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72. チーム・クラミシュ (ちーむ・くらみしゅ)

「助けて···頼む···二度と···現れないから···!」


闇の濃い森。


息が詰まる静寂の隙間を縫って、男の悲鳴が砕けた吐息みたいに漏れた。

男は血と痣だらけだった。震える手で地面を掴み、誰かに縋るように、這うみたいに前へ進んでいた。


「俺は···何もしてない···!

ただ、隣に立ってただけなんだ···!」


「はぁ···はぁ···」


唇は裂け、涙は頬を伝い、土と血に混じった。

周囲には死者の痕が散らばっている。引き裂かれた甲冑、切り落とされた腕と脚、黒く固まった血。

鼻を掠めるだけで、生臭さが喉の奥を引っ掻いた。


男は身体を丸め、膝を擦りながら、よろよろと這った。

いつか仲間だったのかもしれない、あるいは競争相手だったのかもしれない死体を踏み越えながら···

ついに嗚咽を抑えられなかった。


だが叫びは、森の闇にすぐ吞まれた。

誰か一人にでも届いてほしかったのに。

その願いは遅すぎて、軽すぎた。


男の前に、誰かがしゃがみ込んだ。


男の頭上に、ゆっくりと黄色い液体が落ちた。


べと。

べと。


「···う···ぐ···」


目を閉じたまま、男はまた身を縮めた。


「うひひひ···」


笑い声がした。


意地の悪い、悪戯っぽい声。

声の主は、血のついた短剣を揺らしながら、ゆっくり笑っていた。


「実に面白い姿だね」


チーム『クラミシュの槍』。

盗賊ユイス。


ユイスはけらけら笑い、跪く男の頭を手のひらで押し倒した。首が横へ折れ、土の上へ叩きつけられる。


「ねえ、リーダー。どうする?

生かす? 殺す?」


「聞くなよ。どうせ···

お前の好きにするんだろ」


無関心そうに、面倒くさそうに投げ捨てる声。


その声の主。

チーム『クラミシュの槍』のリーダー、ルイドアン。


森の闇に凭れて座り、彼は感情の欠片もなく言った。

瞼さえ重く落ちている。状況を見てないんじゃない。見る価値がない、そんな顔。


その返事にユイスは両手で顔を覆い、首をぶんぶん振った。


「いひひひ~ そうそう~

さすがリーダー、私のこと分かってるぅ~」


ユイスは上機嫌に手を一度叩いた。


「じゃあ決定!

さっさとここから逃げて~!」


「···い···生かしてくれるのか···?」


血と汚れにまみれた男。

必死に息を吐き、かすれた声で、それでも縋るように尋ねる。


その目に希望が灯った。

“生きていい”の二文字を、自分で勝手に貼り付けた。


その時、ユイスが満面の笑みで手を伸ばした。


「気が変わる前に早く逃げて~ うひひひひ~」


瞬間、男は一切迷わず立ち上がった。

そして振り返りもせず、森の奥へ狂ったように走った。


「はっ···はっ···はっ、はぁ···!」


固く閉じた目。張り裂けそうに暴れる心臓。

息の音が、森の反響みたいに鳴り続ける。


もうその音が

自分の音なのか、周囲の音なのかすら分からない。


その時。


バン。


足首に、冷たい何かが絡みついた。


「うああああっ!!」


苦痛の叫びが森を裂いた。

男は足首を掴む“手”を震えながら掴み、歪んだ身体を無理やり捻って背後を見る。


「···生かすって言っただろ!!

どうして···どうして···!!」


闇の奥から、くすっと笑う気配。


「ん~?

私が···生かすって言ったっけ~?」


口調はおどけて、表情はひどく歪んでいた。


「な···何だと?!」


怒りと恐怖が混じった叫び。

男は倒れたまま地面を叩いた。手のひらに土が食い込む。


ユイスは短剣をくるくる回し、ゆっくり、楽しむように近づいた。


「私はただ~

逃げろって言っただけだよ~?」


ユイスが首をかしげる。


「生かすなんて···

言ってないと思うけど~?」


「卑怯だ!!

