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第十二話 Eクラス

 入学式は、学園の中央広間で行われた。

 広間には、今年の入学生が全員集まっていた。

 ハーレシア全土から集められた十歳の子供たちが、数百人規模で広間を埋めている。

 式は形式的なものだった。

 学園長の挨拶、王国の代表者からの言葉、学園の規則説明。


 ヒロは壇上の話を聞きながら、広間の中をさりげなく見回した。

 セナがいるはずだが、特別クラスの生徒は別の場所にいるのか、この場には見当たらなかった。

 (後で会えるかな)


 そう思いながら、前を向いた。

 学園長が最後に言った。

 「入学式の後、組み分けテストを行います。学力試験と実技試験の結果を総合して、各自のクラスを決定します。学園生活の第一歩です、全力で臨んでください」


 組み分けテストは、午後から始まった。

 まず学力試験が行われた。

 会場は広い試験室で、机が整然と並んでいる。

 試験用紙が配られた。

 ヒロはそれを手に取って、最初のページを開いた。


 数学、語学、歴史、地理、魔法の理論知識。

 五科目で、各科目二十問ずつ。

 ヒロはペンを取って、最初の問題を読んだ。

 (……これは)

 思ったより、難しくなかった。

 数学は計算式の展開と図形問題。

 語学は文章の読解と文法。


 歴史はハーレシアの建国から現在までの流れと、重要な出来事。

 地理は各地方の特徴と主要都市。

 そして魔法の理論知識は、属性の特性と魔力回路の基礎、魔法陣の構造。

 (全部、本で読んだことがある)


 ヒロは淡々と解き始めた。

 数学は順番通りに計算すれば答えが出る。

 語学は五年間ハーレシアの言語を使ってきたし、文法書も一通り読んだ。

 歴史と地理は、読んだ本の内容をそのまま書けばいい。


 そして魔法理論は——ヒロが三年間最も時間をかけて読み込んできた分野だった。

 「魔力回路の主要経路を三つ挙げ、それぞれの役割を説明せよ」

 そんな問題が最後に出てきたが、ヒロは一度も手を止めることなく書き続けた。


 試験終了の合図が鳴ったとき、ヒロは全問を解き終えて、見直しまで済ませていた。

 周囲を見ると、最後まで解けていない生徒の方が多かった。

 隣の席の男の子が、最後のページを未回答のまま鉛筆を置いていた。

 (問題量が多かったのかな)

 ヒロには特に難しいとは感じなかったが、それが普通ではないことはわかっていた。


 続いて実技試験が行われた。

 場所は屋外の演習場に移った。

 広い石畳の広場に、いくつかの試験台が設置されている。

 検定官が前に立って、実技試験の内容を説明した。

 「実技試験は三項目です。ひとつ目、魔力解放。水晶に魔力を込め、どれだけの光量を出せるかを測定します」


 判定の儀と同じだ、とヒロは思った。

 「ふたつ目、属性魔法の発現。自分の得意属性を使い、指定された的に魔法を当てます。命中精度と威力を総合的に評価します」

 「みっつめ、魔法制御。小さな炎または水球を作り、指定された経路に沿って移動させます。制御の安定性を評価します」


 ヒロは静かに説明を聞きながら、三項目全てを確認した。

 (全部、魔法が必要だ)

 当然と言えば当然だった。

 ここは魔法師を育てる学園だ。

 実技試験が魔法を使う内容になるのは、考えてみれば当たり前のことだった。

 (でも、全部か)


 せめて一項目でも体術や知識で補える項目があれば、と思ったが、それはないらしかった。

 生徒たちが順番に試験台の前に立ち始めた。

 「マルク・エルド」

 最初に呼ばれた男の子が水晶に手を当てると、オレンジ色の光が力強く輝いた。

 「強い火属性ね」と検定官が言った。


 次の女の子は水と風の二属性で、水球を作って的に向けて飛ばした。

 それぞれが自分の属性を使って、的に当てたり、炎を操ったりしていく。

 どの子も、多かれ少なかれ何かができた。

 不得意そうにしている子でも、水晶を弱く光らせるくらいはできていた。


 「ヒロ・ローレン」

 名前が呼ばれた。

 ヒロは歩いて、試験台の前に立った。

 水晶が目の前にある。

 八歳のあの日と、同じだった。

 ヒロは両手を水晶に当てた。

 冷たかった。


 透明な球体の感触が、掌に触れる。

 (出てくれ)

 ヒロは目を閉じた。

 体の内側に意識を向けた。

 八歳の頃から二年間、魔力回路を意識することを続けてきた。


 ベルトランが残していった呼吸法も、毎日続けてきた。

 何かが変わっているかもしれないと、少しだけ期待していた。

 でも。

 水晶は透明なままだった。

 光の欠片も、なかった。

 (やっぱり、駄目だ)


