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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

幸せのブレスレット

作者: 墨手ありす
掲載日:2026/01/28

幸運とは、誰かの不幸の上で成り立つものです

タイトル 幸せのブレスレット


サブタイトル 親愛なる君へ


 僕は俗に言う不幸体質だった。


 外に出ると傘を持っていない時に限って必ずと言っていいほど雨が降る、一日に三回は石に躓いて転ぶ、転んだ先に水たまりがあって顔から盛大に突っ込む、傘を持っていっても今度は風が強すぎて遠くに飛ばされる……などなど、数え出すとキリがない。


 冗談に聞こえるかもしれない。だが事実だ。このような小さくて下らないが地味に嫌な不幸が降りかかって来がちな体質なのだ。いや、正確には最近そのような体質となった、という方が正しいか。


 自分で言うのもなんだが、僕は昔から運のいい人間だった。おみくじでは大吉以外引いたことがないし、テストの選択問題は当てずっぽうでも外したことがない。こんな漫画のような不幸に見舞われるようになったのは、割と最近…………冒頭は盛った。


 兎も角、僕はこの状況に地味に困っている。なにせ、対策をしても不幸の波はそれを突き破って僕に覆いかぶさってくるのだ。対処のしようがないし、収まる気配もない。むしろ日に日に降りかかる不幸は大きなものになっている気がする。


どうしたものか………


 一人、コンビニの屋根で例に漏れず雨宿りしていると、突如隣にふっと気配を感じた。


「あなた、呪いを受けてますよ」


思わずビクンと反応してしまった。なにせ音も気配もなく、さながら忍者か幽霊のように現れたのだ。突然話しかけられたことに加え、呪いなどという聞き慣れないワードにも驚き、僕はばっと勢いよく隣に顔を向けた。そこにいたのは小柄な少年。……いや果たして少年だろうか。正直どっちつかずの中性的な印象の顔だった。全く気配がなかったが、一体どこから出てきたんだ。いや、呑気にそんなことを考えている場合ではない。


「えっと……呪い?というか誰……?」


無骨にもありのまま質問をぶつけてみると、少年(仮)は感情の読み取れない顔つきのまま口を開いた。


「申し遅れました。僕はクリスといいます。」


幽霊のように色素の薄い少年は、淡々とした口調で名乗り、無駄のない動作でお辞儀をしてみせた。この所作に加え、ワイシャツにセーター、ループタイという出で立ちから見ても教養や知的さを感じさせる。年には不相応に思えるが。


「えっと、僕は涼村真幸すずむらまゆき……です。」


情けなくも年下相手にたどたどしく名乗ると、クリスは僕の顔を上目遣いで覗きながら、興味深そうに特徴的なマゼンタの瞳を妖しく光らせた。


「ふむ……やはりあなた呪われてますね。一


刻を争うので手短に済ませましょう」


「え、いやちょっとタンマ!さっきから言ってる呪い……?って何!? あ、怪しい宗教ならお断りですよ!」


状況が飲み込めずパニックになる僕。そんな僕をクリスは相も変わらず、無機質な表情で見上げながら小さく溜息をついた。


「……詳しいことは後で話しますが。端的に言うとあなたは今、一番親しい人間の不幸を肩代わりさせられてるんですよ。幸せのブレスレット・・・・・・・・・によってね」


またもや訳のわからないワードが飛び出した。いやその前に……肩代わり?


