62. チーム・モネロ (ちーむ・もねろ)
「チーム・モネロ!」
「……は?」
ライネルが目を細めた。
「チーム・モネロだって!」
モネロが堂々と言い切った瞬間、
ライネルとアイラの顔が同時にしかめっ面になる。
「いや……どんなチーム名なの、それ……」
アイラが呆れたように言った。
モネロは肩をすくめ、さらに胸を張って叫ぶ。
「俺が受付した!
俺がリーダーだ!
俺が……最強になるんだから!!」
拳を握りしめ、広場に向かって声を張り上げた。
「来た連中みんなに知らせてやるんだ、モネロって名前を!!」
「あ〜もう……ほんと止められないな」
ライネルは笑って首を振った。
「ライネル、これ笑ってるの?」
アイラが睨みつける。
「ダサすぎでしょ、モネロって……。私なら、チーム名は……」
「まあ、いいじゃないか」
ライネルがモネロの肩に手を置いて言った。
「モネロリーダー、これからよろしく」
その様子に、アイラは呆れたように頭を振る。
「二人とも……まともじゃない……」
冗談めかして涙を拭う仕草をしてみせた。
◇
広場の片隅。人波から外れた静かな区画。
影の落ちる塀際へ、リビエンが視線を向けた。
「ピナ、ピア。ちょっとだけ」
双子を立ち止まらせたリビエンは、
慣れた足取りで影の中へ踏み込んだ。
そこには三人の人物が、静かに彼を待っていた。
先に着いていた気配。
闇の中で、静かに――しかし重たい気配を放っている。
「お久しぶりです〜。
やっぱり、あなたたちも来てたんですね!」
リビエンは余裕の笑みで挨拶した。
だが空気は、ぴんと張り詰めていた。
その瞬間、三人のうち一人が前に出た。
鋭い耳を持つエルフの魔法使い。
フェイオだった。
「不快な仮面は外せ、リビエン」
冷えた声とともに、
ワンドがゆっくりリビエンへ向けられる。
リビエンはその視線を受けて、くすりと笑う。
「おっと。僕、近づき方が早すぎました?
今は……僕ら、敵じゃないでしょう?
そこまで警戒されると、さすがに寂しいです」
フェイオの目は冷たく光った。
「舐めるな。リビエン」
語尾が硬く突き刺さる。
だがリビエンは、それすら楽しむように首を傾げた。
「はは……そうだといいですね。
そのほうが、きっと面白くなる」
その言葉に、フェイオがさらに一歩詰める。
「気色悪い笑い方すんな。
本気で首、落とすぞ」
その隙にリビエンは、
壁にもたれている男を見つけた。
「初めて見る顔ですね……。もしかして、新しいメンバーですか?」
ユイスは黙ってリビエンを見返し、
二本の指を上げて静かに挨拶した。
そして最後に残っていた一人が前へ出る。
赤いマント、腰に二対の短剣。
「クラミシュの槍」のリーダー、ルイドアンだった。
低い声でリビエンに言う。
「ここまで来た理由は?」
するとリビエンは、何でもないように背後へ目をやりながら言った。
「いえ、別に。
ただ……久しぶりに皆さんの顔が見たくて」
それから一瞬、フェイオに視線を止め、
落ち着いた声で続ける。
「せっかくなら笑顔で別れたほうがいいでしょう?
