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60. 冒険者学校 ( ぼうけんしゃがっこう)

高くそびえる天井の下、広大な空間。

ステンドグラスが色とりどりの光を注ぎ、陽を受けてきらめいていた。


ここは王都の王宮。


そして中央の玉座。


「ヘレニア、よく来た」


老いた男の、低く威厳ある声。

玉座に座すのは、ル・フェルディアン王国の統治者――アルフェリアン二世だった。


その傍らには、銀の甲冑を纏った王国騎士団長が静かに立っている。

黒いマントの奥の視線が、入ってくる者を最後まで見逃さなかった。


「陛下」


低く頭を下げて進み出る一人の女性。


きっちり後ろで結んだ髪。優雅な佇まい。

整った歩みの一つ一つに、貴族の品格と節度が自然とにじむ。


王が問う。


「準備は順調かね?」


ヘレニアはうなずいて答えた。


「はい、陛下。

今回王都へ入った冒険者たちは、前期よりもはるかに優れた力量を示していると報告されています」


「ははは。実に耳に心地よい」


王は指先で顎を撫でた。満足げな笑みが浮かぶ。


「とりわけ今回は、フレシアン伯爵家の次男が所属するチームへの期待が大きいそうだな」


「はい。エレインを中心とした『リンクフォース』が、非常に優秀な成果を上げております」


王はうなずいた。


「いつもご苦労、感謝している」


「恐れ入ります、陛下。

私はただ、務めを果たしているだけです」


そのときだった。


遠くの扉が、カチャリ――と金属音を立て、白い制服の臣下が中へ入ってきた。

彼は膝をついて礼をし、静かに報告する。


「陛下。準備が整いました」


王は視線を移さぬまま短く答えた。


「分かった」


ヘレニアの目が、ごくわずかに細くなる。

“準備”が何を指すのか、彼女はすでに理解していた。



窓一つない、四方を分厚く塞がれた内部。


重い大理石の壁面には魔力の流れを制御する刻印が彫り込まれ、

床には擦り切れた武器痕が無数に残っていた。


その中心で、三十名ほどの訓練生が忙しく動いている。


「気合!」

「やり直し!」

「隊形が崩れています! 立て直せ!」


声が反響し、武器のぶつかり合う金属音が空気を裂いた。

汗の匂いと魔力の残滓が混ざり、訓練場の温度が一段上がったようだった。


ここは王宮の中でも、ごく少数しか近づけない区画。

そして、その内部に設けられた特別な訓練施設。


王立冒険者学校。


訓練生は全員、各貴族家の出身。

王国で能力と資質を兼ね備えた子弟だけが入学でき、その人数も期ごとに極めて限られていた。


つまり、この学校はただの教育機関ではない。

国家戦力の強化、そして貴族の取り込み。

目的は最初から徹底して政治的だった。


貴族の均衡にひびが入り、王権の立場が揺らぐ今。

国王は各家との結び目を、“教育”という形で結び直していた。


それを統括する人物。


「集中が切れている。やり直し!」


整っていて、よく通る声。

この学校の総責任者――ヘレニアだった。


赤いローブの下には革で固めた戦闘装束。

防具でも魔導具でもない、奇妙な形の道具が腰帯のあちこちに収まっている。


見た目だけなら魔術師。

だが、彼女を平凡な魔術師と呼ぶ者はいない。


異名は――“オールマイティ”。


魔法に限らず、近接戦闘、道具の扱い、生存術、追跡、罠解除に至るまで。

現存するほぼすべての冒険者技能を、実戦レベルで使いこなす戦闘の完成形。


その力量は、学生だけでなく現役の冒険者ですら

“越えられない壁”だと感じるほど確固としていた。


「もっと現場のつもりで動け!」

「外では、その一度のミスで死ぬ!」