人を玩具みたいに弄んでいいのか?!」


「お前らみたいなのが···

本当にこの王国の冒険者だって言えるのか?!」


男は歪んだ顔で息を荒げ、絶叫した。

声が割れた。残った矜持を絞り出した叫びだった。


だがユイスは、にへら、と首をかしげた。


「えへへへ~

それは私もよく分かんないけど~」


すっ。


ユイスは黒い短剣の先を男の顔すれすれまで持っていく。

血のついた刃が、男の瞳に映った。


「でもさ~」


ユイスが低く笑う。


「面白いじゃん?」


「こうやって···自信満々だったお前が

私の前で跪いて泣いてる姿」


「お前も、自分の顔、見てみたいでしょ?

鏡でもあればよかったのにね~」


その瞬間、男の目が大きく見開かれた。


「黙れ!!

この···悪魔め!!」


「お前は人間じゃない!!

必ず天罰が下る!!」


悲鳴みたいに噴き出した憎悪。

胸の奥で煮え立った鬱憤。


だがどんな感情もユイスを揺らせなかった。

彼はただ、にやにや笑う。歪んだ目で見下ろす。


誰が見ても、狂気だった。


「言いたいことはそれで終わり?」

ユイスが短剣を軽く掲げた。


「じゃあ、また私と楽しく遊ぼっか?」


「···く···来るな!!

やめろ!! 来るなって!!」


男は目を剥き、土を爪で掻きむしった。

来ないでくれと、身体をよじらせた。


だが返ってきたのは嘲笑だった。


「さあクイズ~

これから私たちは何の遊びをするでしょう~~?」


ユイスが両手を大きく広げる。


「正解発表!

今回の遊びは···“解体ごっこ”でーす~~」


ユイスが短剣を構え、男へ手を伸ばしかけた瞬間。


ガギン!!!


