55. 集結 ( しゅうけつ )
王都見物に出た三人は、
ライネルが受け取った地図を頼りに、まず市場通りへ向かった。
「甘いおやつ食べた〜い!」
アイラはご機嫌に腕を振って先頭を歩く。
陽射しがぽかぽかと降り注ぐ通り。
香ばしくて甘い匂いが、市場全体を包み込んでいた。
「わぁ……ここ、ほんとヤバい!」
アイラは目をきらきらさせて、あちこちを見回す。
片手には焼きたての蜜パン、もう片手にはクリームたっぷりのパイ。
少しすると果汁がぽたぽた垂れるゼリーを咥え、口元をぱっと明るくした。
「はぁ〜、ここが天国ってやつだよ。私、ここで一生暮らしたい〜」
幸せそうに小走りするアイラを見て、
ライネルはくすり、と音のしない笑みをこぼした。
後ろからモネロがのんびり一言投げる。
「おい〜アイラ。そんな食ってたら、めっちゃ太るぞ?」
「……え?」
一瞬で固まるアイラ。
ゼリーを咥えたまま、疑いの目でライネルを見る。
「ねえ、ほんとに……私、太ったように見える?」
ライネルは微妙な顔でアイラを一度見て、
何も言わずに視線を別のほうへ逸らした。
「……なに、その反応」
アイラは顔を赤くして睨む。
するとモネロが悪戯っぽく笑って、さらに大げさに言った。
「めっちゃ! このペースなら明日にはほっぺ爆発するわ」
「ふわふわ通り越して、もはやぷにぷにのアイラだな〜」
「モネロ、からかわないでぇぇ……!」
アイラは首をぶんぶん振り、泣きそうな声を出す。
でも手は相変わらず忙しい。
蜜パンを大きくかじり、パイも逃さない。
モネロはくすくす肩を揺らし、
ライネルは二人の間で静かに地図を見直した。
「こっちが中央広場、で……」
しばらく歩いた一行は、広々とした広場へ辿り着いた。
そしてその瞬間、アイラが息を呑んだように立ち止まる。
「わぁ……」
数百人はいそうな人波が、広場を埋め尽くしていた。
笑い声、叫び、拍手。
その上を突き抜ける、勢いのある声。
「こんなに人がいるの……初めて見た」
アイラが息を飲み込むように呟く。
「なんかあるな?」
モネロは目を細め、群衆のほうを見る。
彼は頭を低くして、人の間を慎重に割って進んだ。
「すみません、通ります」
「失礼します……」
後ろからライネルとアイラも、そっと人混みを縫って入っていく。
やがて、広場の中央に高く組まれたステージが見えた。
ステージの上では数人が群衆へ手を振り、
下からは名前を呼ぶ声が途切れない。
「……あの人たち、誰だ? なんでこんな人気なんだ」
モネロが呆けたように呟くと、
近くの通行人が顔をしかめて答えた。
「なんだよ、田舎もんか? そりゃ知らねぇか」
「王都の誇り、チーム『リンクフォース』だろ」
「リンク……フォース?」
モネロが聞き返すと、アイラとライネルも耳を澄ませる。
「去年結成された、王国所属の超エリート冒険者チームだ」
「王都近郊で魔族とやり合って勝ったっていう、とんでもない連中さ」
「魔族……?」
ライネルが小さく呟いた。
その言葉が口の中に、長く残った。
別の通行人が口を挟む。
「お前ら、ほんとに田舎から来たんだな?」
「去年の魔族襲撃事件も知らねぇのかよ」
「……何があったんですか?」
「詳しく知りたきゃ……酒場で一杯奢って、冒険者に聞け」
広場はなおも熱気に包まれていた。
「リンクフォース! かっこいい!」
「こっち一回だけ見てくださ〜い!」
誰もがステージに向かって手を振り、歓声を上げる。
三人はその熱の中で、しばらく言葉を失った。
◇
太陽がゆっくり傾き始めた。
