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44. 雪中の盗掘者(せっちゅうのとうくつしゃ)

「ライネル様!」


扉が乱暴に開いた。

雪を全身にまとった青年が、息を切らしながら部屋へ飛び込んでくる。


「村長がよこしました!

ドラゴンの涙から……強い光が噴き出したそうです!」


ライネルはゆっくり顔を上げた。


「光が……噴き出した?」


「それだけじゃありません。

村長が、何か起きたんじゃないかと心配して、俺に山裾の石像を確認しろって……」


青年は唾を飲み込み、続けた。


「石像が……消えてました。

跡形もなく、きれいさっぱりです」


モネロが眉をひそめて呟く。


「……そろそろ休めると思ったのに。面倒な話だな」


ぶつぶつ言いながらも、もう腰のベルトを締めていた。

文句は口だけで、手はとっくに装備を揃えている。


ライネルは静かに青年を見た。


「……なんで俺のところへ?」


青年は深く頭を下げた。


「村長の話では……

あの石像はごく微量でも、ずっと魔力を放っているそうです。

それに、石像に触れた魔力使いなら、残留魔力を辿って位置を追えるはずだと」


切実な目で訴える。


「ライネル様なら、必ずできます。

村には魔法使いがいません。どうか……助けてください」


ライネルは黙って腕輪に目を落とした。

赤い宝石の中で魔力が静かに揺らぎ、

その力が腕を伝って広がるみたいに、微かな圧を与えてくる。


見えない糸に手首を引かれる感覚。


「……引いてる」


その言葉にモネロが眉を上げた。


「マジで?」


「この腕輪、石像と共鳴してるみたいだ。

北東へ続いてる。糸みたいに細く、薄く」


二人はすぐに事情を伝え、家を出た。

雪はもう膝まで積もり、太陽は完全に沈んで闇が降りている。



「兄貴……ずっと何かおかしいです」


盗掘屋の一人が、恐る恐る口を開いた。

彼は風呂敷をちらりと見下ろす。


「……元からこうだったか?」

リーダーが低く問う。


「いいえ。盗み出したときは何の反応もありませんでした」


吹雪はますます強くなる。

雪が顔を叩くたび、冷えが骨まで染みた。


「誰かに……俺たちの居場所を知らせてるんじゃないですか?」

後ろの盗掘屋が不安げに言った。


「黙れ。不吉なこと言うな」


リーダーは言い切って、歩みを早める。


「速度を上げろ。

今止まったら……方向を失う」


だがそのとき、

別の盗掘屋が、はっとして立ち止まった。


「リーダー……この木、さっき見ませんでしたか?」


「今その話をするな」


「本当です。

あの瘤と、上に跳ねた枝。

俺たち、確実に一度通った場所ですよ」


語尾には確信があった。


足が沈む雪の感触、

遠くに見えては消える岩の形。

全部が、見覚えのあるものだった。


「……俺たちを縛りつけてるのか」

三人目が低く呟いた。


リーダーは唇を強く噛んだ。

風呂敷の中の石像は、まだ赤い光を点滅させている。


チカ。

チカ。


まるで誰かと合図を交わしているみたいに。



ライネルが足を止めた。

腕輪が一瞬、ぴんと張って、それからすぐ静まった。


「……止まった」

彼は低く言う。


「石像、同じ場所をぐるぐる回ってるみたいだ」


モネロが目を細める。


「雪の中で迷ったのか?」


ライネルは腕輪に触れながら静かに答えた。


「違う。

流れがずっと歪んでる。方向が変わってる。まるで……」


言葉を整え、北東へ視線を固定する。


「誰かが……わざとその場に縛りつけてるみたいだ」


ライネルは息を吸う。


「奴ら、雪のどこかに閉じ込められてる。

まだ逃げ切れてない」


今が、最後のチャンスだった。


雪が荒れる。

ライネルが軽く手を上げ、前方を指した。


「待て」


二人が足を止める。

雪の上に伸びる長い影が揺れた。


リーダーはぼんやり二人を見て、ふっと笑う。


「なんだ……ガキじゃねえか?」

瞳に警戒はない。

「雪の中で道でも迷ったか?」


顎を撫でた。


「悪いが、今は誰かを送り届ける余裕がない。

村は反対だ。凍え死ぬ前に帰れ」


モネロが鼻で笑い、前へ出た。


「盗っ人が誰を心配してんだよ?」