今は、互いに刃を向け合う場所じゃありませんから」
その言葉は、まるで
「今は」という条件付きの警告に聞こえた。
フェイオの眉がわずかに動く。
ユイスはその気配を察して、少し目を細めた。
「…………」
リビエンは軽く会釈し、言う。
「おっと、仲間が待ってるので〜。
それじゃ、また次の機会に〜」
そう言って、ゆっくりと光のほうへ歩き出した。
その背中を見送りながら、
フェイオは歯を食いしばって吐き捨てる。
「胸くそ悪い奴……絶対に許さない……」
フェイオの瞳には、冷めない怒りが宿っていた。
目の前で余裕を見せるリビエンの態度は、
彼の自尊心を真っ向から踏みにじったも同然だ。
背後にいたユイスが、淡々と口を開く。
「あの人……どうしてわざわざ、必要もないB級冒険者を狙うんですか?」
単純な問いに見えて、
その奥には鋭い疑問が潜んでいた。
すると影の中から、重厚な低音が響く。
「通行証だろう」
今度はルイドアンだった。
短剣の位置をゆるく整えながら、顔を上げて言う。
「王都冒険者学校の通行証は、情報へのアクセス権とも繋がってる。
特に、後ろに貴族がついてる連中はな」
ユイスが頷き、問い返す。
「じゃあ……僕たちみたいに?」
「そうだ」
ルイドアンは断ち切るように言った。
「あいつも結局、同じものを追ってるってことだ」
フェイオが歯を食いしばって言う。
「甘く見るな。
軽くてふざけてるように見えても……
一度しくじったら終わりだ」
ルイドアンは無言で人差し指を唇に当て、
静かに沈黙を保てと合図した。
少しして、彼は小さく息を吐く。
「お前は最後に合流した。まだよく知らないだろう、ユイス」
ルイドアンの眼差しが、暗い記憶を辿るように深くなる。
「あの仮面の吟遊詩人は……
想像よりずっと、危険な男だ」
短い沈黙。
その中でユイスは、意外なほど明るい調子で続けた。
「へえ〜、それは楽しみですねえ。
ハーフエルフに、バードに、貴族のお嬢さんたちに……」
短剣をすっと抜き、わずかに笑う。
「今さらですけど……
皆さんと一緒に動くことになって、本当に正解だったみたいです。
面白いことが多すぎますし。
楽しみですよ……とっても、とっても」
その言葉に、フェイオとルイドアンは妙な視線を交わした。
「……そろそろ出るか」
ルイドアンが淡々と言うと、
三人は無言で影を抜けた。
光と闇の境界。
広場の喧騒へ、
静かに溶けるように消えていくその姿は、
嵐の前の静けさそのものだった。
◇
「はぁ〜、腹いっぱい……」
広場へ戻ったライネルたち。
モネロは腹を叩いて満足そうに言った。
アイラは伸びをして、周りを見回す。
そのとき、王国冒険者学校の関係者が壇上に上がり、
書類を一枚ずつめくりながらチーム名を呼び上げ始めた。
「チーム・リンクフォース!」
呼び声が響くと、
瞬く間に広場の視線が一点へ集まった。
「やっと呼ばれたか……」
「相当強いんだろ?」
「ヘレニアに直々に教わったって?」
「羨ましい……」
ひそひそ声が、広場のあちこちで広がる。
そのざわめきの中、
モネロは黙ったまま拳を握りしめた。
「……レン」
短く呟くその眼には、
押し込めた感情が滲んでいた。
リンクフォースと呼ばれた者たちは、
区画ごとの引率者に導かれ、そのまま移動していく。
そしてしばらくして――
「チーム・クラミシュの槍!」
別の呼び声。
重く沈んだ空気をまとった四人の男が、ゆっくり前へ出た。
その中でもひときわ目を引く存在。
金色の長髪。
長いワンドを抱え、無表情のエルフ。
遠目には男女の区別がつきにくいほど中性的だが、
骨格を見る限り、男だと分かる。
ライネルが小さく訊いた。
「アイラ、前に見たエルフって……あの人?」
「たぶん。
王国で純血のエルフって、滅多に見ないし……」
「え? お前もエルフじゃなかったっけ?」
モネロが不思議そうに訊く。
「私はハーフエルフ。
半分は人間だから、人間社会にも普通に混ざって暮らせる。
でも純血のエルフは……それが難しいって聞いた」
「なるほどな。
確かに、俺が初めて見たエルフはお前だったし……
純血は、あいつが初めてだ」
モネロは頷き、視線を戻す。
「耳が鋭くて長いな。
かなりの実力者に見えるけど……どんな魔法を使うんだ?」
ライネルも何か引っかかったように、