「あ〜、もっと見て回りたいのになぁ……」
アイラは広場を後にしながら、名残惜しそうに言った。
「ライネル、あなたも残念じゃない?」
「でも……暗くなる前に戻れって言われたし」
ライネルはやわらかく、でもきっぱり言う。
「ほんと、真面目すぎ。融通きかないんだから」
アイラは腕を組んで拗ねる。
「たまには要領よくサボったり〜、ちょっとくらい羽目外したり〜」
「なに? 石ころなの? 言われた通りきっちりやってさ」
その言葉にライネルは呆れつつも、思わず笑ってしまう。
それを見てアイラも、すぐ機嫌を直したように笑った。
けれど――
横でずっと黙って歩くモネロ。
ライネルは気づいて尋ねた。
「モネロ、どうした? さっきから顔が……真剣だ」
モネロは少し黙ってから、重く口を開いた。
「さっき広場で見た連中……」
「今回、俺らと同じ学校に入るなら、同じCランクだよな?」
「……そうだと思う」
ライネルが答えると、アイラが冷めた声で続けた。
「王国が本気で育てたエリートなら、出自も相当だろうしね」
ライネルが控えめに聞く。
「モネロ……知ってる顔、いたのか?」
「……一人だけ」
「誰?」
「……いや」
「後で話す」
モネロはそれ以上言わなかった。
ライネルも深追いしない。
空気が、どこか固くなっていた。
その時、アイラがふいに足を止め、遠くを見た。
「……今、エルフ?」
「エルフ?」
ライネルが視線を追うが、そこには誰もいない。
「……アイラ、何を見た?」
「……うん? あ、いや……気のせいかも」
アイラは軽く笑って誤魔化した。
けれど目だけは、もう一度その方向をなぞっていた。
◇
王都外縁の壁の裏、ひっそりした路地。
陽の差さない影の下で、四人の男が集まっていた。
「さっきの奴……エルフか?」
低く重い声。
筋骨隆々の男、シレンがゆっくり足を止めて呟く。
手には大きなメイス。表情は動かない。
フェイオが怠そうに顔を上げる。
耳の先まで整ったエルフの血筋、澄んだ青白い瞳。
「……ハーフエルフだ」
半眼のまま、素っ気なく答えた。
「……つまり、混血ってことだ」
その言葉に、隣の男が鼻で笑うように付け足す。
腰に双短剣を下げたルイドアン。
刃を指で軽く弾きながら言った。
「フェイオ、言い方きついな」
「でも半分は、お前と同じ種族だろ?」
軽い口調。
その言葉の主はフードを深く被り、木に腰掛けて足をぶらぶらさせていたユイスだった。
「同じ種族でございますか?」
フェイオが口元を歪める。
「その言い方が、不快だな」
「……うぅ、面倒くさいです요」
ユイスが頭を掻いて笑う。
「でもあの子、感じ良かったです요? 目つき、好みなんです요」
「だから、ちょっかい出す気か?」
シレンが顔を向け、ユイスを睨む。
苛立ちがそのまま滲む視線。
「そういう冗談、外では慎めって何度言った」
「あ、分かりました요」
「その目、怖いです〜。そんな真面目にならないでください요〜」
ユイスはへらっと笑ったが、その瞬間だけ目が揺れた。
それを見たルイドアンが、静かに言う。
「王都じゃ、無駄な揉め事は御免だ」
「邪魔になるものだけを排除すればいい」
ルイドアンは剣の柄を一度回し、顎を上げて視線を投げた。
「……もちろん」
「せっかく出てきたんだ。任務は任務で片付けねぇとな」
フェイオは小さくため息をつき、杖を軽く地面に当てた。
その瞬間、木の上にいたユイスが宙で一回転し、音もなく着地する。
「じゃあ私は〜、闇の中の可愛い狩人役でもやってみましょうか요?」
