第十三話 Eクラスの仲間
寮の部屋は、四人一室だった。
ヒロに割り当てられた部屋は、石造りの寮棟の二階にある、こぢんまりとした部屋だ。
ベッドが四つ、机が四つ、窓がひとつ。
それだけがある、簡素な空間だった。
ヒロが荷物を持って部屋に入ったとき、すでに三人の先客がいた。
窓際のベッドに寝転んでいるのは、入学式の日に教室で声をかけてきた男子生徒だった。
茶色の短い髪で、目つきが鋭い。
名前はカイ・ドーランと、後から出席簿で確認した。
「また会ったな、適性なし」
カイがこちらを見て言った。
「また会った」
「同じ部屋か。ついてないな」
「俺もそう思う」
カイは少しだけ表情を崩した。
笑ったというほどではないが、口の端が動いた。
「正直な奴だ」
もう一人は、机に向かって黙々と何かを書いている男子生徒だった。
眼鏡をかけた、細身の子だ。
ヒロが入ってきても振り返らなかった。
名前はレオ・ファーレン。
後で聞いたところによると、魔法の適性はあるが量が少なすぎて、実技試験でほとんど結果を残せなかったらしい。
「天才的な魔法理論の理解力があるのに、実技がほぼゼロという特殊なやつだ」とカイが教えてくれた。
四人目は、ヒロより少し小柄な男子生徒で、名前はテオ・バルム。
真っ赤な短い髪が目を引く、そばかすだらけの顔の子だ。
「よろしく! 俺テオ。魔法の制御が壊滅的すぎてEクラスになった。火属性あるのに、使うたびに爆発するんだよね」
テオは開口一番にそう言って、ヒロと握手をした。
「爆発?」
「そう。小さい炎を出そうとすると、なぜか五倍くらいの大きさになって爆ぜる。先生に怒鳴られ続けて半年で特別クラスから外された」
「……なるほど」
「ヒロは?」
「適性なし」
テオは目を丸くしてから、「すごい」と言った。
「すごい、という感想なの?」
「だって珍しいじゃん。俺、初めて見た」
悪意がないのはわかった。
ただただ純粋に珍しがっているだけだ。
ヒロはため息をついてから、「よろしく」と言って荷物をベッドに置いた。
(なかなか、個性的な面子だな)
ヒロは四人分のベッドと机を眺めながら、静かにそう思った。
寮生活は、思ったより慌ただしかった。
起床は朝六時。
食堂での朝食が七時から。
授業が八時に始まり、午後に実技か演習が入る。
夕食が六時で、消灯は九時だった。
ヒロはその規則を、初日に頭に入れた。
そして翌日から、起床の一時間前に目を覚ますようにした。
朝五時に起き、寮の外に出て走る。
学園の敷地は広い。
外周を一周すると、それなりの距離になる。
最初の日、ヒロが走っていると、カイが窓から外を見ていた。
「何やってんの、こんな朝から」
「走ってる」
「見ればわかる。なんで?」
「鍛えないと強くなれないから」
カイはしばらく考えてから、「ふーん」と言って窓を閉めた。
それから三日後、朝五時に外に出ると、カイが先に出て壁に寄りかかっていた。
「なんで来たの」
「別に」
「走る?」
「少しなら」
それからカイは、毎朝ではないが、時々ヒロの朝の鍛錬に顔を出すようになった。
テオは誘うと喜んで来たが、三日で「朝早すぎる」と脱落した。
レオは一度だけ来て、「非効率だ、体を傷めるだけだ、魔力鍛錬の方が有意義だ」と言い残して二度と来なかった。
(まあ、それぞれだな)
ヒロは走りながら思った。
朝の空気は冷たくて、清々しかった。
王都の空は、ルーデンよりも少し霞んでいるが、それでも青かった。
授業が始まった。
学園の授業は、座学と実技に分かれていた。
座学は数学、語学、歴史、地理、魔法理論の五科目。
どれもヒロが二年間かけて読み込んできた分野と重なっていた。
