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66. 幻影 (げんえい)

魔族は瞬時に身を後ろへ跳ばし、

リビエンとの距離を無理やり引き離そうとした。


射程の外へ出た――そう判断した瞬間。


背中に、冷たい何かが掠めた。


「おや。……また会いましたね〜?」


聞き覚えのある声。


背後から届いたリビエンの言葉に、

魔族は跳ねるように振り返った。


「くそっ……! どうなってやがる!!

お前、正体は何なんだ!?」


確かに目の前にいたはずのリビエンが、

いつの間にか自分の背後に立っている。


魔族が振り抜いた刃はリビエンを狙った。

だが、裂けたのは――やはり自分の背中だった。


(近接じゃ話にならない……!)


危機を悟り、魔族は魔力を引き上げ、術式を組む。


「ガトリング・ファイア!!」


両手を交互に振り、

小さな火炎弾を連続で撃ち出した。


機関銃のように、

数十の火花がリビエンへ降り注ぐ。


ばきっ、ばばばきっ――!


だが。


リビエンの身を包む

小さな円環の光が、火炎をすべて呑み込んだ。


「……何だ? 火が……どこへ……」


魔族は息を呑んだ。


生きるために必死で火を撒いたのに、

一切の手応えがない。


そこでようやく理解する。


今の自分は、狩る側じゃない。

狩られている。


「いったい……どうなってる……」


魔族が呟き、

無力化される現実を睨みつけた、その時。


リビエンは手を払うように、ぱんぱんと軽く叩いて言った。


「終わりましたか?」


「な……何を言って……!」


魔族が声を荒らす。


リビエンは柔らかく微笑み、

ゆっくりと手を持ち上げた。


「では……始めましょう。

あなたのためのセレナーデ。聴いてくださいますよね?」


その瞬間。

魔族の周囲に、小さな円環の光が一つ、また一つと生まれた。


すっ……すっ……


数は増え続け、

魔族を中心に輪を描くように浮かび上がる。


「こ……これは……何だ……

いくつ作る気だ!!」


不安に震える声。


「おやすみなさい〜」


リビエンの短い挨拶と同時に、

円環の光が一斉に反応した。


そしてそこから放たれたのは――

さっき魔族自身が撃った火炎弾だった。


「うあああああああっ!!!」


炎が容赦なく魔族を呑み込み、

身体は瞬く間に火だるまになる。


じゅううう……


肉の焼ける音。


魔族は叫び、

その身体は灰のように崩れ、風に散るみたいに消えていった。


リビエンは燃える炎を静かに眺め、

小さく拍手して頷いた。


「良い演奏でした。

名もなき魔族よ。あなたの音を聴けて……楽しかったです」


彼は懐からスクロールを一枚取り出し、

慎重に掌の上で開く。


静かな迷宮の中心で、

次の何かを準備するように――

リビエンの表情には余裕が残っていた。


光がリビエンを柔らかく包み、

次の瞬間、彼の姿が掻き消える。


現れたのは、

ピナとピアのいる場所だった。


「遅い」


ピアが腕を組んで言う。


「ああ、ちょっと……演奏を聴いていたら、つい夢中になりまして〜」


リビエンは平然と笑った。


「ほんと、趣味が独特だよね」


ピナがため息をつくように言う。


「ははは。お二人も一緒に聴けたら良かったのに〜?」


「私はそんな変態趣味じゃない!」


ピアは勢いよく手を振って拒否した。


その瞬間、リビエンの視線が床へ落ちた。


「ところで……この場所の調査は、どの程度?」


ピナは床に何かを書いていた手を止め、

ゆっくり立ち上がる。


「迷宮の出口は三つ。

道をちゃんと辿れば、一時間以内に脱出できる」


「それと、私たちと一緒にこの迷宮へ入った冒険者は……

だいたい二十人くらいだと思う」


「では、四〜五チームほどですね」


リビエンが頷く。


ピナが短く聞いた。


「冒険者も処理する?」


その時ピアが、別のスクロールを取り出してリビエンに渡した。


リビエンは受け取り、ゆっくり首を横に振る。


「いいえ。

魔族ならともかく、ただの人間なら手間をかける必要はありません」


「こちらに悪意がないなら……

しばらく、時間でも潰しましょう〜」


言葉の最後で、リビエンは目だけで笑い、迷宮の壁を見回す。


「それにしても……魔族が王国冒険者に紛れているとは、興味深いですね〜」


ピナが静かに言った。


「正体を隠して動いてる魔族が、学校には……何人いるんだろう」


リビエンは親指と人差し指を軽く鳴らして答える。


「うーん……

肌で感じるのは……十人前後、ってところですかね?」


「曖昧なの……バードの職業病?」


ピナは納得いかない顔で視線を外した。


リビエンは肩をすくめて笑う。


「ははは。全部言ったら、面白くないでしょう〜」


「お二人は今まで通り、私をしっかりサポートしてくれればいいんです」


三人は一瞬だけ視線を交わし、

また静かな迷宮へ、ゆっくり歩き出した。



「ライネル……どこまで行くつもり?」


アイラは不安げに、ライネルの襟をそっと掴んだ。


「心配するな、アイラ。大丈夫だ」


「ライネルが強いのは分かってるけど……それでも、深く入りすぎじゃない?」


「アイラ、そんなに骸骨が嫌いなのか?」


「違うよ……ただ……

薄気味悪いじゃん。ここ、人間界じゃないんでしょ?」


「何が起きるか分からないし……」


その時、ぱきっ。


何かが砕ける音が響いた。


「モネロ!」


二人が音の方を向くと、

モネロの拳で粉々になるスケルトンが見えた。


「……悪い。静かに通るつもりだったんだけど、急に地面から出てきてさ」


