61. 集結 (しゅうけつ)
「アイラ〜、何してんの? こんなに時間かかってさ」
モネロがアイラの部屋の扉をノックした。
中からアイラの声が返ってくる。
「ちょっと待って! すぐ出る!」
片隅では、ステイラー子爵とライネルが向かい合って座り、
入学関連の書類を広げて静かに話していた。
表情はかなり真剣だ。
それを見たモネロが二人のほうへ寄って訊く。
「なに? 何がそんな深刻なの、ライネル?」
ライネルは視線を上げて答えた。
「いや、別に……。今回の入学の件で、書類をもう一度確認してるだけ」
「どうせアルゼン様がいるんだろ? じゃあさ、フリーパスじゃん」
一瞬、言葉が途切れてから、ライネルが静かに付け足す。
「…………それでも、念のため」
「え〜? そんなもんもなしで、あの田舎から王都まで送り出したって?」
モネロは信じられないと笑って肩をすくめた。
ライネルは気まずそうに、少し視線を逸らす。
そのとき、扉が開いた。
「待たせたね?!」
ぱっと笑って手を振るアイラ。
華やかに着飾って、明るい表情のまま出てきた。
実用性と洒落っ気が同居した、どこかやりすぎな取り合わせ。
モネロが眉をひそめる。
「アイラ、お前どっか遊びに行くの?」
「え? いいじゃん。
これくらい、動きやすさと美的センスを両方取ったってこと!」
アイラは堂々と言いながら、
スカートの裾をちょんとつまんで、くるりと一回転した。
しゃらり――
動きに合わせて、柔らかく広がる布。
「それに私は、モネロと違って前衛職じゃないでしょ?」
その言葉に――
「……はぁ」
ライネルとモネロは同時に額を押さえた。
ステイラー子爵はその様子を見て、くすりと笑う。
「さあ、出発しよう」
少し緊張が覗いたが、
三人はためらわず屋敷を出た。
◇
王都へ向かう道。
そして、その先に広がる新しい世界。
一歩踏み出した瞬間、
モネロが感嘆の声を漏らした。
「うわ……人、見ろよ。めちゃくちゃ集まってる」
王都中心の広場は、すでにごった返していた。
入学生、商隊、案内役、警備兵……。
足音とざわめきが混ざり、騒がしい空気を作っている。
そのとき、背後から荒っぽい声が飛んできた。
「おい、ガキども。ちょっとどけ」
筋肉質の男が、偉そうに肩を揺らしながら背後から近づいてくる。
黒い戦闘服。
大げさなアクセサリー。
そして無駄にでかい声。
「ここはお前らガキが、ままごとしに来る場所じゃねえんだよ」
無礼な口調に、モネロの目つきが変わった。
「なんだよ、あのオッサン……」
前へ出ようとした、その瞬間――
ライネルが静かに袖をつかんだ。
ゆっくり首を横に振る。
「……先にどうぞ」
その言葉に男は鼻で笑い、顔を背けた。
「フン! 身の程知らずが。青二才ども」
男が遠ざかると、
アイラがため息をついて言った。
「よりによって、広場へ行く道で最初にあんな低レベルに遭遇するなんて……」
うんざりした顔だった。
モネロも食いしばっていたのをほどいて、頷く。
「……よく我慢した、モネロ」
ライネルが低く言った。
アイラも同調する。
「うん。あんな下品なやつに時間取られたくないし」
そのとき――
また後ろから、誰かが嬉しそうに声を上げた。
「ロイネルさ〜ん!」
朗らかな顔に、軽薄な語尾。
「漆黒の歌」のリーダー、
吟遊詩人リビエンが手を振りながら近づいてくる。
その後ろには、並んで立つ盗賊系の双子の少女。
青いリボンのピナ、赤いリボンのピア。
三人は軽く笑いながら、こちらへ近づいた。
「ロイネルさん! またお会いできて嬉しいです!」
リビエンは丁寧な姿勢で、貴族式の挨拶を送る。
ライネルが戸惑ったように顔を上げる。
「え……僕は、ライネルですけど」
するとリビエンは、当たり前みたいに笑顔のまま返した。
「ええ、もちろん! ロイネルさん〜!」
ライネルは口を閉ざした。
隣でモネロが小さく呟く。
