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49. 後の一輪(さいごのいちりん)

「最後の場所って、どんなところなんですか?」


アイラが好奇心いっぱいの声で尋ねると、パイルグは淡々と答えた。


「この村の聖所だ。三百年前、魔王を討った勇者一行のリーダー……ハークフレイオン・イグフレア様を祀ってる場所さ」


ライネルがすぐに言い返す。


「三百年前の勇者一行なら……クレセリア・フリゼン・アムルティ様も一緒だったはずですよね」


「そうだ。お前たちが来たのはボブレ村だって言ってたな?

あそこにはクレセリア様を別に祀ってる慈善神殿があるって聞いてる」


パイルグは頷き、付け足した。


「でもうちの村は、そこまで大げさじゃない。

毎年、感謝の気持ちで静かに記念式を上げる程度さ」


ライネルは何か言いかけて、唇を噛んだ。


「……実は、去年――」


だがパイルグが手を上げて制した。


「今はその話より、もっと大事なことがある」



聖所へ向かう道。


昨日、ライネルとアイラが男を見かけた木の前で、四人は同時に足を止めた。


パイルグが静かに息を吸う。


「少し待て。知ってる奴だ。俺が先に話す」


彼は一人で木の前へ歩み寄った。


そこには相変わらず、男が背を向けて立っている。


「イグティアン……やっぱりお前か」


パイルグの声に、男はゆっくり振り返る。

瞳は揺れない。むしろ、待っていたかのようだった。


「今までは静かに見逃してやってたのにな……

最後の花を探してるのか、パイルグ?」


パイルグの声に力がこもる。


「お前……まさか全部分かった上で、こんなことを?」


「そんなものでモディアが蘇るわけがないだろ。

命ってのは……そんな胡散臭い花に振り回されるほど軽くない」


イグティアンの顔が歪む。


「黙れ! お前に何が分かる!」


歯を見せて笑った。

笑いは、無理やり沸かせたように喉の奥でひっかかった。


「俺は……信じてる。ピアラって花が願いを叶えるって。

やっと、また会えるんだ! ははは!」


「お前は、騙されてる」


パイルグは歯を食いしばった。


「それはピアラが見せる夢の幻だ。

……花が咲くために、どうやって生命力が吸われるか。お前だって知ってるだろ」


「知るか!」


イグティアンが目を剥いて叫ぶ。


「村の連中なんか、俺には関係ない!

あの人が戻るなら……俺は何だってする。

俺たちは、また始められるんだ!」


後ろで見守っていたライネルとアイラは、精霊石越しにその言葉をはっきり聞いていた。


「……やっぱり」アイラが低く囁く。

「あの人……ピアラを持ち込んだ張本人っぽい」


ライネルの目が細くなる。


「やめろ。……あの人だって、こんなの望んでない」


パイルグが一歩、距離を詰めた。


「イグティアン。やめろ。今なら――」


だがイグティアンは口元をねじって言った。


「もう祭りは始まってるんだよ、パイルグ」


「お前が必死で探してた、その花がな――」


すう……。


イグティアンの足元で、赤い花が一輪、静かに咲き上がった。


夜明けの霧の中でも、

その赤は目を刺した。


パイルグの目が見開かれる。


「……!」


離れた場所から見ていたライネルも息を呑んだ。


「あれは……最後の花……!」


その瞬間――


聖所の奥、村の外れから。


ドンッ!


地面を叩く巨大な衝撃。

続けて、太い幹がぶつかり合う鈍い音。


パイルグが歯を食いしばった。


「くそ……結局、起きやがった」


彼はすぐ振り返り、ライネルたちへ叫ぶ。


「呪われた老木が目を覚ます……!」


丘の向こうで――

巨大な枝と根がせり上がり、怪物の輪郭が姿を現した。


赤い花びらが幹に沿って咲き上がり、

蔦のように広がって全身を覆っていく。


人に甘い夢を見せ、

生命力を代価に育つピアラの本体。


パイルグが鋭く叫んだ。


「今すぐ村人を避難させるぞ!

