表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/76

55. 集結 ( しゅうけつ )

王都見物に出た三人は、

ライネルが受け取った地図を頼りに、まず市場通りへ向かった。


「甘いおやつ食べた〜い!」


アイラはご機嫌に腕を振って先頭を歩く。

陽射しがぽかぽかと降り注ぐ通り。

香ばしくて甘い匂いが、市場全体を包み込んでいた。


「わぁ……ここ、ほんとヤバい!」


アイラは目をきらきらさせて、あちこちを見回す。

片手には焼きたての蜜パン、もう片手にはクリームたっぷりのパイ。

少しすると果汁がぽたぽた垂れるゼリーを咥え、口元をぱっと明るくした。


「はぁ〜、ここが天国ってやつだよ。私、ここで一生暮らしたい〜」


幸せそうに小走りするアイラを見て、

ライネルはくすり、と音のしない笑みをこぼした。


後ろからモネロがのんびり一言投げる。


「おい〜アイラ。そんな食ってたら、めっちゃ太るぞ?」


「……え?」


一瞬で固まるアイラ。

ゼリーを咥えたまま、疑いの目でライネルを見る。


「ねえ、ほんとに……私、太ったように見える?」


ライネルは微妙な顔でアイラを一度見て、

何も言わずに視線を別のほうへ逸らした。


「……なに、その反応」


アイラは顔を赤くして睨む。

するとモネロが悪戯っぽく笑って、さらに大げさに言った。


「めっちゃ! このペースなら明日にはほっぺ爆発するわ」

「ふわふわ通り越して、もはやぷにぷにのアイラだな〜」


「モネロ、からかわないでぇぇ……!」


アイラは首をぶんぶん振り、泣きそうな声を出す。

でも手は相変わらず忙しい。

蜜パンを大きくかじり、パイも逃さない。


モネロはくすくす肩を揺らし、

ライネルは二人の間で静かに地図を見直した。


「こっちが中央広場、で……」


しばらく歩いた一行は、広々とした広場へ辿り着いた。

そしてその瞬間、アイラが息を呑んだように立ち止まる。


「わぁ……」


数百人はいそうな人波が、広場を埋め尽くしていた。

笑い声、叫び、拍手。

その上を突き抜ける、勢いのある声。


「こんなに人がいるの……初めて見た」


アイラが息を飲み込むように呟く。


「なんかあるな?」


モネロは目を細め、群衆のほうを見る。

彼は頭を低くして、人の間を慎重に割って進んだ。


「すみません、通ります」

「失礼します……」


後ろからライネルとアイラも、そっと人混みを縫って入っていく。

やがて、広場の中央に高く組まれたステージが見えた。


ステージの上では数人が群衆へ手を振り、

下からは名前を呼ぶ声が途切れない。


「……あの人たち、誰だ? なんでこんな人気なんだ」


モネロが呆けたように呟くと、

近くの通行人が顔をしかめて答えた。


「なんだよ、田舎もんか? そりゃ知らねぇか」

「王都の誇り、チーム『リンクフォース』だろ」


「リンク……フォース?」


モネロが聞き返すと、アイラとライネルも耳を澄ませる。


「去年結成された、王国所属の超エリート冒険者チームだ」

「王都近郊で魔族とやり合って勝ったっていう、とんでもない連中さ」


「魔族……?」


ライネルが小さく呟いた。

その言葉が口の中に、長く残った。


別の通行人が口を挟む。


「お前ら、ほんとに田舎から来たんだな?」

「去年の魔族襲撃事件も知らねぇのかよ」


「……何があったんですか?」


「詳しく知りたきゃ……酒場で一杯奢って、冒険者に聞け」


広場はなおも熱気に包まれていた。


「リンクフォース! かっこいい!」

「こっち一回だけ見てくださ〜い!」


誰もがステージに向かって手を振り、歓声を上げる。

三人はその熱の中で、しばらく言葉を失った。