「……マジで覚えてないのか、わざとなのか……」
アイラとモネロは口元を手で隠して、くすくす笑った。
そして後ろから、赤いリボンの少女が恥ずかしそうに一歩出る。
「ライネル様……またお会いできて嬉しいです」
自分の名前をちゃんと呼ばれたのが嬉しかったのか、
ライネルは少しだけ表情を和らげて彼女を見た。
その瞬間、
彼女はどうしていいかわからないまま、リビエンの後ろへ身を隠した。
ライネルは不思議そうに彼女を見る。
そして赤いリボンの少女の前に立った男、
リビエンが言葉を切り出した。
「今回、王都冒険者学校に入学されるんですよね?」
「僕たちも同じ予定でして。どうぞ、よろしくお願いします」
彼は握手を求めた。
ライネルも手を伸ばし、その手を握る。
その瞬間、ぱちっと弾ける小さな火花。
ライネルは驚いて手を引いた。
だがリビエンは、何事もなかったように無表情だ。
ライネルが見つめると、
今さら驚いた顔をして言う。
「静電気ですね! 僕とロイネルさん、魂が通じ合ったってことでしょうか?」
おどけた顔で笑うリビエン。
後ろにいたアイラが、好奇心いっぱいの目で前へ出た。
「この人たち、誰?」
ライネルは背後のアイラを一度見て、
それからリビエンへ視線を戻した。
「『漆黒の歌』のメンバーだよ。
その中で、この人はリーダーのリビエンさんで……」
「リビエン……どこかで聞いたことあるような」
アイラは「誰だっけ」という顔で、隣のモネロを見る。
「ふむ、ふむ……」
リビエンが咳払いをして、妙に重みを作る。
「我が名声がここまで知れ渡っていたとは。
人気とは……隠し……き……」
その瞬間――
モネロの大声が広場に響いた。
「王国南部で超有名な変態バードだったっけ?」
口をぽかんと開けるリビエン。
その場で凍りついたように瞬きをする。
ライネルはモネロを見て、慌てた顔で言った。
「モネロ、そんな失礼なこと……」
一方で、アイラは口元を押さえてくすくす笑っていた。
リビエンの後ろにいた双子の少女、
ピナとピアは腹を抱えて笑い出す。
「リーダー、ほんと面白いので有名になったね?」
ひとしきり笑いが過ぎて、
青いリボンのピナが言った。
「遅れます。広場へ急ぎましょう」
その頃、リビエンが服の乱れを整えながら、静かに質問を投げた。
「ところで、今回の入学試験について聞きましたか?」
「毎回変わるって話は聞きました」
ライネルは彼を見て、静かに答える。
「……詳しくは知らない、ということですね」
「まあ、毎回違うって言うしね」
リビエンは頷いて言葉を続けた。
「最近は、ヘレニア様が直々に王宮冒険者学校で指導してくださっているそうです」
そしてすぐ問い返す。
「ロイネル様はヘレニア様をご存じですか?」
「僕、王都のことに疎くて。どんな方なんです?」
「……直接会えば分かるはずです」
ライネルが言葉を控えると、
リビエンは薄く笑みを浮かべた。
「見て! 人、すっごい多い!」
アイラが弾む声で叫んだ。
瞳はきらきらしていて、足取りまで軽い。
モネロは周囲を見回し、
「いよいよ始まるのか」と期待と緊張が混ざった目で広場を見つめた。
「あっち!」
青いリボンのピナが指を伸ばし、広場の端を指した。
そこには、冒険者として最初に登録した場所を基準に、
受付が区画ごとに分けられており、
かなりの人数が列を作っていた。
「順番にお並びくださーい。
チームの代表者お一人だけが、手順に沿って受付を行ってください!」
案内役の声が響く。
「僕は南区画の受付に行ってきます〜」
リビエンが軽く会釈し、のんびりとその場を離れた。
残されたライネルたち。
「誰が行く?」
ライネル、アイラ、モネロ。
三人は同時に顔を見合わせた。
一瞬の静寂――
モネロが拳を握りしめて前へ出る。
「俺が……俺が行く」
「それがいいよ。
モネロは今回が初めてじゃないし、慣れてるでしょ〜」
