表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/76

58. 特訓 ( とっくん )

正午を少し過ぎたころ。

ライネルは屋敷へ戻り、疲れた様子で息を吐いた。


「ライネル様、まだお食事の用意が整っておりません。

もう少々お待ちくださいませ」


丁寧に頭を下げる老執事。


「……お気遣い、ありがとうございます」


ライネルはうなずき、ゆっくりと周囲を見回した。


「仲間は……?」


「お二方とも、屋内の訓練場で鍛錬中でございます」


「……あいつらが?」


ライネルが笑いながら首をかしげると、老執事は意味ありげに微笑んだ。



屋内訓練場の前。

扉が閉まっているのに、中から気合と魔力の波動がはっきり漏れてくる。


「ハァッ!!」


続く鈍い衝突音。

風を裂く鋭い流れ。


ライネルは慎重に扉を少し開けた。

隙間から見えたのは、稽古というより、ほとんど戦闘に近い手合わせの真っただ中。


領主の傭兵が二人。

そして、その二人と向き合うアイラとモネロ。


呼吸が長く続かない。

一度吸って、すぐ吐き、また途切れる。

目の前で互いを「相手」として捉える感覚が鮮明だった。


「ナイフ・スラッシャー!」


剣士の叫びと同時に、鋭い剣気が宙を裂き、アイラへ飛ぶ。


すると、即座に。


「今だ、アイラ!」


「うん! ウィンド・アーマー!」


モネロの号令に合わせ、アイラはためらいなく指先から魔力を放った。

淡い黄緑の風の防護膜が、モネロの身体を伝って滑らかに広がる。


ドンッ!!


剣気はモネロの防御に阻まれ、空中へ弾かれた。

破片のように散った風が床をかすめて走る。


「よし」


モネロは姿勢を低くし、床を蹴って前へ突進した。


「気功弾!!」


拳から圧縮された気が爆ぜ、砲弾のように敵へ飛ぶ。


ドォンッ!!


圧力とともに床がひび割れ、粉塵が訓練場全体を吞み込んだ。


「やったか!?」


モネロが叫ぶ。

判断が一拍早い。


粉塵の中から、影がぬっと飛び出した。

剣士だ。


「パスギョク!」


両手で柄を握り、モネロの腹へ容赦なく叩き下ろす。


ズンッ!!


「ぐっ……!」


正面から受けたモネロは息を呑み、膝をついた。

腰を折り、両手で床を支える。

肩が一度、大きく上下した。


「モネロ!!」


アイラが驚いて叫びかけた、その瞬間。


シュン。


背後。

粉塵と残留魔力に紛れた死角。


滑るように近づく影が一つ。

傭兵の魔術師だった。


アイラは正面に意識を固定していた。

魔術師は隙間を縫うように、一歩、二歩、そして最後の一歩。


杖の先が、彼女の頭上に触れる。


「……あ」


身体が先に固まった。

息が喉で詰まる。


「……降参です」


短く、断固とした宣言。


アイラは力が抜けるように膝をついた。

指先が床を探ったが、踏ん張れる場所がない。


そのとき、扉が開いた。


カチャ。


ゆっくりとした拍手が訓練場に響いた。


パチ。パチ。


「良い連携でした」


ウルスだった。

その後ろから、ライネルが入ってくる。


「……ライネル!」


アイラが顔を上げて叫び、モネロも荒い息を整えながらそちらを見た。


ウルスはゆっくり周囲を見回した。

視線は整っている。称賛も指摘も用意された目だ。


「結果としては敗北ですが、中盤までの連携は印象的でした」


モネロとアイラを交互に見て続ける。


「ウィンド・アーマーと気功弾の相乗。

そしてタイミングの調整。二人でなければできません」


「……でも、結局は抜かれたよ」


アイラが唇を噛み、悔しそうに言った。


「それは継続的な鍛錬が必要な部分です」


ウルスは柔らかく、それでいて揺るがずに言う。


「戦いはタイミングと視野。

一瞬の油断で流れが崩れます」


モネロが立ち上がり、苦笑した。


「俺が浮かれてた」


アイラは黙ってうなずいた。


「でもさ」


モネロは額の汗を拭い、笑う。


「それでも、できたじゃん。

今の連携……ほんと、ぴったり噛み合った」


アイラは視線を少しそらし、口元を上げた。

力尽きた顔なのに、その一瞬だけは確かに誇らしげだった。


ライネルは二人を見て、静かに微笑んだ。


そしてその日、ライネルの目に映った戦いの記録は、

ただの稽古ではなかった。


(この二人……きちんと噛み合わせれば、かなり強くなる)