「地面から……?」


「きゃあああっ!!」


突然の悲鳴。


アイラの足首を、地面から伸びた骸骨の手ががっちり掴んでいた。


「触るな!!」


アイラは驚く間もなく、

反対の足で骸骨の手を踏み抜いて砕いた。


ぱきっ。


砕けた手は粉になって散る。


それを見たライネルとモネロは、

口を少し開けたまま、舞う粉を一瞬だけ見つめた。


「は、早く! 早くここを出よう!」


アイラが焦った声で促す。


だが、その焦りを嘲笑うかのように――

沼の表面からスケルトンが、うじゃうじゃと湧き上がり始めた。


「まずい!」


無数のスケルトンが泥の中から這い出し、

ライネル、アイラ、モネロ――

三人の位置を完全に分断する。


そして、合図もなく。

膨大な数の骸骨が、それぞれへ一斉に襲いかかった。


「アイラ! モネロ!」


「き、気持ち悪っ!!」


「邪魔だ、骨ども!!」


三人の叫びは、

泥と骸骨の渦の中へ呑まれ、遠ざかっていく。



「う……ここは……」


闇の中で、ライネルがゆっくり目を開けた。


身体の下にあるのは、

冷たく、ざらついた床。


それ以外、何も掴めない。


「……アイラ! モネロ!!」


ライネルは手を伸ばし、見えない壁を探りながら呼びかけたが――


返事はない。


沈黙。


その中で、どこかから


ぽと……ぽと……


間欠的に落ちる水滴の音だけが耳に入る。


どこから来る音か。

どれほど離れているのかも分からない。


ライネルはその音を頼りに、静かに歩き出した。


前はまだ真っ暗だ。

だが手足も、耳の先も、感覚を尖らせる。


床の質感。

空気の湿り。

僅かに変わる音の向き――


すべてを手探りで、慎重に進んだ。


やがて、どこかから淡い光が滲み始める。


「……光?」


ライネルは手を伸ばし、

その微かな光が漏れる場所を、そっと押した。


すうっ。


次の瞬間、ざあっ――!


眩い光が一気に溢れ、全身を包んだ。


「くっ……!」


ライネルは反射的に腕で目を覆う。

急な光に、目の奥が痛んだ。


しばらくそうして、

光が落ち着く気配を感じてから――


ゆっくり腕を下ろし、目を開いた。


そして。


「……これは……」


今までの陰湿で、粘ついた沼とは――

まるで違う景色が広がっていた。


柔らかく差し込む陽光。

風に揺れる草と花。

さらさらと鳴る葉の音。


美しく澄んだ平原。


ライネルは無意識に呟く。


「ここは……どこだ……」


その時。


川の向こう、遠くに――

人影が、薄く見えた。


シルエットだけで、妙に引き寄せられる気配。


ライネルは無言で、そちらへ歩き出す。


距離が縮まった頃、

その存在がゆっくり顔を上げた。


だが顔は見えない。

淡い光が、隠すように纏わりついている。


神秘的で、どこか不気味な姿。


その存在は何も言わず、

静かに片手を差し出した。


ライネルは一瞬ためらい――

それでも、その手を取った。


そして導かれるまま、しばらく歩いた。


辿り着いたのは、

広大な大地の上にただ一つそびえる巨大な教会。


静けさの中で、その存在は

安心しろとでも言うように小さく頷き、

扉を開け、ライネルを中へ招き入れた。


教会の中は、眩い光で満ちていた。


天井を見上げた瞬間――

ライネルは息が止まるような感覚を覚えた。


「……これは……」


天井には、無数の絵が荘厳に描かれている。


その中でも、四枚の絵が

ひときわ鮮明に目へ飛び込んできた。


一枚目。

闇の中、角のある存在が

人間へ赤く光る石を手渡している。


二枚目。

赤い石を受け取った人間が、

それを五つに割り、別の五人へ配る姿。


三枚目。

石を受けた者たちが、

それぞれ別の方向へ散っていく場面。

山へ、川へ、街へ。


そして四枚目。

何かを追う、黒い存在たち。


絵は動いているみたいに生々しく、

圧倒的な色と形に、

ライネルは呆然と見上げたまま固まった。


「……これは……いったい……」


その時。


外が騒がしくなった。


さっきまでの穏やかさが、嘘みたいに反転する。


「うわああああっ!!」


悲鳴。

そして何かが砕ける音。


ライネルは反射的に教会の扉へ駆けた。


扉を開け、外を覗いた瞬間――

目が大きく揺れた。


「……なんだ……これ……」


美しかった草原が、

一瞬で炎に包まれ、揺らめいている。


どこから現れたのか、人々が混乱し、逃げ惑っていた。


一人が必死に走ってきて、

ライネルのすぐ目の前まで迫る。


「危ない……!」


ライネルは驚いて身をすくめたが――


その人影は、ふっと。

彼の身体を通り抜けて走り去った。


「……?!」


ライネルは息を呑んだ。

胸に手を当て、呟く。


「……俺を……通り抜けた……?」


現実なのか、幻なのか。

感覚が薄れていく。


だが次に映った光景は、さらに酷かった。


ぱちぱちっ――!


黒い気配を纏った存在が手を伸ばすと、

その先から立ち上がった炎が、人々を無残に呑み込んだ。


「ぎゃあああああっ!!」


叫び。

肉の焼ける音。


ライネルは一歩、後ずさる。

足元まで揺らぐようだった。


そして――


黒い存在たち。


全身を包む闇。

頭上に突き出た角。


獲物を狩るように、ゆっくり歩みを進め、

教会の前まで迫ってくる。


「……来る……」


ライネルの瞳が震えた。


黒い存在たちの視線が――

今、確かに自分へ向いていることを、身体が先に理解していた。


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