初日の魔法理論の授業で、担任のグレンが黒板に魔力回路の図を書いた。
「魔力回路の主要経路は三つある。まず体の中心を通る幹線回路……」
「先生」
ヒロが手を挙げた。
グレンが少し意外そうな顔をした。
「なんだ」
「幹線回路には副経路が四本ありますよね。それぞれの機能も説明した方が、後で属性ごとの魔法制御を学ぶときに繋がりやすいと思うんですが」
グレンは少しの間、ヒロを見た。
「……よく知ってるな。どこで勉強した?」
「本で」
「魔法理論書を読んだのか」
「六冊くらい」
教室がざわめいた。
カイが隣の席から「何それ」という目でこちらを見た。
テオが「六冊!?」と声に出した。
グレンは少し考えてから、「では副経路の補足もしよう」と言って、黒板に書き加えた。
その後の歴史の授業でも、地理の授業でも、ヒロは一、二度手を挙げて補足的な知識を口にした。
授業が終わった後、レオが初めてヒロに声をかけてきた。
「お前、本当に本で読んだだけなのか」
「そう」
「魔法適性がないのに、魔法理論を勉強したのか」
「使えなくても、知っていた方がいいと思って」
レオは眼鏡の奥の目を細めた。
「……変な奴だ」
「よく言われる」
「でも魔法理論の座学なら、俺より詳しいかもしれない」
「そういうこと?」
「認めたくはないが、事実として」
レオは素直ではないが、嘘をつかない性格らしかった。
ヒロは少しだけ笑って、「そっちは魔力の扱いが俺よりよほど詳しいだろ」と言った。
レオは一瞬だけ、眼鏡の奥で目を揺らした。
「……魔力量は少ないがな」
「でも精密制御はできる」
「どこで聞いた」
「カイから」
レオは小さく舌打ちをして、机に向き直った。
それ以降、レオはヒロを無視しなくなった。
実技の授業は、Eクラスにとって憂鬱な時間だった。
週に三度ある実技授業のうち、ふたつは自クラスだけで行われる。
でも一度は、他クラスとの合同実技があった。
合同実技は演習場の広場で行われる。
BクラスやCクラスの生徒たちが、それぞれの魔法を披露する場でもあった。
BクラスはEクラスとは雲泥の差がある。
属性の制御が安定していて、的に向けて放つ魔法の威力も精度も、明らかに高い。
「では各自、指定の的に向けて魔法を放ってください」
試験官の声が響く。
Bクラスの生徒たちが次々と魔法を放った。
火球、水流、風の刃。
的が次々と砕かれていく。
やがてEクラスの番になった。
カイは弱い風魔法をなんとか的に当てた。
テオは火魔法を放とうとして爆発させ、試験官に怒鳴られた。
レオは精密に小さな水球を作ったが、威力が足りなくて的に当たっても割れなかった。
そしてヒロの番になった。
水晶に手を当てた。
光らなかった。
「ローレン、魔法で的を狙ってください」
「魔法は使えません」
試験官が少し困った顔をした。
「では……以上です。採点不能」
Bクラスの生徒の誰かが、小声で言った。
「なんで来てるの、あいつ」
「適性なしでしょ、確か。義務だから来るしかないんじゃない?」
「役に立たないね」
「無能じゃん」
Eクラスの生徒たちは黙って聞いていた。
ヒロも黙って、前を向いていた。
(慣れた)
と思う自分が少しだけいた。
それが悲しいような、仕方ないような、複雑な感覚だった。
その日の帰り道、カイがヒロの隣を歩きながら言った。
「あいつら、感じ悪いな」
「そういうもんだよ」
「お前は怒らないのか」
「怒ってる」
「怒ってる顔じゃない」
「怒りを顔に出す意味がないから」
カイはしばらく黙って歩いてから、「強いな」とぼそりと言った。
ヒロは何も答えなかった。
強いのではなく、慣れているだけだと思っていた。
でも、その言葉は少しだけ、胸の奥に温かく落ちた。




