第十四話 セナ
それでも、授業の中でヒロが何もできないわけではなかった。
座学の成績は、学園全体でも上位に入った。
魔法理論の小テストでは、何度も満点を取った。
「ローレンは試験の成績だけ見たら特別クラスに入れるくらいの実力がある」と、グレンが一度だけぼそりと言った。
それを聞いたレオが「やはりそうか」と言い、テオが「すごい!」と言い、カイが「まあな」と言った。
ヒロは黙っていた。
座学の成績がどれだけよくても、魔法が使えなければ評価の基準の大半が埋まらない。
それがこの学園のルールだった。
ただ、Eクラスの面々とは少しずつ話せるようになっていた。
カイとは朝の鍛錬で、レオとは座学の内容で、テオとは食堂でよく話した。
特別な仲良しというわけではない。
でも同じ教室で、同じ不満を抱えながら過ごしている者同士の、乾いた連帯感のようなものがあった。
学園に入学して三週間が経った頃、ヒロはセナと会った。
偶然だった。
昼休みに図書館に行く廊下を歩いていたとき、向こうの廊下の角から人が出てきた。
目が合った。
相手もヒロを見た。
「……ヒロ?」
セナの声だった。
二年ぶりだった。
ヒロは一瞬だけ動きを止めた。
セナは、変わっていた。
いや、変わったというより、大人びていた。
亜麻色の髪は以前より少し長くなって、きれいに整えられている。
顔立ちがすっきりして、前よりずっと……。
(きれいになったな)
ヒロは内心でそう思ってから、自分が八歳からの記憶で止まっていたことに気づいた。
向こうも、自分のことを同じように見ているかもしれない。
「セナ」
「久しぶりね」
「うん」
「元気だった?」
「まあ」
「学園、来てたんだ」
「義務だから」
「そうね」
少しの沈黙があった。
廊下を行き交う生徒たちが、ふたりの横を通り過ぎていく。
「Eクラス?」
セナが聞いた。
「そう」
「そっか」
「セナは特別クラスか」
「うん」
また、沈黙があった。
ヒロはセナの顔を見た。
何かを言いたそうな顔をしていたが、それを飲み込んでいるようにも見えた。
「ヒロ、少し話せる?」
「今から図書館に行くつもりだったけど」
「少しだけ」
「わかった」
廊下の窓際の、人が少ない場所に移動した。
窓から、学園の中庭が見えた。
芝生の上に、他のクラスの生徒たちが昼休みを過ごしている。
セナはしばらく窓の外を見てから、ヒロに向き直った。
「あのね」
「うん」
「私たち、もう会わない方がいいと思う」
ヒロは少し黙った。
「理由を聞いていい?」
「私は特別クラスにいる。四属性持ちで、王国からも注目されてる。これから私が歩む道と、ヒロが歩む道は……全然違う」
「それはわかってる」
「わかってるなら」
「でも、だからって会う理由がなくなるわけじゃない」
セナは少し視線を落とした。
「私の周りの人たちは……Eクラスの子と、特に適性なしの子と関わることを、よく思わない。先生も、クラスメートも、みんな」
「それもわかってる」
「ヒロにとっても、私と関わることでいらない目を向けられることになる。特別クラスの生徒が適性なしを特別扱いしているって見られたら……」
「俺のことは俺が考える」
「ヒロ」
セナが、ヒロを真っすぐに見た。
その目が、二年前に書斎でヒロの隣に座っていたあの目と、少し違っていた。
迷いのある目だった。
でも、その迷いを押し込めようとしている目でもあった。
「住む世界が違うの。今のヒロと私は、本当に違う場所にいる。それは変えられないことで……だから」
「……」
「お互いのために、今後は話すのも、会うのも、やめましょう」
ヒロは少しの間、窓の外の芝生を見た。
なぜ、と思う気持ちはあった。
二年間、手紙でやり取りしてきた。
それでも繋がっていると思っていた。
でも同時に、わかる部分もあった。
特別クラスと最下位クラス。
四属性持ちと魔法適性なし。
社会的に見れば、確かに住む世界は違った。
セナが将来進む道に、自分がいることが邪魔になる可能性は、否定できなかった。
(セナは、俺のことを心配してるのかもしれない)
そういう考え方も、できた。
「わかった」
ヒロはゆっくりと答えた。
「無理に引き止める気はない。セナの言ってることは、この世界のルールとして正しいと思う」
セナが少し目を揺らした。
「……怒ってる?」
「少しだけ」
「ごめん」
「セナのことを怒ってるわけじゃない。そういうルールがある世界のことを怒ってる。それだけだ」
セナは唇を噛んだ。
何かを言いそうになって、でも言わなかった。
「元気でな、セナ」
ヒロは短くそう言って、廊下を歩き出した。
振り返らなかった。
後ろから、セナが何か言った気がした。
でも聞こえなかった振りをした。
聞こえていたら、振り返ってしまいそうだったから。
その夜、部屋に戻ったヒロは、ベッドに仰向けになって天井を見つめていた。
カイは壁の方を向いて寝ていた。
テオは早々に寝息を立てていた。
レオだけが机のランプの下で何か書いていた。
「ヒロ」
レオが、こちらを見ないままぼそりと言った。
「何」
「顔が暗い」
「そうか」
「何かあったのか」
「別に」
「嘘だ」
ヒロは天井を見たまま、少しの間黙っていた。
「幼馴染に、もう会わない方がいいって言われた」
「なぜ」
「住む世界が違うから」
レオはペンを置いた。
「特別クラスの子か」
「四属性持ち」
「……そうか」
また沈黙があった。
レオがぽつりと言った。
「私も、似たようなものだ」
「え」
「魔力量が少ない。脳内で魔法を構築する能力は人より高いが、実際に出力できる魔力が少なすぎて使い物にならない。故にEクラスだ」
「うん」
「知識だけがあって、使えない。半端な存在だと、小さい頃から言われた」
ヒロは天井から目を離して、レオの方を見た。
眼鏡の奥の目が、ランプの光を受けて静かに光っていた。
「でもそれでも、諦めてないだろ」
「諦めるという選択肢を知らない」
「俺も一緒だ」
レオは少しだけ、眼鏡の奥の目を細めた。
それが微笑みなのかどうかはわからなかったが、少なくとも険しい顔ではなかった。
「そうだな」
それだけ言って、レオはまたペンを取った。
ヒロも目を閉じた。
セナへの寂しさはあった。
でも、今夜は眠ろうと思った。
‥また明日、走るから。