アイラは悪戯っぽい口調で笑った。
「おい、アイラ! 今それ、俺をバカにしてんのか?!」
モネロが怒鳴るが、
すぐに諦めたように受付のほうへ足を向ける。
「……行ってくる」
そうして広場の片隅のベンチには、
ライネルとアイラが残った。
そしてその隣に、気まずそうに並んで座るリボン頭の二人の少女。
しばし沈黙が流れて――
人懐っこいアイラが先に口を開いた。
「ねえ、あなたたちって、どうやってここまで来たの?」
そう言いながら、アイラは二人の少女を交互に見た。
赤いリボンの少女は唇を動かし、何か言いかける。
だが隣の青いリボンの少女が先に答えた。
「私たち……人を探してる」
「誰を?」
アイラが首をかしげる。
「正確にはリーダーが追ってるけど、私たちはよく知らない」
ピナは淡々と続けた。
「ただ……私たちは、付き合ってるだけ」
「え? どういう意味……よく分かんないんだけど?」
アイラは事情が飲み込めないまま、二人を見つめた。
「それがね……」
青いリボンのピナが慎重に言葉を継ごうとした、そのとき――
「我らが可愛いお嬢さんたち〜!」
突然割り込む、聞き覚えのある声。
リビエンがいつもの軽薄な調子で両腕を広げて現れた。
ピナは反射的に目を見開く。
驚きがそのまま表情に出た。
そしてリビエンの顔を見上げ、そっと頭を下げる。
「……ごめん。今のは……」
するとリビエンは、笑顔のまま答えた。
「構いませんが――慎重さは常に持ってください!」
その笑顔の奥、
かすかに滲む殺気。
ピナは小さく身を震わせ、頷いた。
そのとき、受付を終えたモネロが戻ってきた。
「いや〜、これすげえな?」
凍っていた空気が、彼の声と一緒に少しずつほどけた。
「どうしたの? 何かあった?」
ライネルが訊くと、モネロは肩をすくめて言う。
「いや、別に。
受付で、お前がくれた推薦状だか何だか、それ見せたらさ。
周りの態度が一気に変わってさ」
「え? 推薦状? それ……お前が持ってたのか?」
ライネルがぱちぱちと瞬きした。
推薦状がどうしてモネロの手に渡っていたのか、はっきり思い出せないが――
まあ、とにかく良かった。
ライネルは静かに息を吐き、そう思った。
「ロイネルさん、僕たち、しばしのお別れの時間です〜。
会いたくても、ちょっとだけ我慢してくださいね!」
「いや、それより僕は……ライネルだってば!」
ライネルが声を荒げたが、
お構いなしに「漆黒の歌」の三人は、さっと踵を返して去っていった。
そして――
背後から近づく、妙な魔力の気配。
ただならぬ流れだったが、どこか馴染みがある。
ライネルはその気配を感じ、ゆっくり振り返った。
同時に、三人が声を上げる。
「アルゼン様?!」
手を振りながら歩いてくる見慣れた人物。
アルゼンだった。
「無事に着いたな」
「ここに……どうして……」
ライネルが訊くと、アルゼンがゆっくり笑って言った。
「ボブレ村で、ここで働いていると言っただろう?」
「そ……そうでしたっけ……。
それはそれとして、この広場で会うとは思いませんでした」
ライネルが照れくさそうに言うと、
アルゼンは軽く頷いた。
「無事そうで何よりだ。
三時間後に本格的なテストが始まる。時間までに戻ればいい」
「じゃあ……腹ごしらえでもしてくるか?」
モネロが腹を叩いて笑う。
「よーし、甘いもの探しに出発〜!」
アイラがご機嫌な顔で、先頭を切って歩き出した。
「行ってきます〜」
ライネルは静かに頭を下げ、アルゼンへぺこりと挨拶した。
「きっと良い結果になる。
あまり緊張するな」
アルゼンは広場を離れていくライネルたちに向けて、
軽く手を上げて振った。
歩きながら、
アイラが横のモネロをつんつんとつついて言った。
「ねえ、モネロ。
受付のとき、うちのチーム名とかは聞かれなかったの?」
「うん、聞かれた」
「ほんと?!」
「…………なんて言った?」