太陽がゆっくり傾き始めた。


「あ〜、もっと見て回りたいのになぁ……」


アイラは広場を後にしながら、名残惜しそうに言った。


「ライネル、あなたも残念じゃない?」


「でも……暗くなる前に戻れって言われたし」


ライネルはやわらかく、でもきっぱり言う。


「ほんと、真面目すぎ。融通きかないんだから」


アイラは腕を組んで拗ねる。


「たまには要領よくサボったり〜、ちょっとくらい羽目外したり〜」

「なに? 石ころなの? 言われた通りきっちりやってさ」


その言葉にライネルは呆れつつも、思わず笑ってしまう。

それを見てアイラも、すぐ機嫌を直したように笑った。


けれど――

横でずっと黙って歩くモネロ。

ライネルは気づいて尋ねた。


「モネロ、どうした? さっきから顔が……真剣だ」


モネロは少し黙ってから、重く口を開いた。


「さっき広場で見た連中……」

「今回、俺らと同じ学校に入るなら、同じCランクだよな?」


「……そうだと思う」


ライネルが答えると、アイラが冷めた声で続けた。


「王国が本気で育てたエリートなら、出自も相当だろうしね」


ライネルが控えめに聞く。


「モネロ……知ってる顔、いたのか?」


「……一人だけ」


「誰?」


「……いや」

「後で話す」


モネロはそれ以上言わなかった。

ライネルも深追いしない。

空気が、どこか固くなっていた。


その時、アイラがふいに足を止め、遠くを見た。


「……今、エルフ?」


「エルフ?」


ライネルが視線を追うが、そこには誰もいない。


「……アイラ、何を見た?」


「……うん? あ、いや……気のせいかも」


アイラは軽く笑って誤魔化した。

けれど目だけは、もう一度その方向をなぞっていた。



王都外縁の壁の裏、ひっそりした路地。

陽の差さない影の下で、四人の男が集まっていた。


「さっきの奴……エルフか?」


低く重い声。

筋骨隆々の男、シレンがゆっくり足を止めて呟く。

手には大きなメイス。表情は動かない。


フェイオが怠そうに顔を上げる。

耳の先まで整ったエルフの血筋、澄んだ青白い瞳。


「……ハーフエルフだ」


半眼のまま、素っ気なく答えた。


「……つまり、混血ってことだ」


その言葉に、隣の男が鼻で笑うように付け足す。


腰に双短剣を下げたルイドアン。

刃を指で軽く弾きながら言った。


「フェイオ、言い方きついな」

「でも半分は、お前と同じ種族だろ?」


軽い口調。

その言葉の主はフードを深く被り、木に腰掛けて足をぶらぶらさせていたユイスだった。


「同じ種族でございますか?」


フェイオが口元を歪める。


「その言い方が、不快だな」


「……うぅ、面倒くさいです요」


ユイスが頭を掻いて笑う。


「でもあの子、感じ良かったです요? 目つき、好みなんです요」


「だから、ちょっかい出す気か?」


シレンが顔を向け、ユイスを睨む。

苛立ちがそのまま滲む視線。


「そういう冗談、外では慎めって何度言った」


「あ、分かりました요」

「その目、怖いです〜。そんな真面目にならないでください요〜」


ユイスはへらっと笑ったが、その瞬間だけ目が揺れた。

それを見たルイドアンが、静かに言う。


「王都じゃ、無駄な揉め事は御免だ」

「邪魔になるものだけを排除すればいい」


ルイドアンは剣の柄を一度回し、顎を上げて視線を投げた。


「……もちろん」

「せっかく出てきたんだ。任務は任務で片付けねぇとな」


フェイオは小さくため息をつき、杖を軽く地面に当てた。


その瞬間、木の上にいたユイスが宙で一回転し、音もなく着地する。


「じゃあ私は〜、闇の中の可愛い狩人役でもやってみましょうか요?」


着地したユイスの表情が、微妙に変わっていた。