 一番親しい人間。そう聞いてぱっと脳裏によぎるのは幼なじみであり親友の沈月じんげつ夏乃葉かのはだった。彼女とは小学1年生からの付き合いだ。現在僕は中3だが、夏乃葉とは一度もクラスが離れたことはない。引っ込み思案で、クラスでは浮きがちな僕にいつでも寄り添ってくれた唯一の人物。僕は彼女に親愛の情を抱いていたし、どんなときでも一番の信頼を寄せていた。それは彼女も同じはずだ。いや、それとも本当は僕の勝手な思い込みだったのだろうか。


 絡まった糸のように、まとまりの無い思考が次から次へと生まれ、ぐるぐると僕の頭を埋め尽くしていく。


「不幸の肩代わりなんて……夏乃葉ちゃんはそんなことするはずない……」


弱々しく情けない声で零した言葉に、クリスは少し哀れみを帯びた眼差しで返した。


「そう信じたくなる気持ちは察しますが、過度な期待はしないほうが賢明ですよ。……まぁ、まずは本人に会ってみないと真相は分かりません。心当たりがあるのなら案内していただけますか?」


 


 僕はクリスと共に、夏乃葉の家に向かっていた。


彼を完全に信じたわけではない。まだ全容を掴めているわけではないし、正直怪しさプンプンだ。だが、彼の言葉や表情からは嘘を言っているようには聞こえなかった。完全に僕の勘だが……


 雨の中、クリスの傘で相合傘しながら歩く。道中でクリスについてと、幸せのブレスレットについて話を聞かせてもらった。


 


 彼はこの世界とは違う別世界の出身だと言う。クリスの世界にある不思議な力を持った装飾品、宝具・・が、何者かによってこちらの世界に密輸されており、それを回収するのが彼の仕事らしい。


一度身に着けて使用した宝具は、条件を満たさないと外れないらしく、今回の案件においてその条件を満たす鍵となるかもしれないのが僕だったようだ。心当たりがさっぱりないが本当だろうか。


 そんなこんなで分かったようで分からない説明を聞きながら、僕は道案内をして進んでいた。だが方向音痴がたたり、既に何度か引き返している。


「あなた、一番の親友と言っておいて家の場所すら覚えてないんですか……?」


あからさまに呆れた表情と口調で言われた。初めて見せた彼の分かりやすい感情がこんなものになってしまうとは。自分でも情けない。だがこれに関しては仕方ない理由があった。


「……実は夏乃葉ちゃんの家に行くのは今回で二回目なんだ。家が厳しいみたいで、友達も呼んじゃ駄目なんだって。すごく昔、夏乃葉ちゃんが転んで歩けなくなったときにおぶって送った以来かな……」


 そのとき家には誰も居らず、夏乃葉はどこか急ぐように僕に帰りを促した。心配だったので家族が帰ってくるまで一緒に居ようと思っていたのだが……。


その時はそこまで気にしていなかった。やはり親が厳しいのかな、ぐらいだった。もしかしたら違うのだろうか? 何か別の理由が……


などと考えている内に、僕達は夏乃葉の家の前に到着した。少し薄汚れ、どこか陰鬱な雰囲気の一軒家。インターホンを押し、応答を待つ。


 反応はない。再度押す。しばらく待つがやはり反応はない。


怪訝に思い眉を顰めた。一体どうしたんだろうか。もしかして中で倒れていたり……。嫌な想像がよぎる。すると後ろに控えていたクリスがおもむろにボロい引き戸に手をかけた。するりといともあっさり引き戸が開く。鍵が掛かっていなかったようだ。


「このまま待っていても時間の無駄です。入りましょう」


そう言って、クリスは驚く僕を横目にそそくさと中に入っていく。


「えっ!……い、いいのかな?でも夏乃葉ちゃんに何かあったら心配だし……」


うだうだ言いながら、僕もクリスの後ろについて家の中にそろりと入った。玄関には夏乃葉がいつも履いている擦れたスニーカー。家には居るようだ。するとその時、奥の部屋が騒がしくなった。


「うわっ、お、お前誰だよ!」


部屋の奥で夏乃葉が驚く声が響き渡る。


「あなた、ブレスレット着けてますよね。今すぐ見せてください」


「……嫌だっつってんだろ!突然家に上がり込んで何なんだよお前!警察に突き出すぞ!」


急いで奥に進むと、そこにはきつい表情で夏乃葉の腕を掴むクリスと、怒声を浴びせながら抵抗する夏乃葉の姿があった。大人しいタイプだと思っていたら、とんだ強引さだなクリス……