止められなきゃ村が終わる!」


彼は腰から小さな剣を抜き、前へ踏み出した。

アイラは精霊石を取り出し、迷いなく後に続く。


モネロが緊張したように深呼吸して呟く。


「……今回は、マジで命懸けかもな」


「それでも行く」


ライネルは短く答え、

全力で聖所へ向けて走り出した。


だが――


道を塞ぐ影。


「……?」


最初に気づいたのはアイラだった。


「あれ……村の人たち……?」


虚ろな瞳。

よろめく足取り。

かすれた呟き声。


「行かないで……行かないで……

夢から覚めたくない……」


「モディアは……もうすぐ戻る……」


ピアラの幻に侵され、

無表情のまま四人の前に立ちはだかっていた。


ライネルが驚いて足を止める。


「まさか……この人たちも?」


パイルグが叫ぶ。


「ピアラが村全体を繋げちまったんだ!

こいつらも……一時的に精神を支配されてる!」


アイラが精霊石を握りしめ、力を引き上げる。

淡い緑の気配が広がり、人の動線が僅かに乱れた。


「だからって攻撃はできない!」


モネロが歯を食いしばる。


「どうやって抜けるんだよ、これ!」


「どいてください! お願いです……!」


ライネルが叫んでも、

村人は虚ろな目で彼を押し返してくる。


精霊の力の隙間を縫って、

ふいに伸びた手。


震える指で、老人がライネルの袖を掴んだ。


「……あの子が……帰ってくるって……

どうして止める……どうして……」


ライネルの目に迷いが走る。


その瞬間――

老木からピアラが、赤い光をもう一度広げた。


地面がうねり、

怪物の体躯がさらに膨れ上がっていく。


パイルグが必死に叫んだ。


「今止めなきゃ、全員死ぬぞ!」


「時間がない! 押し切れ!!」


その叫びとともに、

四人はもう躊躇しなかった。


ライネルが先頭に出る。

瞳に青い気配が濃く灯る。


「……行く」


手を上げた瞬間、

周囲が微かに震えた。


ぎぎぎ……!


念動の力が広がり、

前を塞いでいた村人たちの体が、柔らかく押し流される。


「できるだけ……怪我させない」


ライネルが低く、歯を噛むように言った。


アイラがすぐ叫ぶ。


「よし、道が開いた! 今だよ!」


シュウッ!


鋭い風が走り、

人々の足元と体勢を崩していく。傷はない。ただ、踏ん張りが効かない。


「モネロ! 今だ!」


「分かった!」


モネロが身を低くして隙間へ滑り込む。

よろめく人々の間を、無理やり――だが慎重に。


「どいて!! ごめん!! ほんとごめん!!」


老人の肩を手のひらで軽く押して外し、

塞いだ子どもは抱き寄せるように横へ移した。


「……こんなガキまで前に出させるのかよ!」


声に怒りが混じる。


「右! 後ろから増える!」


パイルグが腰から古いスクロールを取り出した。


「蔦よ、這い上がれ――『バインドルート』!」


ドン!


地中から太い蔦がせり上がり、

迫ってきた村人たちの足首と手首を一気に絡め取った。


パイルグが短く息を吐く。


「これで数分は持つ。急ぐぞ!」


四人はついに、

聖所へ続く細道の終盤へ踏み込んだ。


薄い朝霧の向こう――

怪物がうねり、脚を伸ばす姿がはっきり見える。


赤い花びらがばらばらと落ち、

その下で巨大な根と枝が蠢いた。


モネロが短く息を吐く。


「……ガチで怪物じゃん」


パイルグがスクロールを開く。


指先に火が灯り、

炎が怪物の根元へ伸びた。


「『フレアシード』!」


パンッ!