笑っているのに、目だけが薄気味悪い。


「それにしてもさ」

ルイドアンが髪をかき上げて言う。


「王都で、俺らとやり合えそうな奴らって、どれくらいいる?」


「Cランクなんて、どうせ雑魚の寄せ集めだろうけどな」


短い沈黙。

やがてシレンが空を見上げ、低く口を開く。


「……俺たち含めて、せいぜい三チームだろ」


フェイオが片眉をわずかに上げる。


「さっき広場にいたリンクフォースは入るだろうな」


すると背後から、鼻歌。


「♪漆黒の歌〜 黒の影〜 ふふ〜」


ユイスだった。


「……何だ、その歌。耳障りだな」


フェイオが眉をひそめる。


「え〜? チーム名です요〜」

「『漆黒の歌』。あいつらも今回、王都に来てるそうです요」


ルイドアンが眉間を寄せた。


「そいつらも規格外だ」


シレンが短く言う。


「特にリーダーの吟遊詩人。腹の中が読めない」


フェイオは静かに目を閉じる。


「……リビエン」


名が出た瞬間、他の三人も視線を向ける。


「奴は特に警戒しろ」


ユイスは肩をすくめる。


「そこまでです요? 私にはただの普通の吟遊詩人に見えました요?」

「ちょっと突いたら倒れそうな顔してましたし〜」

「私が一回、行って刺してきましょうか요〜?」


笑っているのに、言葉には妙な殺気が混じっていた。


「ユイス」


シレンが低く名を呼ぶと、ユイスはすぐ両手を上げた。


「分かりました、分かりました요。ほんとに〜」

「シレン様が怖くて、私、何も言えないじゃないですか요」


そして、けらけら笑って言う。


「冗談です〜冗談〜。堅物なおじさんじゃあるまいし〜、ひひひ」


ルイドアンは視線を落とし、ぼそりと呟いた。


「……それより、さっきのハーフエルフの女も、何か持ってるだろ」


ユイスが目をぎらりとさせて付け足す。


「どうせ安っぽい手品みたいなのを一個持って、ショーでもするんです요」


フェイオは何も言わず、その言葉を流した。

するとルイドアンが笑って軽く突く。


「ユイス、お前……あのハーフエルフに惚れたのか?」


ユイスはおどけて両手をぱっと上げて笑う。


「分かってるくせに〜。あの綺麗な顔、ぐしゃっと折りたくなるんです요」


ルイドアンは薄く笑い、

フェイオは相変わらず口を閉ざしたまま、視線だけを落とした。


ユイスは小さく一回転しながら呟く。


「楽しみ、楽しみです요」

「王都を出る前に、ちょっと寄っていきましょうか요」


「任務がそんなに暇ならな」


シレンが静かに立ち上がる。

軽くもない口調。だが意味は明確だった。


「これ以上ここにいたら、住民が『怪しい集団』だと通報する」


そう言いながら、彼は衣服の埃を払った。

メイスをきっちりベルトに掛け、背筋を正す。


「行くぞ」


短い号令に、三人は互いの様子を窺ってから立ち上がった。


「はいはい〜、リーダーの言う通りです요」


ユイスは伸びをするように身体を伸ばし、鼻歌混じりに言った。


「でもさ〜、どきどきするんです요」

「眠れるかな〜。ほんとに〜」


仲間が先を歩く中、

ユイスはふいに振り返った。


視線の先は――

さっきハーフエルフのアイラとすれ違った路地、その一点。


ユイスは何も言わず、口元だけをすっと吊り上げる。

悪戯っぽさと、どこか不吉な執着が混じった笑み。


「……覚えてます요〜」

「あの、澄みきった瞳」


歌うように小さく呟き、

何事もなかったように歩き出す。


足音ひとつ立てず、影のように隊列の最後尾へ溶け込んだ。


このままなら――

あの日の偶然の出会いは、ただの始まりに過ぎなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