流石にこのままだと埒が明かないので急いで止めに入る。


「ストップ!2人共落ち着いて!まずは座って話し合おう!」


「な、真幸……?なんでお前が……」


「僕が彼に案内をお願いしたんです。沈月夏乃葉さん、あなたも心当たりはあるでしょう?彼とそのブレスレットの関係に」


クリスの言葉に夏乃葉は明らかに動揺していた。目にかかる長さの前髪からちらりと見える瞳が、硬直したままクリスを捉える。クリスの鋭い瞳はそれを見逃さなかった。


「……やはり」そう呟き、クリスはばっと、掴んだままの夏乃葉の腕を上に掲げた。彼女の長い袖が垂れ下がり、隠れていた腕があらわになる。そこには見慣れないブレスレット。金色の美しい光沢感あるブレスレットに、エメラルドのような深い緑色の宝石がきらびやかに散りばめられている。洗練されたそれはまるで、高級アクセサリーかのような風格を纏っていた。


「幸せのブレスレット。これはこの世界にあっていいものではありません。ましてや使うなんて以ての外。今すぐにでも回収したいところですが……」


そこでクリスは少し言い淀んだ。それから真幸と夏乃葉を順番に見やり、掴みっぱなしだった夏乃葉の腕からそっと手を離した。


「……少々、手荒な真似をしてしまいましたね。こちらも時間がなくて焦っていました。すみません」


意外と素直に頭を下げるクリスの様子に、僕も夏乃葉も驚きながらも謝罪を受け入れた。


一旦落ち着き、茶の間で三人座りながら話をすることになった。クリスはもの言いたげな顔で夏乃葉をじっと見つめる。


「夏乃葉さん、そのブレスレットは僕の世界に保管されている危険な道具なんです。あなたもそれは分かっていますよね」


我慢できなくなったのか、ついにクリスはきつい声色で夏乃葉に問う。彼女は目を伏せて、口を噤んだ。先ほどから、夏乃葉は僕に目を合わせてくれない。


 僕は不安が収まらなかった。この非現実的な状況もだが、何より夏乃葉に裏切られていたのかもしれないという恐怖に駆られていた。


 古い蛍光灯の光が、2人の頭上で不規則にちかちか揺れる。


「ねぇ…夏乃葉ちゃん、答えてほしい。君は、そのブレスレットの力を知っていたの?し、知らないで使ってたとか…」


夏乃葉は変わらず目を伏せたまま、申し訳なさそうにより一層顔を曇らせた。それが全てを物語っていた。


____このブレスレットは、持ち主を幸せにする代わりに、一番親しい人に不幸を肩代わりさせる。


 その効果と代償を、夏乃葉は知っていてなお、使っていた。 


「………………………」


 重い沈黙。時計の規則的な針音だけが、し


んとした部屋に響く。


「……全部知ってたさ」


沈黙を破り、夏乃葉が口を開いた。どこか冷たい響きだった。


「このブレスレットをくれた奴がご丁寧に説明してくれたからな……。最初は怪しさ満点だったし、疑ってたが……使ってみたら本当に良いことが立て続けに起きた。ありゃ驚いたよ」


夏乃葉は自らの腕で妖しく輝くブレスレットを愛でるように見つめて続けた。


「代償だって、お前は元々豪運の持ち主だし。別に多少不幸を受けててもプラマイゼロになるだけだろ?あたしのことが大切なら、それぐらい請け負えるよな?……ずっとウザかったんだよ。豪運持ちのくせして、ずっとウジウジしてるお前が。あたしなんかよりよっぽど恵まれてるくせに被害者面ばっかするお前が」