視線を少し落とし、自分にもそっと問いかける。


(俺は……どこに立てるんだろう)



老執事が訓練場の扉を開けて入ってきた。


「お食事の用意が整いました」


その言葉に、真っ先に反応したのはモネロだった。


「あ、ちょうど腹減ってた! 助かった!」


元気が戻ったのか、表情がすぐ明るくなる。


「はぁ……久々に力使ったら、すっきりしたな?」


肩を回し、床に散った練習用の装備を軽く整える。


対照的に、アイラはその場にへたり込み、脚をぶらぶらさせていた。


「……脚、力抜けた……ふぅ……」


泣きそうな顔。

目尻も下がり、頬は赤く火照っている。


その様子を見て、ライネルとモネロが目を合わせた。

言葉はいらない。


モネロはさっと視線を逸らし、そのまま食堂のほうへ向きを変えた。


「腹減った〜腹減った〜、飯からだ〜!」


口では歌のように口ずさみながら、足取りは無駄に速い。

誰が見ても「逃げ」だった。


ライネルは短く息を吐いた。


「……はあ」


そして静かに指先を持ち上げる。


ヒュイン。


見えない力がアイラの身体をやさしく包み、ゆっくり宙へ浮かせた。


「うええ……!」


アイラはもがき、腕をばたつかせる。


「もうっ、ほんと! ライネル!