怒号が収まると、訓練は整理に入った。

武器の整備、場所の片付け、軽いストレッチ。


号令がなくても自然に噛み合う動き。

積み上げた実力と鍛え抜かれた連携が、そのまま表れている。


そのとき、訓練場を横切って誰かが汗を拭いながら近づいてきた。


「ヘレニア様!!」


人の良い顔立ち、引き締まった体格、力強い足取り。

誰が見ても目を引く人物だった。


ヘレニアが振り向く。


「……エレイン」


名を呼ばれると、男は笑みを浮かべ、目の前で止まった。


「入学前の最後の訓練、全員無事に終えました」


彼の背後でリンクフォースのメンバーが規律正しく並び、

一緒に訓練していた訓練生たちまで自然と整列する。


固く組み上がった一つの陣形。

その中心にエレインがいた。


ヘレニアの視線が、ゆっくり彼の手へ移る。


両手にはめた、赤い意匠のガントレット。

繊細な文様と精密な細工、そして埋め込まれた複数の宝石が殊更に目を引いた。


「そのガントレットの石……魔力石か?」


「あ、はい」


エレインは軽く笑い、手を上げた。


「故郷のポエン村で、父が送ってくれたんです。

最近、領地近くで魔力石の鉱脈が見つかったそうで」


「……フレシアン伯爵の領地で?」


「はい。新しく作らせた装備だと」


ヘレニアはしばらく、そのガントレットを見据えた。

やがて指を伸ばし、赤い魔力石の一つにほんの少し触れる。


「性能は?」


「まだ使い始めて間もないので……正確な評価は難しいです」


エレインはガントレットをいじりながら付け加えた。


ヘレニアが低く呼ぶ。


「……エレイン」


「はい?」


「この魔力石のサンプルを……一つ、もらえない?」


「もちろんです」


彼は迷いなくうなずいた。


「次に家から王都へ人を送るときに、持って来るよう連絡しておきます」


「いい」


ヘレニアは静かに手を背に回した。

そしてゆっくり振り向き、壇上へ上がっていく。


つま先が壇の中央に届いた瞬間、訓練生たちの視線が一斉に集まる。


ヘレニアが口を開いた。


「注目!」


静まっていた訓練場に、はっきりした声が響く。


「一年間、本当によくやった」


視線が一周する。


「三日後。

いよいよB級昇格のための行程が本格的に始まる」


小さなどよめきが走る。


「残念ながら今回は条件を満たせず、審査に参加できない者もここにいるだろう」


ヘレニアは前を見据えたまま続ける。


「だが、落ち込むな。

来年も機会はある」


そして最後の一言。


「……短いほうが、みんな好きだろ?」


ヘレニアが小さく笑った。


「以上。終わり」


言い終えると、彼女は振り返りもせず壇を降り、

風のように出入口へ消えていった。


訓練場に一瞬、妙な余韻が残る。


その余韻を最初に断ち切ったのはセリンだった。


水気を含んだ淡い紫の髪、整えられたローブ。

広域魔法を得意とする女魔術師。


「エレイン」


「ん?」


「ねえ……あなたのガントレットの魔力石だけど」


エレインはガントレットを見て首をかしげた。


「どうした?」


セリンは少し迷い、息を一つ吐く。


「私、それに似たもの……本で見たことがある気がして」


「へえ。どんなもの?」


セリンは短く言った。


「……始祖の宝石」


「……始祖の、何だって?」


「始祖の宝石」


セリンの表情が引き締まる。


「人類最初の魔法使いが、別の世界から持ち帰った魔力石だって。

記憶が曖昧だけど……昔、図書館で記録を見た気がするの」


「ふむ……」


エレインは顎に手を当て、考え込んだ。


セリンが続ける。


「普通の魔力石って青系が多いでしょ?