地面を裂いて突き上がる、錐みたいに鋭い石柱。

男の身体を一瞬で貫いた。


さっきまで生きようと足掻いた息が、あっけなく途切れた。


「···ん?」


ユイスが顔を向けた。


森の闇から、ゆっくり姿を現す人物。

エルフの魔法使い、フェイオ。


「戯れは···そこまでにしろ、ユイス」


声は冷たく、目は鋭い。

石柱を伝って落ちる血を見ても、フェイオの表情は揺れない。


だがユイスは平然と首をかしげた。


「ええ~

私の玩具だったのにぃ?」


ユイスが口角を上げる。


「取り上げるなんて、ひどいじゃないですか~

フェイオ様~?」


フェイオは黙ったまま、細く目を開けてユイスを見る。


するとユイスが首を傾げ、囁くみたいに呟いた。


「へえ~

フェイオ様も···もしかして私と遊びたいんですか~?」


ユイスは短剣の刃をゆっくり撫でた。

脅しじゃない。招待みたいに。


二人の距離。

その短い隙間に言葉はないが、明確な火花が走った。


その刹那。


すっ。


森の奥から、重い気配を伴う足音。

短く太い呼吸。


圧倒的な存在感とともに、男がゆっくり現れた。


鍛え上げられた筋肉。

重々しく握る巨大なメイス。


チーム『クラミシュの槍』のウォープリースト、シレン。


「ここまでだ。二人ともやめろ」


低く落とした声。


「今すぐ。

拠点へ戻れという指示が出ている」


その一言で、張り詰めた空気が緩む。

フェイオは無表情で視線を外し、ユイスは肩をすくめて短剣を収めた。


「はぁ~ ほんと残念~

もう少し遊びたかったのに~」


ユイスは鼻で笑い、背を向けた。

フェイオも黙って身体を翻す。


二人はシレンに従い、静かに森を抜けていった。


彼らが去った後。


残ったのは静かな森と、一つの死体だけだった。


巨大な石の錐に腹を貫かれ、引っかかった屍。

とっくに息は止まっている。


赤い血が、地面を這ってゆっくり広がった。



「これはこれは···ひどくやり合ったな」


鼻を突く血の臭い。

あちこちに散らばる、“人だった”欠片。


その凄惨な現場に、男の重い足が止まった。


冒険者学校から派遣された試験官。

彼は眉間に皺を深く刻み、口を開いた。


「おい、君たち···やり過ぎじゃないか?」


視線が血に濡れた地面を撫でる。

血痕の間に見える死体を、一つずつ数えるように追った。


「···同じ冒険者だろうに···

どうしてここまで···」


その言葉にユイスが肩をすくめる。

ゆっくり、気味の悪い笑みが浮かんだ。


「生き残れとは言われましたけど、

殺すなとは言われてませんよね?」


ユイスが小首をかしげる。


「だから僕らなりに、

生存したんですぅ~」


口調には茶化しがある。

だが中身は確かな悪意だった。


他の三人。

フェイオ、ルイドアン、シレンは何も言わない。


関心がないみたいに別の方を見たり、

地面の土を軽く払ったり。

その無関心が、余計に息苦しかった。


試験官は額を押さえた。

しばらく黙り、深く溜息をつく。


「···公表された時間はまだ残っているが···

これ以上は意味がないな」


顔を上げ、四人を見据える。


「君たち四人が、この場所へ送られた全てのチームを···

全滅させたのだから」


試験官の瞳には嫌悪と疲労が絡みついていた。

何度も試験を監督してきたが、こんな現場は初めてだった。


普通の戦闘なら痕跡が残る。

入り乱れた足跡、裂けたマントの端、恐慌の匂い。


だがここは違う。


遊びを装った一方的な虐殺。

死に理由も、残った感情もない。

退屈だから壊した――その結果だけがある。


試験官の視界に、まだ片付けられていない死体が一つ入った。

腕はなく、顔は潰れている。

瞳にはまだ、“生きたい”が貼り付いたままだ。


試験官はぎゅっと目を閉じた。


ユイスは薄く笑い、ルイドアンへ寄った。

そして耳元へ、囁くように低く尋ねた。


「リーダー。

あの試験官と···ちょっと遊んでもいい?」


ルイドアンは表情を変えず、首を横に振った。


「ユイス。これ以上暴れても得るものはない」


短いが断固とした口調。

ユイスの悪戯心を冷たく押し込める言葉だった。


「必要なのはB級冒険者の資格だ。

目的を忘れるな」


「ちぇっ。残念、残念~

こういう機会、滅多にないのに~」


ユイスは唇を尖らせた。

とん、と短剣の先で地面を叩く。

遊びみたいに、だが癖みたいに。


ルイドアンは静かに立ち上がり、試験官へ問う。


「···で。

俺たちはこれからどうすればいい」


試験官は答えず、懐を探った。

そして慎重にスクロールを一枚取り出し、言った。


「王都へ帰還だ」


短く溜息。


「正直言って、

君たちのやり方は全く気に入らない」


彼はスクロールを地面に広げ、小さく吐き捨てる。


「ワーカー上がりは···癖が悪い」


血に汚れた地面の上で、試験官の顔色は誰より暗かった。


表向きは帰還命令を下した。

だが胸の底には不安が沈んでいる。


本当にこいつらが、王国のための冒険者になれるのか。


疑念は消えない。

それでも彼は知っている。

自分に彼らを止める権限がないことを。


「···せめて、

学校の上層部が手を切ってくれればいいが···」


独り言みたいに呟き、試験官は声を張った。


「全員集まれ!

今すぐ帰還する!」


フェイオ、シレン、ユイス。

そして最後にルイドアン。


帰還命令が下っても、誰もすぐには動かなかった。


彼らの背後に残る現場は、

時間さえ止まったみたいに静かだ。


砕けた剣。

溶けた甲冑。

まだ温い血痕。

そして切断された手足の残骸。


その真ん中で、ユイスが首をかしげた。

落ちていた手首を足先で、つん、と突く。


「···まだ生きてるかと思ったのに」


つん。

もう一度押しやり、ぽつりと零す。


その言葉にフェイオが短く息を吐き、

シレンは無言で黒い血のついたメイスを拭った。


すっ。


地面に黒い亀裂が走る。

光のない裂け目がゆっくり開き、四人の影を一人ずつ呑み込んでいく。


さらさら。


森は最後まで何も言わなかった。


チーム『クラミシュの槍』は、そこで静かに、

そして完璧に消えた。


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