そのまま盗掘屋の群れへ突っ込む。


手下の一人がぎくりとしてリーダーへ向き直った。


「兄貴、あいつ……俺たち捕まえに村が寄こしたんじゃ……!」


リーダーが短く息を吐いた。


「……なら、話が通じる相手じゃないな」


両手を軽く広げる。


「幻術」


瞬間、左右に同じシルエットが滲む。

雪の上から影が立ち上がるように、二人の“リーダー”が並んだ。


「荷はお前たちに任せる」


リーダーは落ち着いて言う。


「お前ら二人、今すぐ下りろ。

時間は俺が稼ぐ」


「はい!」


手下たちは素早く動いた。

両手でそれぞれ荷を掴み、雪の中へ身を投げる。


その荷のひとつ、

固く結ばれた風呂敷の中には、縮小されたドラゴンの石像が静かにうずくまっていた。


リーダーは荷が確実に渡ったのを見届け、頷く。


「モネロ」

ライネルが短く呼ぶ。

「荷を持った二人、任せる」


「了解」


モネロは一言だけ返し、すぐに方向を変えた。

雪原を裂き、二人の盗掘屋へ矢のように突進する。


その瞬間、

リーダーが低く呟いた。


「甘いな」


手を伸ばすと、左右に広がっていた幻影の一つが飛び出した。

形だけを模した分身が短剣を握り、斜めからモネロの背へ駆ける。


だがライネルの視線が鋭く光った。

目元から青い気配が滲み、雪を巻き込む。


「上がれ」


短い一言。


空へ跳ね上がった雪塊が連なって降り注ぎ、

一瞬でその場に高く積み上がった。


純白の壁が腰を越えるほどに立ち上がる。


短剣を持って突っ込んだ幻影は雪にぶつかり軌道を失い、

形を歪めて押し戻された。


「……雪をあそこまで積むのか」


リーダーが目を細めて呟く。


「……雪を扱う力、か」


幻影が砕けると、リーダーは半歩引いた。

影みたいに静かな動き。


ライネルは答えない。

目元の青い気配が広がり、足元の雪がゆっくり膨らみはじめた。


「なら……」


リーダーの身体が一瞬、ぼやけた。


「もう少し腕前を見せてやる」


瞬く間に六つ。

リーダーのシルエットが増え、雪原を占めた。


多重幻術。


それぞれ別方向から、短剣を構えた幻が一斉に突進する。


ライネルは視線を落とさない。

指先をほんの少し動かしただけだった。


「縛れ」


雪が渦を巻いた。

積もった雪塊が迷わず走り、幻影へ襲いかかる。

幻が雪の中へ吸い込まれるように突き刺さった。


一歩、遅れて。

本物のリーダーが背後へ潜り込む。


シュッ。


風を裂き、短剣がうなじへ伸びる。


だが。


「二度も騙されない」


ライネルの声と同時に、

身体が半回転し、腕を伸ばした。


バキッ!


雪塊が左右から突き上がる。

リーダーは弾かれるように跳ね退いた。


「……反応は悪くないな」


リーダーは空中で姿勢を整え、

滑る雪の上へ軽く着地して短剣を握り直した。


息は荒いのに、目はまだ余裕を残す。


手振り一つ。

別の幻が脇腹から飛び出す。今度は直線。


ライネルは掌を空へ向けた。


「押さえろ」


木の上に積もっていた雪が、重みを得た鈍い塊にまとまった。


ドンッ!


幻影の一つが雪塊に押し潰され、砕けた。


その瞬間、

リーダーがまた現れた。


前、足元、側面。


「本物はどれだ?」


ライネルは一度、目を閉じた。


そして。


「ここだ」


指が伸びると同時に、リーダーの足元の雪が突き上がった。


バッ!


足を絡め取る雪の筋が姿勢を崩す。

リーダーは辛うじて踏ん張ったが、短剣を落とした。


カン。


雪に当たる金属音。


リーダーは荒く息を吐いた。

それでも口元は上がっていた。


「思ったより、簡単には終わらねぇな」


後ろへ下がる。

同時に雪の上へ、また幻の影が広がった。


一つ、二つ、三つ、四つ。


今度は数が多い。

動きはさらに鋭く、速い。

吹雪の中で輪郭が溶け、真と偽が混ざり合う。


ライネルは片手に魔力を集中した。

雪が旋風みたいに身体を包み、足元に深い跡が刻まれる。


「無駄な数は消す」


ドン。ドン。ドン。


雪を裂く力。

幻影が三つ、瞬く間に砕けた。


だが。


「本物は」


誰かが背後で囁いた。


「ここだろ」


シュッ!