心の中の何かが軋む。蛍光灯の点滅が激しくなる。合わせて心臓の音も速く大きくなる。これ以上聞きたくない。思わず座ったまま後ろに後ずさる。だが夏乃葉はそれに合わせて前のめりに一歩出た。逃がしてはくれない。


 そこで、夏乃葉は初めて僕と目を合わせた。


 笑っていた。


「要するに、あたしはお前のことを友達・・だなんて思ってなかったんだよ。真幸、あんたはあたしの幸せのために搾取されてただけだ」


 自分の中で何かが壊れる音がした。


普段の僕なら、こんなことを誰かに言われたら泣いていただろう。彼女が言ったように、僕は泣き虫の情けない男だ。


だが、泣くことはなかった。まるで涙が今だけ枯れ果てたようだった。


「ははっ…」


夏乃葉の残酷な笑みにつられたのか、僕は無意識のうちに乾いた笑みを漏らした。心音もいつの間にか平坦に戻っていた。


 


 この感情は、なんだろう。


悲しみではない、怒りでもない、慣れないこの感覚。


しばらく言葉を探す。なんていうんだっけ、これ。


………………


 


あぁ、思い出した。


失望ってやつか。


その瞬間、夏乃葉の腕のブレスレットはカチャン、という金属音と共に外れ落ちた。


汚れた床に転がったブレスレットは、先ほどまでの気品ある姿とは打って変わって鈍く禍々しい光を放つ。それはとても美しいものとは思えない有様だった。


 


 同時にどこか、嫌な空気を感じた。


元々陰気な空気の流れた部屋ではあったが、それを覆って更に圧をかけるような。色で表すならどす黒く禍々しい空気感。


 その時、ずっと点滅していた蛍光灯がブチッ、と嫌な音を立てた。


「えっ?」


一瞬の出来事。


嫌な予感は的中し、落下した蛍光灯が夏乃葉の頭に直撃した。


なんともあっけない。一瞬の出来事で、あまりに現実味の無いものだった。


だが事実として、割れたガラスの破片と、彼女の血が部屋に豪快に飛び散っている。視界に映る凄惨な様が、すっと僕に現実味を与えた。


「ブレスレットの代償でしょうね。強い力を持つ宝具ほど、最後の跳ね返りは大きくなりますから」


至近距離にも関わらず、僕とクリスは全くの無傷だった。


目の前の光景と予想だにしなかった現実に唖然とする僕を尻目に、クリスは先程と何一つ変わらない表情と空気感のまま、倒れた彼女のすぐ側に落ちているブレスレットに手を伸ばした。


「……回収完了。少々汚れてしまいましたが……傷は付いてないので良いでしょう。真幸さん、お疲れ様でした。付き合って下さりありがとうございます。もうあなたに用はないので、帰ってもらって結構ですよ」


僕はすぐに返事ができなかった。代わりにこんな状況でも顔色一つ、声色一つ変えない彼に、おぞましさと恐怖を感じていた。クリスは何食わぬ顔で窓から出ていこうとするが、窓枠に脚をかけたところで何かを思い出したかのように停止する。


「そうだ、一応言っておいたほうが良いですかね」


「夏乃葉さんの言葉、あれ全部演技ですよ。ブレスレットが外れたということは、あなたは気づかないで真に受けたんでしょうけど」


「え?」


こいつは一体何を言っているんだろう。思考がどうにも追いつかなかった。クリスはこちらを見ずに続ける。


「あのブレスレットは、持ち主のことを一番大切に思っている人・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ不幸を肩代わりさせるんです」


クリスがこちらに顔を向けた。その表情は、初めて見せる穏やかな微笑。欠片の悪意も、善意すらも感じない不気味な笑みだった。


「良かったですね。これで晴れて不幸体質とはおさらばですよ」


血の気が引いた。視界が揺れてぼやける。


つまり______


涙に濡れた視界に、クリスの姿はもうなかった。

最後まで読んでくださったあなたに感謝を。

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