68. 完璧なチーム (かんぺきなちーむ)
「うっ···」
頭痛に耐えるように、ライネルは頭をきつく抱えていた。
何かを押さえ込むみたいに額を押さえ、俯く。
彼を見つけたアイラとモネロが駆け寄る。
「無事で···本当によかった」
ライネルは息を整えながら、ゆっくり顔を上げた。
だがまだ意識がはっきりしないのか、返事がすぐ出てこない。
数時間前。
骸骨たちが一行を襲い、湿地の下へ引きずり込もうとした時だった。
「どけ!!」
モネロは拳と蹴りで骸骨を砕き、倒し、
どうにか空間を作っていた。
反対側ではアイラも、
精霊石の力を借りた風の魔法で接近を辛うじて凌いでいた。
精霊石がウィン、と光り、
彼女を中心に風が渦を巻く。
その瞬間。
遠くない場所で、赤い閃光が走った。
二人は同時に視線を向ける。
「······!」
そして、ライネルの気配が
一瞬で消えたことを二人は感じ取った。
「ライネルが危ない!」
アイラが叫ぶ。
その直後、
凄まじい魔力の嵐が湿地帯へ広がった。
ドォォォン!!
魔力の渦が周囲を叩き、
地面がうねり、泥が跳ね上がる。
アイラとモネロもその嵐に呑まれ、
小さな打撲を負った。
「くっ···!」
「くそ、なんだこれは···」
泥を突き破って噴き上がる魔力が、
湿地全体を揺さぶっていた。
ようやく収まったかと思った、その時。
砕けた骸骨の残骸は、再び沼へ吸い込まれ、
また組み上がるように再生して、襲撃が続いた。
「あー、くそ···」
モネロは眉をひそめて吐き捨てる。
「いつまでこんなの繰り返す気だ···」
彼はまた拳を叩き込み、
うんざりした顔を隠さなかった。
「いやぁぁっ!! ほんと無理!! 終わらないじゃん!!」
アイラは叫びに近い声を上げた。
骸骨自体の威力は大したことがない。
だが――
「数が多すぎるの!!」
彼女は精霊石を高く掲げ、叫ぶ。
「どっか行け!!」
ドン!!
風の魔法が四方へ伸び、
骸骨が数体、泥の上を転がるように吹き飛ばされた。
「はぁ··· はぁ···
それより、ライネルは無事かな···?」
アイラは一瞬手を下ろし、振り返る。
「さっき···魔力の嵐が起きたところ、
あそこ···ライネルがいた場所じゃなかった?」
モネロは黙ったまま、その方向を見つめた。
「···大丈夫だろ。
ライネルは···普通じゃない」
「私たちがやるべきことは···」
アイラは精霊石をもう一度強く握りしめる。
「戻ってくるまで、
少しでも時間を稼ぐこと」
「ローリング・パンチ!!」
モネロが叫んで飛び込む。
体を回転させて突っ込むと、骸骨がまとめて砕けた。
ばらばら。
泥に散った骨片が、
沼へ沈み込むように消えていく。
だが――
「でも、モネロ···」
突然、アイラの声が震えた。
「······?」
モネロが訝しげに顔を向ける。
「なんで、途中で···」
アイラは言葉もなく指を伸ばした。
震える指先が示す先。
「あそこ··· あそこ···」
モネロはゆっくり、
本当にゆっくり振り向いた。
そして
体が固まった。
「···あれ···何だ···」
そこに立っていたのは――
竜の形をしていながら、
巨大な骸骨でできた竜。
骨竜。
死者の骨片で竜の形を成したアンデッド。
動いていない。
それでも、存在だけで圧を放っていた。
アイラは唇を噛んだ。
二人は同時に、本能で危険を察知する。
「とにかく···ここから···」
アイラは荒い息のまま周囲を見回し、
隣のモネロを見た。
ライネルを探して戻ってくるとしても、
今は···!
