう判断した。
スキルレベルはまだ低い。
でも、土台は着実に積み上がっている。
二歳の誕生日の夜。
広い食堂に、ローレン家の家族が集まっていた。
テーブルには料理が並んでいた。
肉の煮込み、野菜のスープ、柔らかく焼かれたパン、それからアルマの果実を使ったお菓子。
英雄の席の前には、普通より少し小さくカットされた料理が並んでいる。
「ヒロ、今日は誕生日よ。二歳ね」
エリナがにこにこしながら言った。
「……に、さい」
英雄は舌足らずな声でそう言った。
まだ完全には言葉が出ないが、短い単語なら大体は言えるようになっていた。
「そうよ、二歳! もうそんなに大きくなったのね」
エリナが目を細めた。
ガリウスが豪快に笑いながら、椅子から立ち上がった。
「ヒロ、今夜は家族全員で祝うぞ。何でも好きなものを食え」
使用人たちも端の方で笑顔で見守っている。
英雄はその光景を、静かに目に焼きつけた。
温かい食事。
笑っている家族。
使用人たちの穏やかな表情。
前世では、帰る家があって飯を食える環境はあったが、こういう賑やかさはなかった。
(……悪くないな)
英雄は素直にそう思った。
ここが自分の新しい家だ。
この人たちが、自分の新しい家族だ。
もちろん、目的はある。
スキルを上げて、強くなって、いつかヒーローになる。
その気持ちは変わらない。
でも、それと同時に。
この家族を守りたいという気持ちも、自然と英雄の中に生まれていた。
(強くなろう。ちゃんと、この人たちも守れるくらいに)
英雄はスープを一口飲んだ。
温かくて、優しい味がした。
窓の外に見える夜空には、前の世界とは違う配置の星が瞬いていた。
ハーレシアの星空だ。
英雄は箸ではなくスプーンを不格好に握りながら、その星空を少しだけ見上げた。
(二歳か。まだ先は長い)
でも、始まってはいる。
スキルは上がっている。
成長は続いている。
焦ることはない。
ただ、一日一日を積み重ねていけばいい。
「ヒロ、こっちも食べなさい」
エリナが肉の煮込みを英雄の皿に取り分けた。
英雄はスプーンを向け直して、素直に口に運んだ。
柔らかく煮込まれた肉が、口の中でほろりとほどけた。
(……うまい)
英雄は内心でそう思いながら、黙々と食べ続けた。
ヒーローへの道は、まだまだ長い。
でも今夜は、誕生日だ。
ちゃんと食べて、ちゃんと眠ろう。
それもまた、強くなるための一歩だ。