エルフの動きを目で追った。
そしてしばらくして――
彼ら全員が、見覚えのある誰かの姿を見つける。
「チーム・漆黒の歌!」
広場に再び響く呼び声。
先頭にリビエン、続いてピナ、ピアが姿を現した。
「リビエンさんのチームなんだ……」
アイラが小さく言った。
その瞬間、リンクフォースのときと同じような、
妙なざわめきがもう一度広がった。
低く小さな声。
「え……あの人たち、そんなにすごいのか?」
アイラは口元を押さえ、そっと呟く。
そして隣のモネロをとんとんと叩き、慌てて訊いた。
「モネロ、モネロ! あの人たちのこと、知ってるって言ってたよね?」
モネロは瞬きをして、頷く。
「ああ、まあ……噂くらいは。
南じゃ、やたら有名なチームだからな」
少し間を置き、苦笑して付け足した。
「さっきは冗談で変態だの何だの言ったけど……」
「……そこまで有名なの?」
ライネルも興味深そうに首を傾げる。
するとアイラが不思議そうに言った。
「でも、そんな人たちがどうして……
私たちと同じランクなの?」
少しの沈黙。
そしてモネロが真面目な顔で口を開いた。
「王都以外じゃ、何をしようがB級に上がれない」
「……え?」
「ここ、王都で評価を受けて、
国王に“直接”認められて、はじめてB級になれる」
「ほんと?」
アイラは驚いた顔でモネロを見た。
「じゃあ王都に来なかったら、
どれだけ強くてもB級になれないの?」
「そうだ」
モネロはきっぱり頷く。
「だから地方で名の知れたチームが、毎年こうやって王都に集まるんだ」
アイラは少し黙って、
また好奇心いっぱいの目で訊く。
「じゃあさ、B級になると、C級と何がそんなに違うの?」
「それは東部の立ち入り禁止区域が――」
「チーム・モネロ!」
「はーい!」
明るく澄んだ声。
アイラが目を輝かせて手を高く上げ、
にこにこしながら前へ出ていった。
その瞬間、言葉を切られたモネロは、
深いため息をついた。
「……はぁ」
「なんで今このタイミングなんだよ……」
独り言みたいに呟いて首を振るモネロは、
ライネルと一緒にアイラの後を追う。
王都広場の中心。
高い壇上に、一団が姿を現した。
冒険者志望、貴族の子弟、商隊の後継者まで――
視線が自然とそちらへ吸い寄せられる。
現れた者たちは灰色のフードを深く被り、
顔の半分を隠していた。
奇妙な静けさ。
そしてその中央。
赤いマントをまとい、
後ろで髪を整えて結んだ赤髪の女性が、
ゆっくり前へ出た。
その存在感は、壇上の他の者たちとは次元が違った。
彼女が姿を現した瞬間――
広場のあちこちで小さなざわめきが弾ける。
「まさか……あの人……」
「本当か? あの方が直々に?」
「入学試験にしても、さすがに……」
目つきが変わる。
声は低いのに、気配だけがはっきりと変わっていく。
ライネルとアイラは本能的にその女性を見つめた。
「モネロ、あの人って……」
「……たぶんな」
短い返事。
だがモネロの表情には、固い緊張が張り付いていた。
「ヘレニア?」
「あの女がそうなのか」
「別に強そうに見えないけど?」
「……一回やってみたいな」
広場のあちこちから、いろんな声が混ざって飛ぶ。
一人、二人――
誰かは囁き、誰かは無謀な挑発を漏らす。
ライネルはゆっくり顔を上げ、
壇上の赤髪の女性を見た。
その瞬間だった。
視線がぶつかる。
一瞬だけ、目が合った二人。
「……っ!」
ライネルはびくりとして、慌てて視線を逸らした。
(びっくりした……まさか、俺を見たわけじゃないよな?)
胸が小さく、どくんと沈む。
それなのに――
彼女はまだ、ライネルを真っ直ぐ見ていた。
意味の読めない表情。
わずかに上がった口元。
だが瞳だけは、確かにこちらを捉えている。
時が流れ、受付の締め切りが近づく。
ドン――!
ドン――!
ドン――!!
大きな太鼓の音が、広場を揺らした。
受付終了。
一度、二度、三度。
意味を持つ音が、広場の端まで届く。
それと同時に――
壇上のヘレニアの背後から、黒い制服の男が前へ出た。
そして力のある声が響く。
「ようこそ」
「あなた方はこれより――
王都冒険者学校入学のための試験へ突入します」
緊張が締め上げられる。
全員が息を呑んだその瞬間、
男は続けた。
「方式は簡単です」
「……三日間、生き残りなさい」




