第十五話 ヒロの力
翌週の月曜日、グレンが教室の前で言った。
「今週の実技演習は、学園付近のダンジョンで行う」
教室がざわめいた。
「ダンジョン? 本物のやつ?」
テオが目を輝かせた。
「王都郊外の第一訓練ダンジョンだ。最下級の魔物しか出ない、実習用の場所だ。各自、学園指定の装備を持って参加すること」
「魔物って何が出るんですか」
カイが聞いた。
「ゴブリン、スライム、フォレストウルフの幼体。ランクで言えばF相当だ。一年生の実習向けに調整されている」
ヒロは静かにその話を聞きながら、頭の中で整理した。
ゴブリン。
本で何度も読んだことがある。
知能は低いが、集団行動を取ることがある。
単体の身体能力は人間の成人と同程度かやや劣る程度だが、油断すれば危険だ。
スライムは魔法耐性が高いが、物理攻撃には弱い。
フォレストウルフの幼体は、成体の俊敏性は持っていないが、嗅覚が鋭い。
(これは、やれる)
ヒロは静かに思った。
魔法が使えなくても、戦える方法が、ここには存在する。
ダンジョンの入口は、王都郊外の森の中にあった。
石造りの入口が地面に口を開けていて、そこから階段が続いている。
グレンが先頭に立って、生徒たちを中に引き連れた。
「第一層は広い空間が続く構造だ。魔物が現れたら各自対処すること。困ったら私を呼べ」
生徒たちが緊張した顔で頷いた。
ヒロは学園指定の短剣を腰に差しながら、ダンジョンの中の空気を吸い込んだ。
ひんやりとして、かすかに土と石の匂いがする。
壁には魔法石の灯りが等間隔に置かれていて、薄暗いが視界は確保できる。
第一層に入って間もなく、前方から音がした。
「ゴブリンだ!」
テオが叫んだ。
通路の奥から、小柄な緑色の影がこちらに向かって走ってくる。
三体いた。
「各自、対処!」
グレンの声が飛んだ。
カイが手を前に出して、風の魔法を放った。
弱い風だったが、一体の足元を乱してよろけさせた。
テオが火魔法を撃とうとして、爆発させた。
「テオ! 広範囲に撃つな!」
グレンが叫んだ。
レオが精密な水球を一体の目に向けて命中させ、視界を奪った。
ヒロはその間に、前に出た。
短剣を抜かずに、素手で最初の一体に向かった。
ゴブリンが爪を振り上げる。
ヒロはその動きを見切って、半歩横にずれた。
前世の道場で、師範に何百回も叩き込まれた足運び。
体の軸をずらして、相手の攻撃を外す。
そのまま体重を乗せた掌底を、ゴブリンの胸に叩き込んだ。
ゴブリンが吹き飛んで、壁に叩きつけられた。
動かなくなった。
(よし!効いた)
ヒロは次の一体に向き直った。
カイに足元を乱された二体目が体勢を立て直そうとしていた。
ヒロはその頭上から、飛び込むようにして膝を落とした。
ゴブリンが地面に沈んだ。
三体目は、レオに視界を奪われてよろよろと壁を掴んでいた。
ヒロが短剣を抜いて、一撃で決めた。
三体、片付いた。
時間にして、十秒ほどだった。
(速い)
ヒロ自身が、自分の体の動きに驚いていた。
前と違う。
ルーデンで道場に通っていた頃より、体が軽い。
反応が速い。
動作に迷いがない。
(身体強化……か)
ヒロは視界の端でスキルの数字を確認した。
【身体強化 Lv.26】
数字は変わっていない。
でも体の感覚は、明らかに積み上がっていた。
(成長スキルが倍率を上げ続けているから、積み重ねた鍛錬の効果が、通常よりずっと大きくなっている)
身体強化は数字上は同じLv.26でも、その中身が学園に入る前とは全然違う。
二年間毎日走り、道場で鍛えた積み重ねが、成長スキルの補正によって通常の何倍もの密度で体に刻み込まれている。
成長スキルとは、数字を上げるだけではない。
積み重ねた全ての鍛錬を、最大限に体に変換する力だった。
「……え」
後ろでテオの声がした。
「ヒロ、今何したの?」
「倒した」
「魔法なしで?」
「魔法なしで」
「三体を十秒で?」
「だいたい」
テオが呆然とした顔でヒロを見ていた。
カイも何も言わずにヒロを見ていた。
レオが眼鏡を直して、静かに言った。
「……身体能力が、おかしい」
「鍛えてきた」
「それだけで、あの動きは出ない」
グレンが、ヒロの方に近づいてきた。
担任教師は少し難しい顔をしながら、ヒロを上から下まで見た。
「ローレン、お前……身体強化スキルか」
「はい」
「レベルは」
「二十六です」
グレンが眉を上げた。
十歳の子供の身体強化スキルのレベルとしては、明らかに異常な数値だった。
「……成長スキルも持っているな?」
「はい」
「何故言わなかった」
「聞かれなかったので」
グレンは少しの間黙ってから、前に向き直った。
「……引き続き前進する。次の通路に入るぞ」
その後も、ダンジョンの奥に進むにつれて魔物が現れた。
スライムが三体。
フォレストウルフの幼体が二体。
魔法を使う生徒たちが対処する中、ヒロは自分の体を使って戦い続けた。
スライムは物理攻撃で中心核を砕けば倒せる。
フォレストウルフの幼体は俊敏だが、目の動きを読んで踏み込めば懐に入れる。
本で読んだことが、全部役に立った。
ダンジョンを出た後、カイがヒロの隣に並んだ。
「お前、魔法使いじゃなかったのか」
「使えない」
「じゃあ何者だ」
ヒロは少しだけ考えてから、答えた。
「まだ、何者でもない」
「何者かになるつもりは?」
「ある」
カイは少しだけ目を細めた。
それから、鼻を鳴らした。
「……面白いな」
嘲りではなかった。
久しぶりに聞く、純粋な感心の声だった。
夕暮れの王都が、ダンジョンから帰る生徒たちを橙色に照らしていた。
ヒロは空を見上げた。
(まだ、何者でもない)
でも今日、確かに一歩進んだ気がした。
魔法がなくても、戦える。
それが証明できた。
(これが俺の戦い方だ)
ヒロは前を向いて、寮への道を歩き始めた。




