35. 銀月の盾 (ぎんげつのシールド)
【エピソードタイトル】臨時パーティ
「以上で説明を終わります」
丁寧だが乾いた口調だった。
職員が最後の書類を閉じると、部屋の空気がすっと落ち着いた。
ライネルは立ち上がり、言った。
「ありがとうございます」
アイラは小さく頭を下げ、
モネロは椅子の背にもたれたまま、唇を尖らせてぼやく。
「結局、手がかりゼロってことじゃん···」
職員が扉を開ける。
三人は重すぎも軽すぎもしない足取りで、会議室を出た。
廊下には早朝の匂いがまだ残っていた。
魔法灯の下で、ライネルが小さく息を吐く。
「遺体が十三体、行方不明が一人···
生きている可能性があるなら、見過ごすわけにはいかない」
「···生きてるかな?」
アイラが慎重に問い返す。
「もう三日も経ってるのに···」
モネロは苦く笑った。
「それを確かめるのが冒険者だろ」
ライネルは一度足を止め、受付窓口のほうへ視線を向けた。
そこから、誰かの声がはっきり届く。
「···俺たちだけじゃ無理だ。数が合わない」
ギルドの受付前。
四人の冒険者が地図を広げ、話し合っていた。
金属装備が触れ合う音が、ロビーに気まずい緊張を残す。
ライネルたちがロビーへ入ったところで、その会話が耳に引っかかった。
モネロが片耳をぴくりと立て、ぽつりと吐く。
「ゴブリンの話だな。討伐令が出たっての、これか?」
ライネルは少し迷ってから、ゆっくり近づいた。
「失礼します」
落ち着いた声に、四人が振り向く。
「もしかして···ゴブリン討伐の依頼の話ですか?」
地図を持っていた青年が、慎重に尋ねた。
「あなたたちも···冒険者ですか?」
その言葉に、アイラは胸元のバッジを指さした。
小さな金色のバッジがきらりと光る。
刻まれたCの文字がはっきり見えた。
モネロも同じくバッジを見せ、
ライネルも静かに懐から取り出して示す。
それを見た四人のうちの一人。
銀の気配がある軽装鎧の戦士が、ゆっくり口を開いた。
「Cランクのパーティですね。
それなら、話をしてもよさそうです」
彼は微笑み、体の向きを変える。
「まずは、こちらから名乗りましょう。
俺はクルスター。このチームのリーダーで、戦士です」
口調は整っているが、重くはない。
「こっちはナミア。レンジャー。
この辺りの森道なら、私が一番詳しい」
青みのある短髪の女が、短く目礼した。
「僕はミダース。神官です。回復と防護の術が中心で」
眼鏡の痩せた青年が、独り言みたいに言う。
「それと···」
クルスターが最後に隣へ視線をやった。
「こっちはネニャ。魔法使いなんですが···口数が少なくて。
俺たち、言葉より呪文のほうを多く聞いてるくらいです」
ナミアがくすっと笑う。
大きな魔法帽を深くかぶった小柄な人物が、静かに頭を下げた。
長いまつげの落ちる目元は、ぱっと見だと幼い少女にも見える。
アイラが柔らかく笑って言った。
「私たちは、チーム名はなくて。三人で動いてます」
ライネルが続ける。
「僕はライネル。魔力を扱います。
こちらはアイラ。精霊使いです。
それから、こいつがモネロ。格闘術が得意で」
クルスターは頷き、愉快そうに言った。
「なるほど。チーム名が必須ってわけでもないですしね。
強いチームなら、いずれ周りが勝手に名付けるものです」
ミダースが小さく付け足す。
「ちなみに、僕たちは『銀月の盾』です」
アイラが小さく呟いた。
「いい名前···」
クルスターが少し照れたように笑う。
「人と村を守る『盾』になりたい、って意味で。
まだまだ足りないところは多いですけど」
ライネルは静かに頷いた。
ようやく、信頼の糸が細く引っかかった気がした。
そのとき受付係が、書類を確認しながら言った。
「では、『銀月の盾』の皆さんと···チーム名のない三名。
合計七名で、一つの臨時チームとして登録ですね」
「はい、それでお願いします」
クルスターが頷く。
職員は地図と依頼書をまとめて手渡した。
「現在、ゴブリンが村の西側境界で頻繁に目撃されています。
巡回中の行商人が襲われた例もあります」
「それで伯爵が討伐令を出した、というわけですね」
ライネルが言う。
「その通りです」
職員は慎重に頷いた。
「この依頼は、直接交戦の可能性が高いです。
無理はしないように」
「了解。出発しよう」
クルスターが仲間たちを見回して言った。
◇
七人の混成パーティは、ほどなく村を出て西の道を歩き始めた。
晩秋の陽が森の縁をかすめ、
空気には乾いた落ち葉の匂いと、冬の入り口の冷たさが混じっていた。
しばらく無言で歩いたのち、アイラが口を開く。
「あの···数日前に、村が一つ焼け落ちた事件···知ってますか?」
クルスターが振り返った。
「はい。知っています。
