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71. 混乱 (こんらん

さっきまで骨竜と戦っていた、

銀髪の小柄な少年の姿はどこにもなかった。


代わりに。


そこに立っていたのは、

黒髪の成人の男だった。


体格ははるかに大きく、

肌は濃く染まっている。

頭上には、はっきりとした角が二本突き出していた。


その存在は両手をゆっくり前へ伸ばす。

何かを引き寄せるみたいに。


「···まさか···」


ヘレニアが意味を読み取るより早く、

骨竜が二体、左右から同時に吸い込まれるように動いた。


ドォォォン!!


凄まじい衝撃音。

骨竜の頭と胴がぶつかり合い、そのまま一瞬で粉々になった。


破片が宙に舞う中、

その異様な存在はゆっくり顔を向けた。


「···!」


ヘレニアと目が合った。


そして。

男はニヤリと笑った。


「···?!」


次の瞬間。


瞬間移動。

男が目の前に現れた。


「くっ···!」


ヘレニアは反射的に防御魔法を展開したが、

その力で弾き飛ばされた。


だが。


地面から伸びた土の手が、

彼女を柔らかく受け止めた。


「···!」


着地には成功した。

だがヘレニアは確信する。


あれは明確に。

敵意を持っている。


男がゆっくり歩いてくる。


「人間の分際で···やるじゃないか」


言葉には嘲りが混じっていた。


「くだらん連中ばかり見てきたが、

ようやく相手になるのが出てきた」


ヘレニアは本能的に危機を感じ、判断した。


今は戦う時じゃない。

背後で倒れている二人を連れて離脱する。


ヘレニアはすぐ腕を伸ばした。


「ノックバック!」


短い魔法命令とともに、

強烈な風の波動が爆ぜるように押し出された。


異様な存在は一度押し戻され、

距離が開いた地点で姿勢を立て直す。


「···!」


遠くで闇の気配がうねった。


「闇の鎖」


ギャアアッ!

裂けるような音波とともに、

黒い魔力で編まれた鎖がヘレニアへ飛ぶ。


「ストーン・ウォール!」


ドン!!


足元から盛り上がった巨大な岩塊が、

鎖と衝突して受け止めた。


ヘレニアは短く息を整える。


「筋力強化」

「敏捷強化」

「集中強化」


黄色、緑、赤の魔力が、

彼女の全身を包んで閃いた。


光が沈むと、

ヘレニアの身体は完全な戦闘態勢へ移行していた。


異様な存在が石壁を粉砕し、再び突進する。


ドォン!!


男を包む蒼い魔力が、

地面を砕きながら暴れた。


だがヘレニアは流れを読む。


「···見える」


乱れた波長の中に、

赤く光る弱点が一点。


ヘレニアは両手を伸ばした。


「ライト・ブレット!」


ダダダダダダダダダ!!


空中に数十発の光弾が散って降り注いだ。

機関銃みたいに途切れず、赤い一点だけへ集中する。


弾丸が魔力を裂き、

防壁を揺さぶり、

全身を切り刻むように襲いかかったが――


「···やっぱり」


男は大きくは揺らがない。


ヘレニアは次の手を即座に切る。


「スモーク・ヴェイル!」


ボン!!


一気に広がる煙幕。


その隙。


ドン!!


ヘレニアの蹴りが男の胴へ突き刺さった。

強化された肉体が生む衝撃は、鉄みたいに硬い。


続けて二撃目。

身体を回転させ、さらに――


その瞬間。


「···!!」


視線が正確に交わった。


怒りでも殺意でもない。

獲物を面白がる、狩人の目。


「···ひっ」


ヘレニアの背筋がぞくりと冷えた。

一瞬で距離を取る。


指先はもう魔法陣を描いている。


異様な存在は、両手をゆっくり開いた。


そして

その指先がヘレニアへ向いた瞬間。


ドォォォォン···!!