荷物みたいに持ち上げないでって言ったでしょ?!」


脚は宙でばたばた、手はバランスも取れず揺れる。

頬は真っ赤で、ほとんど独り言みたいにぼやいた。


「……恥ずかしくて死にそう……」


そうして二人は訓練場を出た。

一人はぷかぷか浮かび、もう一人は静かに後をついて。



静かになった室内。


残ったのはウルスと、その直属の傭兵二人。


ウルスが低く重い声で問う。


「ネスト。今の手合わせ、どう評価する?」


剣を持つ男、ネストが一歩前に出た。

整った姿勢。目は揺れない。


「単なるC等級の冒険者です」


短く、明確な第一声。


「連携技を使う程度には呼吸が合っているようですが……

戦闘技術そのものは、特筆するほどではありませんでした」


「そうか」


ウルスがうなずくと、後ろにいた女――カリンが続けた。


「私は、ただの一方的な訓練だったと思います」


両腕を軽く組み、視線を窓の外へ投げる。


「わざわざ、あの二人ともう一度手合わせする理由は……正直、ないです」


傲慢というより、冷静な結論に近い口調だった。


そこからカリンの視線がウルスへ戻る。


「でも、ウルス様」


「……?」


「ライネルという方は。

実力は……どれほどなんです?」


ウルスはしばらく黙っていた。

短く息を吐き、断じる。


「圧倒的だ」


「……!」


反応は即座だった。

言葉少なだったネストでさえ、一瞬だけ目を細めた。


「……団長が、そこまで言われるとは思いませんでした」


カリンも腕を解き、視線を向ける。


「見た目じゃ……さっきの二人と、大差ないように見えましたけど」


ウルスは答えない。

唇を結び、ゆっくり目を閉じた。



食堂には温かな匂いが満ち、短いながら穏やかな空気が漂っていた。


「ふぅ〜、生き返る……」


モネロは箸を持ったまま、満足そうに息を吐く。

アイラは水を何度も飲み、頬を赤くしたまま汗を拭いている。


その間、静かに入ってくる一人。


ウルスだった。


彼はライネルのほうへ近づき、軽く頭を下げて耳元で囁いた。


「……」


短い数言。


言い終えた瞬間、ライネルの表情が一気に固まった。

目の温度が落ち、唇が細く閉じる。


だがすぐ、ひと息整え、黙ってうなずく。


それを見ていたアイラとモネロは、互いに視線を交わした。


「……何だ?」


アイラが口を開くより先に、ライネルがゆっくり立ち上がった。


残りの食事を手早く片づけ、器を戻し、そのまま出口へ向かう。


「ライネル!」


背後からアイラの声。


「何かあったの?」


ライネルはむしろ明るい顔で振り返った。

小さく首を振って笑ってみせる。


「何でもない。ちょっと手伝うことがあってさ。

二人はゆっくり食べて、少し休んで」


短い返事。


彼は再び背を向け、扉の外へ消えた。


食堂の中央に、アイラとモネロだけが残る。

遠ざかるライネルの背中。


アイラは唇を結び、低く言った。


「……訓練場、行こう」


二人は急いで食事を終えた。

そして慎重に食堂を抜け、訓練場の裏手へ回り込む。


「静かに……静かに歩いてよ!」


「俺のほうが静かだろ?」


小声で言い合いながら、二人は訓練場の脇の窓から顔を覗かせた。


中ではすでに、ライネルと領主の傭兵二人が向かい合っていた。


「さっきの二人だ」


モネロが低い声で言う。

剣士ネスト。魔術師カリン。


短い静寂が落ちた瞬間、モネロがそっと言った。


「アイラ、これ……ライネルを試してるんだよな?」


「うん……今の状況だと、それしかない」


「でもさ……」


モネロは言葉を切り、意味ありげにアイラを見る。


「お前、ライネルが本気で戦うの、見たことあるか?」


「え、あるよ!……あ、待って」


アイラは自分でも戸惑ったように目を泳がせる。


「この前、ゴブリンの群れと戦ったときとか、森の魔物数匹とか……」


「いや、それは準備運動みたいなもんだろ」


モネロがきっぱり切る。


「じゃあお前は見たのか?」


「……山脈の稜線で、盗賊と睨み合ったときに、あいつが片づけるのを見た。

でもな……」


モネロは窓の向こうを見つめ、低く呟く。


「終わるのが……早すぎた。

何かあったのかって思うくらい」


「……」


「一緒に冒険してたのに、俺たち、ライネルの実力をちゃんと見たことがなかったって……

変じゃないか?」


アイラは黙ってうなずいた。


そのとき、中で動きがあった。


二人の傭兵が同時に頭を下げる。

ライネルも静かに礼を返す。


「始まるな」


アイラは息を呑んだ。

唇を少し噛み、窓越しにライネルを見据える。


モネロも同じ目で言った。


「……ああ。ようやく、はっきり見える」


先に動いたのは剣士ネストだった。


短い予備動作。

そして次の瞬間、爆ぜるような直線の突進。


爪先が床を抉り、全身が一本の刃みたいに伸びる。


「……速い」


モネロが小さく呟いた。


同時に後方でカリンが静かに詠唱を始める。

赤い魔力が指先で形を結び、ネストの動きに合わせて切り込んだ。


物理と魔法の二重圧。


「……私たちとやったときは、あの二人、あんな連携してなかったのに……!」


アイラが囁き、両手で窓枠を強く掴む。


速度、角度、威力。

全部が実戦だった。


なのにライネルは、まだその場に立っていた。

一歩も動かずに。


「ライネル……何してるの。どうして避けないの……」


モネロの声に、本能的な不安が滲む。


そして、その瞬間。


ネストの剣が勢いを乗せてライネルの肩へ落ち、

それに合わせてカリンの巨大なファイアボールが側面へ飛び込む。


肉体と魔法の同時打撃。

圧倒的な合わせ。


だが――


ライネルの目が、静かに光を帯び始めた。


青い流れ。

瞳の内にゆっくり満ちていく、異質な力。


そして、剣を振り下ろそうとしたネストの身体が、

空中で押さえつけられたように、わずかに止まった。


「……止まった?」


モネロが息を殺して呟く。


停止というより、「動きが押し潰された」感覚。

剣が落ち切らず、震えている。


「これが……ライネルの力……?」


アイラは息もできないまま見つめた。


その瞬間、背後から飛来した巨大なファイアボールが、ライネルの全身を呑み込んだ。


ドォォォン!!


爆発音。

赤い炎が一瞬で視界を埋めた。


窓越しでも熱が押し寄せるほど、火焔が渦巻く。


「ライネル!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