その瞬間、
湿地の反対側の泥が歪み、
猛獣の姿をした骨の魔物が複数、目の前を塞いだ。
肉食獣の鋭い骨格。
大きく脅威的な牙。
砕けそうな胴体。
なのに動きは不気味なほど速く、滑らかだった。
「···アイラ、もう一回道を作れ」
モネロが言う。
「もう一度···バフを頼む」
断固として、頼れる声。
後ろを守るアイラへ向けた、信頼の混じる声音だった。
だが返ってきたのは、
かすれるようなアイラの声。
「···モネロ···だめ。
魔力が···全部、切れた···」
モネロの目が大きく開く。
「···何だって?」
「こんな時に···」
歯を食いしばり、モネロが低く呻く。
「くそ!! 何が入学試験だ!!」
赤くなった目、怒りで震える顎。
「狂ってる。
学校の連中、受験者を殺す気だろ?!」
拳を握りしめ、
近くの骸骨を泥ごと蹴り飛ばして叫んだ。
「前の入学試験はこんなんじゃなかった!!」
声が裂けた。
「前に受けた試験は、
簡単な実力を見るだけだった···
こんなサバイバルみたいに苛烈じゃなかったんだ!!」
「何が変わったんだよ、学校の連中は···!!」
その瞬間、
猛獣型の骸骨が、
鋭い爪を立てて飛びかかってきた。
口を大きく開け、
暴れる猟犬みたいに覆いかぶさる。
「···終わりか···」
モネロが崩れるように膝をつく。
「···こんな···」
息は荒く、全身は泥と血にまみれていた。
両手にはまだ熱が残っているのに、
目の光は消えかけていた。
その時――
ドォォォン!!
強烈な光の一閃が、空から降り注ぐように落ち、
襲い来るアンデッドを一瞬で貫いた。
「······!」
ぱちぱちっ!
砕けた骨の残骸が、
光の中で粉のように散っていく。
「大丈夫ですか?」
その声とともに、
背後から姿を現した人物。
濃い緑のローブを纏った神官。
彼女は静かな足取りで近づいてくる。
「···あなたたちも、ここへ来たんですか?」
神官リリア。
整った、落ち着いた声。
泥の上でも崩れない姿勢。
彼女はそのまま、膝をついていたアイラへ
静かに手を差し出す。
「立ってください」
アイラは呆然とその手を見つめ、
恐る恐る握り返した。
温かい感触。
異質なくらい澄んで、柔らかかった。
「···本当に···死ぬかと思った···」
目尻に涙が滲む。
それでもアイラは堪え、頭を下げた。
「···ありがとうございます」
リリアは小さく笑い、頷く。
「無事で···よかった」
彼女の背後から、
同行の仲間たちも次々に姿を見せた。
「本当に危なかったね」
「さすがリリア!」
短い言葉が交わされるたび、
絶望の底から引き上げられた息が繋がっていく。
その時、
リリアの仲間の一人がモネロを見て叫んだ。
「···モネロ兄?! 」
モネロはゆっくり顔を上げ、
自分の名を呼んだ男の顔を見る。
「···レン···!」
言葉が続かず、
瞳が揺れた。
隣でそれを見ていたアイラが、首を傾げる。
「レン···?
知り合いなの、モネロ?」
その時、湿地の縁を静かに歩いてきた、別の人物。
濃い金髪をきちんと整えた、
冷えた視線の青年が足を止め、口を開く。
「ええ、もちろん」
彼はリリアのチーム、リンクフォースのリーダー。
エレインだった。
「モネロ兄は···子供の頃に修練していた道場の、先輩です」
「···ふんふん」
モネロは気まずそうに咳払いをし、
視線を少し逸らした。
「···久しぶりだな、レン」
妙にぎこちない口調。
懐かしいのに落ち着かない表情。
レンが嬉しそうに近づき、言った。
「兄さんも今回、入学試験を受けたんですか?