 検定官が確認して、静かに告げた。

 「魔力の発現、確認できず」

 次の項目の的に向き直ったが、ヒロが何もできないのは明らかだった。

 「ローレン、以降の実技は採点不能とします」

 「わかりました」

 ヒロは短く答えて、試験台から離れた。

 後ろから、ひそひそとした声が聞こえてきた。


 「今の子、何も出なかったよ」

 「適性なし? 珍しい」

 「それで入学してきたの? 義務だから来るしかないのか」

 ヒロは振り返らなかった。

 前を向いて、列の端に戻った。


 翌朝、クラス分けの結果が掲示板に張り出された。

 生徒たちが群がるようにして掲示板を見ている。

 ヒロも近づいて、自分の名前を探した。

 クラスはAからEまでの五段階に分かれていた。

 Aクラスが最上位。

 掲示板の上の方には、王立学園特別クラスの生徒名も記載されていた。

 セナ・アルバの名前が、特別クラスの欄に見えた。

 (セナはそこにいるのか)

 ヒロは視線を動かして、自分の名前を探した。


 Aクラスには自分の名前はない。

 Bクラスにも、ない。

 Cクラスにも。

 Dクラスにも。

 最後に、Eクラスの欄を見た。

 「ヒロ・ローレン」

 そこにあった。

 学力試験の成績がどれだけよくても、実技が全て採点不能であれば、総合評価は最下位になる。


 わかっていたことだった。

 わかっていたが、改めて自分の名前が最下位のクラスに並んでいるのを見ると、胸の奥に小さな棘が刺さるような感覚があった。

 (Eクラスか)

 ヒロは掲示板から目を離して、廊下を歩き始めた。


 Eクラスの教室は、学園の一番奥まった棟の一階にあった。

 メインの校舎から少し離れた、古い建物だ。

 石造りの廊下を歩いていくと、教室の前に差し掛かった。

 扉は半開きになっていた。

 中から声が聞こえてくる。

 ヒロは扉を押して、中に入った。


 「あ? なんだお前」

 最初に声が飛んできた。

 窓際の席に足を投げ出して座っていた男子生徒が、こちらを見た。

 一番後ろの席では、二人の生徒が机を向かい合わせて何かゲームをしている。

 壁にもたれて目を閉じている生徒もいる。

 教師はまだいなかった。

 ヒロは教室全体を見渡した。


 十二、三人の生徒がいる。

 統一感がない。

 覇気がある者もいれば、完全に無気力な者もいる。

 その中で共通しているのは、誰も「ここに来たくて来ている」という顔をしていないことだった。


 「お前もEクラスか」

 窓際の生徒がまた言った。

 見た目はヒロと同い年くらいだが、目つきが鋭い。

 「そう」

 「何で落ちたの。魔法下手くそ系? それとも頭が悪い系?」

 「魔法適性がない」

 少しの沈黙があった。


 「……適性なし? マジで?」

 「マジで」

 「へえ」

 男子生徒は少しだけ興味深そうな顔をしてから、また窓の外に視線を戻した。

 「珍しいな。それは確かにEクラス行きになるわ」

 ヒロは空いている席を探して、中程の場所に荷物を置いた。


 後ろの方で、ゲームをしていた二人がこちらを見ていた。

 壁にもたれていた生徒が、薄目を開けてヒロを確認してから、また目を閉じた。

 誰も歓迎はしない。


 でも誰も、特に敵意を持って見てくるわけでもない。

 ただ、全員がどこかぶっきらぼうで、どこか諦めたような空気をまとっていた。

 (なるほど)

 ヒロは椅子に座りながら、静かにそう思った。


 魔法が弱い者、問題行動を起こした者、何かしら規格外の者を集めたクラス。

 学園が持て余している生徒たちの、吹き溜まりのような場所。

 (まあ、俺もそういう立場だし、同じか)

 ヒロは机の上に教科書を置いた。

 窓から差し込む朝の光が、古い石造りの教室を照らしていた。

 少し埃っぽかったが、悪くはなかった。

 (ここから始めよう)

 前世でも、今世でも、ヒロはいつも一番下から始まっていた。


 警察学校を辞めた。

 判定の儀で適性なしが出た。

 それでも立ち上がってきた。

 Eクラスは、ただの始まりの場所だ。

 「なあ、お前」

 窓際の生徒がまた声をかけてきた。


 「何?」

 「適性なしで、何で来たの。学力試験で点取っても意味ないだろ、どうせ魔法使えないんだから」

 ヒロはその生徒を見た。

 鋭い目が、純粋に疑問を向けていた。

 馬鹿にしているわけではない。

 ただ、本当に不思議そうに聞いている。


 「強くなりたいから」

 「魔法なしで?」

 「それしかないから」

 男子生徒はしばらくヒロを見てから、ふっと短く笑った。


 笑われたような気もしたが、嘲りではない笑い方だった。

 どちらかというと、何かがおかしくなったときに出る、乾いた笑いに近かった。

 「物好きだな」

 「よく言われる」

 扉の向こうから、足音が近づいてくる音がした。


 「あ、教師が来た」

 誰かが言った。

 ゲームをしていた二人が机を元に戻した。

 壁にもたれていた生徒が、ゆっくりと体を起こした。

 扉が開いて、担任教師が入ってきた。

 くたびれた顔の、中年の男性教師だった。

 生徒たちを見渡して、小さくため息をついてから、黒板の前に立った。


 「……全員揃ってるな。私がEクラスの担任をするグレンだ。よろしく」

 それだけ言って、出席を取り始めた。

 ヒロは前を向いて、静かに自分の名前が呼ばれるのを待った。

 ハーレシア国立学園、Eクラス。

 はみ出し者たちの吹き溜まりで、ヒロの学園生活が始まった。

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