短剣がもう一度、突き込まれる。

今度は近すぎた。気配がない。


ザクッ。


脇腹が深く裂けた。


ライネルが息を吸う。

血が跳ねた。


即座に念動で身体を押し退ける。

雪に赤い跡が刻まれた。


リーダーは短剣で血を一度なぞり、口元を歪める。


「ただ石像盗んで逃げるだけの連中だと思ったか?」

「ちょっと驚いた顔してるな」


ライネルは黙って傷口を押さえた。

勢いは折れない。むしろ、輪郭がさらに鮮明になる。


リーダーがまた手を上げた。


多重幻術。

八つ。


影のように動き、一斉に迫る。


ライネルは手を下ろした。

そして一言。


「一つずつ防ぐ必要はない」


地面に手をつく。


瞬間、足元の雪が縮むように集まり、四方へ噴き上がった。


ゴォォン!


巨大な雪塊が回転し、猛吹雪を生む。

視界が消えた。音も薄れた。


「本物が分からないなら……」


ライネルの目が青く光る。


「全部まとめて、流せばいい」


吹雪がすべてを飲み込んだ。

白い塊が回転し、足音すら断ち切る。


リーダーは姿勢を低くした。

一息に身を投げ、雪塊の陰へ潜る。


サッ。


音すら殺して側面へ入り込む。影のように。


プシュッ!


短剣が空を裂いて伸びた。


だが今度は。


ドンッ!


手首が掴まれた。

冷たく硬い雪が、糸みたいに絡みつく。


「……もう見える」

ライネルが低く呟いた。


リーダーの表情が一瞬歪む。


「くっ……!」


雪が手首を締め上げる。

同時にリーダーの周囲へ雪柱が突き上がった。


バキッ!


リーダーは雪へ叩き込まれ、辛うじて片足を抜いて踏ん張った。

だが動きが鈍る。


その刹那。


ドドン!


モネロが雪を裂いて現れた。

口元を斜めに上げ、残雪を払う。


「終わったかと思ったけど、

ちょうど面白くなるタイミングだな」


そのままライネルの横へ自然に並ぶ。


「荷を持った二人は俺が捕まえた。

石像は……この魔法の風呂敷の中に、縮んだまま入ってたぞ」


リーダーは荒く息を吐き、ふらつく脚を無理やり支えた。


「……くそ。こんな展開になるとはな」


それでも雪の中で笑っていた。

疲れ笑いじゃない。計算の笑い。


「だから厄介事は嫌いなんだ」


ライネルが手を上げる。

魔力の圧が再び立ち、周囲の雪がぐっと盛り上がってリーダーを締めた。


そのとき、リーダーが顔を上げた。


「待て」


雪の向こうから、その視線がライネルを正確に突き刺す。


「ここまでやったんだ……俺にも話す資格くらいあるだろ?」


ライネルとモネロが目を合わせた。

短く、硬い沈黙。


ライネルが低く問う。


「石像以外に、持ち出したものがあるな」


リーダーが肩をすくめる。


「資格証みたいなもん? 古いブローチ?

あんなのは飾りだ。俺たちは腹が減ってて、金が要った。それだけ」


「嘘だ」

モネロが一言で切った。


リーダーは笑いを無理に飲み込む。


「そうかもな。嘘かもしれねぇ」

「でも、お前らも分かってるだろ。世の中はいつもそうだ」


ライネルは腕輪を一度握った。

赤い宝石が、ごく微かに震えた。


「その風呂敷」

「中で……何かが目を覚ましかけてる」


リーダーの眉が、ほんの少しだけ揺れた。

一瞬だけだ。


「目を覚ます?」

聞き返し、平静を装って顎を上げる。

「ならなおさら、さっさと渡して終わりにしようぜ」


ライネルが一歩詰めた。


「お前らが石像に手を出した瞬間から、

これは盗みで終わる話じゃない」


吹雪の中で、風呂敷の内側が一度、微かに震えた。


コツ。


中で、ほんの小さな亀裂がもう一つ開いたみたいに。


モネロが短く息を呑む。


「……おい。今、風呂敷が動いた」


リーダーの笑みが少し固まった。


ライネルは視線を逸らさない。


「言え」

「お前らが石像に何をした」


リーダーはゆっくり舌先で唇を湿らせ、低く言った。


「俺たちは……被せて、縮めて、持っただけだ」

「それ以上は本当にしてねぇ」


「なら、もっと悪い」

ライネルが静かに言う。

「触れちゃいけないものを……ただ持ち出したってことだ」


ライネルが手を上げる。

雪がまた動き始めた。


「話は終わりだ」

モネロが前に出る。

「縛って、村へ連れて帰る」


リーダーが小さく笑った。


「いいだろ。なら……」


視線が風呂敷へ滑る。


「お前らがそれを持ってる限り、

先に終わるのがどっちか、試してみようぜ」


その言葉と同時に。


風呂敷の中から、

赤い光が一度、大きく弾けた。


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