火炎弾が弾け、

怪物の一本がぼうっと燃え上がる。


その衝撃で、

怪物の頭部がぐいと向きを変え、四人を真正面から捉えた。


パイルグがそれを見て短く言う。


「よし……こっちを認識した。

これで村へは向かわないはずだ」


ライネルが指先を上げる。


ヒュオオ……!


青い念動が空気を巻き、

雪、石、枝が宙へ浮いて震えた。


「ぶつけろ」


ドンッ!!


圧縮した力が一気に炸裂し、

怪物の頭部を正面から叩きつけた。


巨体が大きくよろめく。

その反応は、図体の割にやけに敏感だった。


アイラが精霊石を高く掲げる。


「『シルフィドシールド』!

みんな、下がって!」


風の膜が四人を包み、

反撃の蔦を弾き返した。


「助かった、アイラ!」


パイルグが叫ぶ。


「モネロ! 今だ!」


「行くぞおおお!!」


モネロが怪物の脚へ跳びかかる。

拳に魔力を凝縮して。


「『ブロウストライク』!」


ドゴン!


怪物の枝が大きくしなり、

根元から揺らいだ。


パイルグが歯を食いしばって叫ぶ。


「アイラ! 俺が火を打つ! 風で一気に爆ぜさせろ!」


「はい、分かりました!」


スクロールの赤い魔法陣が燃え上がる。


「『フレアシード』!!」


ドンッ!!


火炎弾が撃ち上がり、

怪物の枝へ突き刺さる。


アイラが精霊石を握り、手を伸ばした。

淡い緑の魔法陣が回転しながら立ち上がる。


「風よ、炎を運べ――『ウィンドサージ』!」


ゴオオ……!


強風が炎を巻き込み、

怪物の幹へ押しつけた。


瞬く間に炎が嵐のように広がり、

老木の一箇所が燃え盛って――折れ落ちた。


「よし!!」


パイルグが叫ぶ。


その瞬間――

モネロが前へ飛び出す。


「今だ!

ライネル、俺をあの木の前まで押し出してくれ!!」


ライネルが頷き、手を前に伸ばした。


「加速する」


ヒュンッ!!


モネロの体が弾丸のように空を切った。


「うおおおっ!!」


回転、集中。

燃える枝へ拳が突き刺さる。


「『ブロウストライク』!」


ガァァン!!


怪物の枝が砕け散り、

震動が聖所一帯へ広がった。


幹が傾き、

炎の中で黒い煙が立ち上った、その時――


燃える枝の向こうに、

イグティアンの姿が現れた。


衣は裂け、

目は正気ではない。


口角を上げ、低く呟く。


「俺の邪魔をする奴は……

この世から引き裂いてやる」


「イグティアン……!」


パイルグが叫ぶ。


「何をしてる!

今すぐやめろ!! それは戻れない道だ!」


だがイグティアンは、薄く笑っただけ。

一歩、また一歩――

怪物の幹の中心へ近づきながら言う。


「ふふ……この程度で俺を止められると思ったか?」


両手を広げ、頭を反らす。


「本番はここからだ」


そして――


怪物の中心部。

ピアラが芽吹く“心臓”へ向かって、

イグティアンの体が、すう……と吸い込まれるように沈んでいく。


「……入った?」

「……怪物と……融合する気か?」


四人の顔色が硬くなった。


「そんな……」


アイラが息を呑み、後ずさる。


その瞬間――

空中に白く濁った粒子が漂い始めた。


「粉……!」


アイラが精霊石を掲げたが、

指先がわずかに震える。


「これ……麻痺粉だ!」


「はぁ……体が……動かねぇ……」


モネロが膝をつくように崩れた。

唇が強張り、まぶたが重くなる。


パイルグもスクロールを出そうとした手が、

宙で止まった。


「この野郎……麻痺粉まで……」


辺り一面が赤い花びらと、

白い粉で覆われていく。


怪物は一度息を潜めたまま、

より危険な気配でそこに立ち尽くした。


そして中心――

怪物と一つになったイグティアンの影が、

ゆっくりと顔を上げていく。


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