空が落ちてくるみたいな魔力圧が、

彼女を押し潰し始めた。


「···くっ!」


ヘレニアは即座に防御魔法を発動。

直撃は防いだ。


だが。


圧は一方向じゃない。

四方から覆い被さる、全方位の重さ。


「···退く隙もない···」


その時、男の声が響く。


「遊びは終わりだ」


重く、断じる口調。

裁きを下すみたいに冷たい。


ヘレニアは歯を食いしばり、

残った力を引き出して耐えた。


だが重さは、

彼女をそのまま地面へ押し込んでいく。


「う···ぁ···!」


全身が泥の中へ引きずられる。

地面が裂け、

魔力が身体をねじ伏せた。


その瞬間。


どこかで妙な気配。


「···?!」


何かが、

男の魔力を吸い込んでいる。


魔力がねじれるように曲がり、一つの方向へ流れ始めた。

異様な存在が、その方向へ一瞬だけ視線を向ける。


その僅かな隙。


「今···!」


ヘレニアは圧をほどき、

身体を捻って間合いを開けた。


「はぁ···はぁ···」


膝をついたまま、荒く息をする。


「···いったい···あの力は···」


ヘレニアは自分に隙を作った“何か”を探し、

周囲を見回した。


そして。


視界に入ったもの。


「···あれは···!」


黄玉みたいに光る眼。

巨大な緑の鱗。

締まった質感の皮膚。


人間が近づけないと語られる、

周辺界のどこかに棲む存在。


数多の探索者の中でも、

ごく一部だけが目撃したという伝説。


「···マッド・ドラゴン?」


その生物が、

目の前に現れていた。


異様な存在の視線が切り替わる。


今やその目はヘレニアではなく、

マッド・ドラゴンへ向いていた。


「これは···随分とうまそうだな」


ドラゴンは舌なめずりするみたいに、

重い息を吐き、ゆっくり頭を上げた。


蒼い魔力の主が宙へ浮かぶ。

そして両手をゆっくり持ち上げる。


短い静寂。


男が手を振り下ろした。


ドォォォン!!


さっきヘレニアを押し潰した圧。

今度はマッド・ドラゴンへ直撃した。


「グゥゥゥ···!!」


巨体が、じわじわと沼へ沈み始める。


だがマッド・ドラゴンも、

簡単に折れる相手じゃない。


「グルルル···」


泥がぶくぶくと沸き、

次の瞬間、四方へ噴き上がった。


何十本もの巨大な泥柱が、

宙に浮く異様な存在へ襲いかかる。


ドン!!

ガキッ!!


身体を包み、押し潰す泥。


だが、直後。


ドォォォン!!!


泥が爆ぜるように弾き飛んだ。


蒼い魔力はまったく衰えない。

男は再びドラゴンへ突進しようとした。


その時。


遠方から光弾が降り注いだ。


「ライト・ブレット!!」


ヘレニアだ。


ダダダダダダダ!!


数十の光の欠片が軌跡を描き、

男へ飛ぶ。


防壁に阻まれ直撃はしないが、

動きを止めるには十分だった。


「···ふん」


異様な存在が彼女を睨み返す。


「邪魔だ!」


男が片手を伸ばすと、

強烈な魔力波が飛んだ。


だがヘレニアはすでに魔法陣を組んでいた。


「ポイント・テレポート!」


サァッ――


ヘレニアの姿が煙みたいに消える。


次の瞬間。

男の背後へ現れた。


「フレイム・ソード」


手に燃える炎の剣が形作られる。

ヒュッと音を立て、そのまま――


ドン!!


防壁を張る前に、

狙い通りに突き立てた。


異様な存在は衝撃に煽られ、

地面へ落ちる。


「はぁ···はぁ···」


ヘレニアは息を整えつつ、

下から立ち上る異質な気配へ視線を落とした。


「···何だ、これは···」


ドォォォォン!!!


凄まじい咆哮とともに、

マッド・ドラゴンのブレスが嵐のように吐き出された。


狙いは、地面に落ちた男。


炎とエネルギーの波が地面を舐め、爆ぜ広がる。


ドォォォン!!