着地したユイスの表情が、微妙に変わっていた。
笑っているのに、目だけが薄気味悪い。
「それにしてもさ」
ルイドアンが髪をかき上げて言う。
「王都で、俺らとやり合えそうな奴らって、どれくらいいる?」
「Cランクなんて、どうせ雑魚の寄せ集めだろうけどな」
短い沈黙。
やがてシレンが空を見上げ、低く口を開く。
「……俺たち含めて、せいぜい三チームだろ」
フェイオが片眉をわずかに上げる。
「さっき広場にいたリンクフォースは入るだろうな」
すると背後から、鼻歌。
「♪漆黒の歌〜 黒の影〜 ふふ〜」
ユイスだった。
「……何だ、その歌。耳障りだな」
フェイオが眉をひそめる。
「え〜? チーム名です요〜」
「『漆黒の歌』。あいつらも今回、王都に来てるそうです요」
ルイドアンが眉間を寄せた。
「そいつらも規格外だ」
シレンが短く言う。
「特にリーダーの吟遊詩人。腹の中が読めない」
フェイオは静かに目を閉じる。
「……リビエン」
名が出た瞬間、他の三人も視線を向ける。
「奴は特に警戒しろ」
ユイスは肩をすくめる。
「そこまでです요? 私にはただの普通の吟遊詩人に見えました요?」
「ちょっと突いたら倒れそうな顔してましたし〜」
「私が一回、行って刺してきましょうか요〜?」
笑っているのに、言葉には妙な殺気が混じっていた。
「ユイス」
シレンが低く名を呼ぶと、ユイスはすぐ両手を上げた。
「分かりました、分かりました요。ほんとに〜」
「シレン様が怖くて、私、何も言えないじゃないですか요」
そして、けらけら笑って言う。
「冗談です〜冗談〜。堅物なおじさんじゃあるまいし〜、ひひひ」
ルイドアンは視線を落とし、ぼそりと呟いた。
「……それより、さっきのハーフエルフの女も、何か持ってるだろ」
ユイスが目をぎらりとさせて付け足す。
「どうせ安っぽい手品みたいなのを一個持って、ショーでもするんです요」
フェイオは何も言わず、その言葉を流した。
するとルイドアンが笑って軽く突く。
「ユイス、お前……あのハーフエルフに惚れたのか?」
ユイスはおどけて両手をぱっと上げて笑う。
「分かってるくせに〜。あの綺麗な顔、ぐしゃっと折りたくなるんです요」
ルイドアンは薄く笑い、
フェイオは相変わらず口を閉ざしたまま、視線だけを落とした。
ユイスは小さく一回転しながら呟く。
「楽しみ、楽しみです요」
「王都を出る前に、ちょっと寄っていきましょうか요」
「任務がそんなに暇ならな」
シレンが静かに立ち上がる。
軽くもない口調。だが意味は明確だった。
「これ以上ここにいたら、住民が『怪しい集団』だと通報する」
そう言いながら、彼は衣服の埃を払った。
メイスをきっちりベルトに掛け、背筋を正す。
「行くぞ」
短い号令に、三人は互いの様子を窺ってから立ち上がった。
「はいはい〜、リーダーの言う通りです요」
ユイスは伸びをするように身体を伸ばし、鼻歌混じりに言った。
「でもさ〜、どきどきするんです요」
「眠れるかな〜。ほんとに〜」
仲間が先を歩く中、
ユイスはふいに振り返った。
視線の先は――
さっきハーフエルフのアイラとすれ違った路地、その一点。
ユイスは何も言わず、口元だけをすっと吊り上げる。
悪戯っぽさと、どこか不吉な執着が混じった笑み。
「……覚えてます요〜」
「あの、澄みきった瞳」
歌うように小さく呟き、
何事もなかったように歩き出す。
足音ひとつ立てず、影のように隊列の最後尾へ溶け込んだ。
このままなら――
あの日の偶然の出会いは、ただの始まりに過ぎなかった。