とっくに卒業して、B級になってると思ってました」
「それが···いろいろあって···」
モネロは言葉を濁し、
口元を不器用に引きつらせた。
空気が少し和らぎかけた、その時。
「待って」
黙っていたエレインが短く切った。
「皆さん。再会を喜ぶのはいいですが···」
彼はゆっくり首を回し、言った。
「···先に片付けるべきことがあります」
「え···?」
アイラがきょとんと顔を上げる。
モネロも安堵の息を吐きかけた、その瞬間だった。
危機は終わっていない。
骸骨の群れの残滓。
気配が再び、湿地の奥から膨らんでくる。
リリアが静かに一歩前へ出た。
「お二人は、少し休んで回復してください」
彼女は指先に聖なる魔力を集めながら、低く告げる。
「私たちが相手をします」
続けてエレインがレンを見る。
「レン。しばらく二人を頼む」
レンは目つきを変え、頷いた。
「はい」
光と魔力の流れが、湿地の上をなぞり始める。
リンクフォースのリーダー、エレインを先頭に、
魔法使いのセリンが魔物の走ってくる方向へ
静かに歩を進めた。
「リリア!」
エレインが呼ぶ。
その瞬間、リリアは迷いなく両手を組んだ。
「···聖光の名のもと
インデュアランス(Endurance)!」
聖なる文言が彼女の口から流れると、
手元から散る光が広がっていく。
光は瞬く間にエレインの全身を包み、
その肉体を聖光で纏った。
「じゃあ···行くぞ!」
エレインが吐き、
一切の躊躇なく前へ飛び出す。
がきん!
抜いた剣が、
突進してきた骨の魔物を容赦なく斬り裂いた。
金属を断つみたいに砕ける骸骨。
後ろからついていくセリンは、
ぶつぶつと詠唱を続けていた。
視線は魔法陣へ固定され、
口は途切れず魔力を調律する。
後方で回復していたモネロは、
近くにいるレンへ低く声をかけた。
「···レン。
あの骨ども、沼の力で再生するの、知ってるか?」
レンは頷く。
「もちろんです。
でも、僕たちには神官のリリアがいます」
彼は自信ありげに言った。
「一般の魔法じゃ力を発揮しにくいですが、
聖なる力で抑えれば再生は難しい」
「···そうか。
いい仲間に恵まれたな」
モネロが静かに言うと、
レンは少し笑った。
「モネロ兄も、いい仲間がいるじゃないですか」
「···ああ」
モネロはぎこちなく笑い、顔を逸らす。
その時、レンが意味深な表情で
回復中のアイラを見た。
そしてすぐ、
モネロの顔を見直す。
「······まさか、二人だけじゃないですよね?」
「うん···ライネルっていう、魔法使いの仲間がもう一人···」
モネロはゆっくり続けた。
「さっき···消えた。
俺たちはそこで踏ん張ってたけど···
力が尽きて追い込まれたんだ」
レンは一瞬目を閉じ、頷いた。
「そうでしたか。大丈夫です。
簡単ではないでしょうけど···」
すぐ顔を上げ、言う。
「ある程度は耐えられます」
そして明るく笑って付け足した。
「早く回復して、力を貸してください」
「···もちろんだ。レン、ありがとう」
モネロは頷いて答えた。
「いえいえ」
レンは笑う。
「昔を思い出して、いいですね」
明るい顔でモネロを見るが、
モネロの表情はまだ完全には解けていなかった。
どこか硬いまま、
ふっと目を逸らすように顔を背ける。
「フルディウム(Fludium)!」
その瞬間、
リンクフォースの魔法使い、セリンの長い詠唱が終わった。
魔法名とともに、
空色の魔力が地面へ広がり、
巨大な波動が立ち上がる。
広範囲の水属性魔法。
質量を伴う、強烈な奔流。
続けて補助魔法。
「フライ(Fly)!」
エレインは跳ぶと同時に空へ舞い上がった。
その瞬間、
セリンの魔法が爆ぜるように発動する。
ドォォォォォン!!
爆発的な水流が、湿地帯の前方を薙ぎ払った。
絶え間なく押し寄せる波の中で、
無数の骸骨が粉のように巻き上げられ、
遠く、遠くへ流されていく。
「ふぅ···」
セリンは額の汗を
袖で拭いながら呟いた。
「とりあえず···綺麗に掃除した···」
その時、
エレインがゆっくり地面へ降り、
セリンへ手を差し出した。
「さすがだ。素晴らしい魔法だよ、セリン!」
「なに。これくらい···」
セリンは照れくさそうに笑い、
軽くハイタッチで応えた。
激しい戦いの中、
ほんの僅かだけ息を整えられる時間だった。




