表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/17

第十七話 特別クラス

 それから一ヶ月が経った。

 第二訓練ダンジョンへの許可をグレンから取り付け、ヒロは新しい場所に向かった。

 第二訓練ダンジョンは、王都の東側にある、やや本格的な施設だ。

 第一と異なり、上位クラスの生徒も利用する。

 入口で入場記録を書いていると、後ろから声がした。

 「なんでEクラスがここにいるの」

 振り返ると、鮮やかな装備をまとった生徒たちが数人、こちらを見ていた。


 胸のバッジが違う。

 特別クラスのバッジだ。

 金色の縁取りが施された、Eクラスの銀バッジとは明らかに別格のものだった。

 「実習です」

 ヒロは短く答えた。

 「Eクラスが第二に来るの? 危なくない? 先生なしで来たの?」


 「個人申請で許可をもらっています」

 「魔法も使えないのに、何しに来たんだか」

 特別クラスの一人が、隣の友人に小声で言った。

 「邪魔にならなければいいけどね。下手に入って魔物に逃げ込まれたら、こっちの迷惑になるし」


 ヒロは入場記録を書き終えて、記録帳を受付に返した。

 「では」

 「ちょっと待ってよ」

 一人が声をかけてきた。

 「本当に一人で入るの? Eクラスの、しかも適性なしが?」


 「はい」

 「それ、危ないよ。第二はFランク上位からDランク相当の魔物が出る。魔法なしでどうするの」

 心配しているわけではないのはわかった。

 馬鹿にしている、あるいは純粋に不思議なのか。


 どちらにせよ、ヒロには関係なかった。

 「大丈夫です」

 「ふーん……まあ、死んでも知らないけど」

 ヒロはそのまま入口の通路に入った。

 背後で特別クラスの生徒たちが何かを話している声が聞こえたが、振り返らなかった。


 通路を進みながら、ふと後ろを確認したとき、見覚えのある髪の色が目に入った。

 亜麻色の髪。

 セナが、特別クラスの一団の中にいた。

 目が合った。


 一瞬だけ。

 セナが何かを言いかけた。

 でも、隣の友人が何か囁いて、セナは視線を逸らした。

 ヒロも前を向いた。

 (そういうことか)


 と思っただけで、何も感じていなかった。

 感じていないことが、むしろ少しだけ寂しかった。


 第二訓練ダンジョンの内部は、第一とは構造が違った。

 通路が広く、天井が高い。

 複数の層が縦に積み重なった構造ではなく、広大な一フロアが迷路のように広がっている。

 出現する魔物も格上だ。

 ウォーウルフ、ストーンリザード、ダークゴブリン。


 ヒロは慎重に動きながら、一体一体と戦った。

 ウォーウルフは第一層のフォレストウルフとは比べ物にならない俊敏性を持つが、攻撃の軌跡に癖があった。

 必ず右前脚から仕掛けてくる。

 それを体で覚えれば、踏み込めた。

 ストーンリザードは硬い鱗を持つが、腹部は柔らかい。


 引き込んで転がせば、腹を晒す。

 ダークゴブリンは通常のゴブリンより知能が高く、道具を使う。

 石を投げてくるのを警戒しながら詰めれば、接近してからは速かった。

 一時間ほど進んだ頃、ダンジョンの奥から声が聞こえてきた。


 複数の声。

 騒がしい。

 ヒロは足を止めて耳を澄ませた。

 「囲まれた! 誰か魔法を……!」

 「魔力が切れる! まだ回復してない!」

 「増えてる……なんで、こんなに!」

 焦った声。

 恐怖を抑え込もうとしている声。

 ヒロは走り出した。


 通路を二つ曲がって、広い空間に出た。

 特別クラスの生徒が四人、壁を背にして固まっていた。

 周囲に魔物が群れていた。

 ウォーウルフが三体、ダークゴブリンが五体、そして通常の訓練ダンジョンには出ないはずのランクの魔物が混じっていた。

 ホーンベア。

 体長二メートルを超える、熊型の魔物で、額に硬い角を持つ。


 Cランク相当。

 第二訓練ダンジョンの想定戦力を超えた魔物が、なぜここにいるのかはわからない。

 でも今は関係なかった。

 特別クラスの生徒たちは魔法を撃ち続けていたが、数が多すぎた。

 一人がすでに地面に座り込んでいた。

 魔力切れか、負傷か。

 (やれる範囲でやる)