視界が燃える残光に塗り潰され、

ゆっくりと晴れていく。


ヘレニアは即座に男を捉えた。


男は地面の上に静かに立っていた。

口元に薄い笑み。


そして上空。

彼女を見下ろす。


「···!」


ヘレニアは反射的に防御姿勢を取る。


男が再び手を上げようとした、その瞬間。


「···?!」


バチッ!!


突然走る赤いスパーク。


男の手首から始まった赤い閃光が、

一瞬で全身を覆い始めた。


「う···ぐっ?!」


異様な存在は両手で頭を抱え、

空へ向けて叫んだ。


「アアアアアアアアアアア!!!」


「くそ···まだ···

俺は···!」


赤い閃光が嵐みたいに噴き上がり、空間を歪める。

制御を失った魔力の暴走。

膨らむ赤い波動。


「···危ない」


ヘレニアは、魔力の流れが完全に制御不能へ入ったと察した。


パァン!!


目が焼けるような光が戦場を覆う。


「くっ···光が···!」


ヘレニアは目を覆い、膝をついた。

短く目を閉じ、開いた時――


「···いない」


さっきまで暴走していた存在は、消えていた。


代わりに。


その場に、銀髪の少年が

うずくまって倒れていた。


「···最初に私が来た時···

骨竜と戦っていた子···」


ヘレニアは言葉が続かなかった。

混沌と魔力の渦、血と殺気。

その中心にいたのは結局、この少年だった。


そして冷静さを取り戻した時、

別の脅威が遅れて蘇る。


「···そうだ。ドラゴン」


マッド・ドラゴンを探して周囲を見回す。


だが。


ドラゴンも見当たらない。


「···消えた?」


ヘレニアはゆっくり地へ降り、

瓦礫の間を歩いて、ある一点で止まった。


そしてすぐ、その方向へ駆け出す。


「···よかった」


安堵の息が漏れた。


そこには、

あらかじめ魔法で作っておいた土の構造物。


戦闘前に彼女が一時的に退避させておいた、

二人の冒険者――アイラとモネロが、その中で静かに横たわっていた。


二人はまだ意識を戻していないが、

呼吸は安定している。


「···命に別状はない」


ヘレニアはゆっくり、だが重く歩き直す。


視線は少し離れた場所。

うずくまる少年。


ライネル。


「···この子が、

さっきの存在を呼び出したのか」


彼女はしばらく、その小さな背中を見つめた。


そして静かに手を上げ、

魔力の剣を召喚する。


サァッ。


剣先がライネルを指した。


「···念のため。

今のうちに処理した方がいい」


腕が高く上がり、

炎の刃が光を吐きながら落ちようとした瞬間。


ウゥゥン···


「···?!」


ライネルの下半身の下で、

空間が渦を巻き始めた。


次元がねじれ、歪み、

彼の身体が少しずつ引き込まれていく。


「···!!」


ヘレニアは反射的に

剣を強く振り下ろした。


だが。


刃は届かなかった。


裂け目はゆっくり閉じていき、

最後の瞬間。


小さなトカゲが一匹、

ライネルと一緒にその中へ吸い込まれていった。


サァ···


裂け目が完全に閉じた。

空間は再び静けさを取り戻す。


ヘレニアは無言で、

その場を呆然と見つめた。


静かだった。

あまりにも静かだった。


さっきまで全てを呑み込むように渦巻いていた魔力、

血と狂気、殺気と衝突の痕。


それらは全部、

夢みたいに消えていた。


「···私は何を見たの」


ただの魔力暴走じゃない。


あの子が抱えているのは、

人間の枠の外にある何かだ。


ヘレニアの指先が、かすかに震えた。


土の塊の向こう、

静かに横たわる二人。


アイラとモネロ。


ヘレニアは慎重に近づき、アイラの脈を取る。

次にモネロの呼吸を確かめた。


彼女は二人のそばに膝をつき、

村へ戻るための詠唱が刻まれたスクロールと帰還石を取り出す。


光が床を伝い、

周囲の空気が小さく揺れ始めた。


そして。


三人のシルエットは、

ゆっくりと霧の中へ溶けていった。


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