でもそれは赤みを帯びるって書いてあって……」


エレインは軽く笑ってうなずく。


「俺のガントレットの石が、その“始祖の宝石”なわけないよ」


「どうして?」


「伝説級の宝石が……こんなふうに何個も付いてるはずがないだろ」


セリンも笑ってうなずいた。


「まあ、そうだよね」


そして、思い出すように言う。


「記録では……五つしかないって書いてあった気がする」


「五つ?」


「うん。それも全部、所在が分かってないって」


エレインはもう一度、自分のガントレットを見下ろした。


セリンが付け足す。


「ヘレニア様がサンプルを欲しがったのも……もしかして、その宝石が関係してるのかも」


そのとき、二人の間に祈祷書を抱えた少女が近づいてきた。


濃い緑のローブ。

リンクフォースの神官、リルリア。


「エレイン、セリン。二人でくっついて何してるの?」


軽い調子の言葉だが、どこか嫉妬が混じっている。


「ち、違うよ、リルリア」


エレインは両手を上げて首を振った。


「ほんとに誤解するようなことは……」


「でも……」


セリンがむっとしてエレインを見た。

視線が妙に刺さる。


エレインが小さく息を吐いたところで、セリンが空気を変えるように話を戻す。


「あ、さっきの宝石の話なんだけど」


「始祖の宝石?」


リルリアはぱちぱち瞬きして首をかしげ、

あり得ないと言いたげに手を振った。


「名前は聞いたことある。

でもあの魔力石は三百年前、クレセリア様が使ったという記録が最後のはずだよ?」


「所有者も保管場所も全部忘れ去られて……

それ以降、公式な報告はないって聞いてる」


「さすがリルリア、詳しいね~」


セリンが両手を合わせて感心した。


リルリアは褒め言葉を聞かなかったことにした。

表情は相変わらずエレインに貼り付いたままだ。


セリンはローブを整えながら言う。


「はあ……私、確認したいことがあるから図書館に行ってくる。

また明日ね、二人とも」


彼女は訓練場の外へ出て、扉を閉めた。

ほとんど逃げるように。


その扉をじっと見ていたリルリアが口を開く。


「……エレイン」


「ん?」


「その……えっと……今日の夕方……その……」


言いかけて止まり、視線を逸らして、また戻すリルリア。

言葉が唇の端で渦を巻いた、その瞬間。


ドンッ!!


突然の轟音とともに、訓練場の向こうで太い砂塵柱が立ち上がった。


「……?!」


エレインは反射的にそちらを見て、現場へ走り出す。


「待って、リルリア! 何が起きたのか見てくる!」


リルリアはその場に立ち尽くした。

名残惜しそうに俯き、遠ざかるエレインの背中をしばらく見つめる。


「レン、何があった!」


大げさに両腕を振って駆け寄るエレインの声。


砂を払い落としていた格闘家レンが顔を上げた。

戸惑った表情。


「先輩……?」


「その“先輩”って呼び方やめろって。

もう同じチームの仲間だろ」


レンは気まずそうに後頭部をかいた。


「はは……まだこっちのほうが楽でして」


エレインは呆れたように小さく笑い、レンの背後を見る。


「……完全にえぐれてるな」


床が深く抉れ、亀裂が走っていた。

ついさっきの衝撃をそのまま刻んだ跡。


「あ」


レンがうなずく。


「最近、練習してる技です」


「新技?」


「はい。前に見せた段階から、もう少し改良しました」


エレインは床の亀裂を追うように視線を落とした。


「……前より威力、かなり上がってるな」


自分の手にはめたガントレットを一度見て、レンへ向き直る。


「大したもんだ」


レンも自分の手の甲を見下ろした。


赤みを帯びた魔力石が、手の甲の中央に深く埋め込まれている。


エレインが言う。


「予備で二組送ってきたから、

試しに俺とお前だけで分けたんだよな」


レンがうなずいた。


「はい」


「性能が良さそうだし、近いうちにチーム全員が装備できるよう

正式に頼んでみるといい」


その言葉を聞いたレンの目が輝く。

顔がぱっと上がる。


「うわ……先輩って本当にすごいです!」


「……またそれか」


「家柄も高いし!

見た目も立派だし!

人柄も眩しいし!

何よりチームメイトをここまで思いやる、その配慮……!」


「おいおいおい、やめろって」


エレインは慌てた顔でレンの口を塞いだ。


「人に誤解される!」


「んむ……んむ……」


レンが少し暴れて落ち着くと、エレインはゆっくり手を離した。


「……とにかく」


彼は小さく独り言を落とす。


「誰が使っても問題ないくらい……性能は確かそうだな」


傾きはじめた陽が差す訓練場。

エレインは軽く伸びをした。


視線は自然と、手にはめた赤いガントレットへ戻っていった。


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