 ヒロはそう判断して、飛び込んだ。

 まず入口側にいたダークゴブリン二体。

 一体目には正面から踏み込んで、顎に掌底を入れた。

 二体目が石を投げてくる前に、その手首を掴んで石を叩き落とし、肘を返した。

 二体、沈んだ。

 「誰……!?」


 特別クラスの一人が叫んだ。

 ヒロは答えずに、次のウォーウルフに向いた。

 三体のウォーウルフが同時に向かってくる。

 一対三は厳しい。

 でも三体が同時に攻撃できる位置に入れないような、狭い通路の入口に誘導した。

 前から一体ずつしか来られない角度を作る。

 一体目が跳んだ。


 ヒロは横にずれて軌跡を外し、首の後ろに肘を落とした。

 二体目が続く。

 今度は低く潜って脚を掴み、勢いを利用して壁に叩きつけた。

 三体目がためらった隙に、短剣を抜いて踏み込んだ。

 三体、片付いた。

 残りのダークゴブリン三体は、特別クラスの生徒の一人が火魔法で対処していた。

 問題はホーンベアだった。

 ホーンベアが、こちらに向かってくる。

 (でかい……ゴーレムより速い)

 ヒロはスキルを確認した。

  【身体強化 Lv.33】

  【成長 Lv.10】

  現在倍率:21.5倍

 (やれるかどうか、わからない。でもやるしかない)


 ヒロは前に出た。

 ホーンベアが角を低く構えて突進してくる。

 正面から受けたら終わりだ。

 ヒロは突進の軌跡を読みながら、最後の瞬間に横に飛んだ。


 角がすれすれを通過した。

 その勢いでホーンベアが壁に角を刺した。

 一瞬、動けなくなる。

 その隙に、ヒロはホーンベアの背に飛び乗った。


 短剣を、首の付け根の柔らかい部分に差し込んだ。

 ホーンベアが激しく体を揺らした。

 ヒロは振り落とされないように体を張り付けながら、短剣を深く押し込んだ。

 ホーンベアが低く唸った。

 足元がふらつく。

 膝をついた。

 そのまま、倒れた。


 ヒロは背中から飛び降りて、着地した。

 膝が笑っていた。

 全身に汗が滲んでいた。

 呼吸を整えながら、周囲を確認した。

 魔物は、全部沈んでいた。

 広間が静かになった。


 特別クラスの生徒たちが、ヒロを見ていた。

 四人とも、表情が固まっていた。

 そのうちの一人が、口を開いた。


 「……お前、Eクラスか」

 「そうです」

 「魔法なしで……今のをやったのか」

 「はい」

 沈黙があった。

 倒れていた一人が立ち上がろうとしていた。

 ヒロはその生徒の腕を掴んで引き起こした。

 「怪我してますか」 


 「……捻った程度だ」

 「ポーションは持ってますか」

 「ある」

 「使った方がいい。深部に残るなら特に」

 特別クラスの生徒は、しばらくヒロの顔を見てから、ポーションを取り出した。

 他の三人は、まだ何も言っていなかった。

 一人が視線を逸らして、ひそりと言った。

 「……行こう。邪魔が入ったけど、まだ先に進める」


 「で、でも」

 「行くよ」

 四人は、ヒロに背を向けた。

 礼は、なかった。

 ありがとうも、助かったも、何もなかった。

 ただ、立ち去るだけだった。


 その背中の中に、亜麻色の髪があった。

 セナが、少しだけ歩みを遅らせた。

 ヒロの方を振り返った。

 その目に、何かがあった。

 言いたいことが、あるのがわかった。

 口が、わずかに開いた。

 「…………」


 でも言葉は出なかった。

 代わりに、前を向いた。

 他の三人の後を追って、歩き出した。

 足音が遠ざかった。

 やがて、聞こえなくなった。

 ヒロは広間に一人残った。


 倒れた魔物たちが、周囲に散らばっていた。

 ホーンベアの大きな体が、目の前にある。

 ヒロは短剣を鞘に戻した。

 (セナ)

 名前が、頭に浮かんだ。

 言いたいことがあった、というのはわかった。


 でも、言わなかった。

 それが正解なのか、それとも彼女にとっての葛藤の結果なのか、ヒロにはわからなかった。

 (住む世界が違う、と言っていた)

 あの日の言葉を思い出した。

 今もその言葉は変わっていない。

 特別クラスと最下位クラス。


 礼を言う立場と、言われない立場。

 それがこの世界のルールだった。

 ヒロはゆっくりと息を吐いた。

 (怒るな。エネルギーの無駄だ)

 そう思って、前を向いた。


 でもどこかに、静かな炎が燻った。

 感謝されたかったわけではない。

 ただ、人が人を助けたときに、礼の一言もなく去られることへの、静かな怒りだった。

 (いつか)


 ヒロは歩き出した。

 いつか、誰もが礼を言わずにはいられないくらい、強くなる。

 礼を強要したいわけでも、認めてほしいわけでもない。

 ただ、自分の力で立てる場所に、もっと高い場所に行く。

 (それだけだ)


 ダンジョンの通路が、ヒロの前に続いていた。

 魔法のない体で、二本のスキルだけを持って。

 前世から引き継いだ、諦めない記憶だけを胸に。

 ヒロは奥へと歩き続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