そこに···僕たちが最初に到着しました」
ライネルが言葉をつなぐ。
「ゴブリンの死体も、全部一緒に焼けたって聞きました。
何かおかしな点はありませんでしたか?」
答えたのはミダースだった。
鼻に落ちた眼鏡を軽く押し上げる。
「おかしな点ですか? 確かにありました。
住民もゴブリンも、双方が死んで···村全体が燃えた。
でも、僕たちが本当に警戒してるのは、それ自体じゃありません」
クルスターが真剣な目で続ける。
「もっと深刻なのは···ゴブリンが、統制された集団みたいに動いていることです。
衝動的な略奪じゃない。誰かの指示か、計画の下で動いてるように見える」
「···統率者がいる、ってことですね」
ライネルが低く言う。
「そう」
ナミアが短く受ける。
「まだ誰かは分からないけど、この辺りのゴブリンが秩序を持ち始めたのは確か」
クルスターが重く言い足した。
「だからこそ、遅れる前に。
今みたいなゲリラ的な群れを、先に散らしておく必要がある」
モネロが腕を組み、呟く。
「俺たち以外にも、動いてるチームがいるのか?」
「います」
ミダースが答えた。
「この一帯に散ってるチームが、それぞれ担当区画を持ってます。
だから僕らは、僕らの担当だけをやればいい」
「いいな。
『自分の区画』だけ確実に片付けりゃいいってわけだ」
モネロがにっと笑う。
クルスターは地図の一点を指さした。
「ここ。森の縁が、今日の作戦区画です。
この地点から先はゴブリンの影響圏と見てる。全員、各自で注意して」
その言葉に、全員の歩幅がわずかに落ちた。
森は村と違い、寂しく重い気配をまとっていた。
葉の隙間から差す光は弱く、
地面の乾いた落ち葉が、足元でかさりと鳴る。
「音、気をつけて」
ナミアが声を落とした。
「ここのゴブリン、目は弱いけど耳は利く」
一行は黙って頷き、ゆっくり前へ進む。
森の匂いは濃く、どこか肉の生臭さも薄く混じっていた。
「ナミア、先に」
クルスターの合図で、ナミアが先行し、木々の間へ消える。
少しして、彼女が枝をそっと分け、手招きした。
「こっち」
全員が音を殺して寄ると、彼女は指で一か所を示した。
そこには、小さく粗末な箱が一つ置かれていた。
宝箱には見えない。ただ、偶然放置されたような姿。
その瞬間――
「お? 宝箱じゃね?」
モネロが目を輝かせ、近づこうとする。
「動くな!」
ナミアの声が鋭く跳ねた。
モネロの足が止まる。
ナミアはため息をつき、周囲の地面を慎重に指さした。
「誘いの罠。
ゴブリンが冒険者を釣るために作ったやつ」
「···罠?」
モネロが間の抜けた顔で聞き返す。
「あの箱、どう見ても妙に中途半端でしょ」
ナミアは箱の周りをさらに注意深く見る。
「中に、矢尻みたいな仕掛けが隠れてる」
「うわ···マジ?」
モネロが一歩、後ろへ下がった。
後頭部をかき、気まずそうに笑う。
「悪い。つい···体が先に出た」
「次からは、体より先に頭が動くと助かる」
クルスターが笑って言った。
声は柔らかいが、目元は鋭い。
「まあ、分かったならいいよ」
アイラがモネロの腕を軽くつつき、呟く。
「怪我してないなら、それで」
「ん、んん」
モネロは咳払いして、静かに後ろへ退いた。
一行は改めて慎重に進路を取る。
ナミアが先頭で木々を抜け、
その後ろをクルスターとネニャ、そしてライネルたちが続いた。
そして、ちょうどそのとき――
「···あっ」
ぱさっ。
軽い擦過音とともに、何かが足元で跳ねた。
「···モネロ」
ライネルの声が低く落ちる。
モネロは地面を見下ろしたまま固まっていた。
晩秋の落ち葉に隠れていた薄い石板が、足元でかちりと沈んだのだ。
その下で「かちっ」と何かが押される音。
「···音の罠」
ナミアが歯を食いしばる。
『キィェェェェェッ!!』
叫びは一つじゃなかった。
三、四か所から同時に上がり、森全体が震えたみたいに響く。
「···二十は超える」
ナミアが茂みに身を潜めたまま、鋭く囁く。
彼女は素早く弓を引き、照準を取った。
「視界確保。方角は北西、東、南。三方向」
「包囲する気だな」
クルスターが盾を持ち上げる。
「この森道、狭いです。一気には来れない」
ミダースが眼鏡越しに周囲を走査する。
「地形を使えば···勝てます」
「退く場所はない」
ライネルの目が細くなる。
息を整えた瞬間、空間がわずかに揺れた。
見えない力が、空気を裂かずに寄り集まっていく。
モネロは手袋を強く引き締め、顔を上げた。
いつもの準備動作。
だが表情は、少し硬い。
アイラは首元のペンダントを軽く握った。
指先が触れた瞬間、精霊石が微かに光を含む。
そのとき、小さな気配が近づいた。
落ち葉を踏む音。枝の隙間を押し分け、
何かが姿を現す。
緑の皮膚。尖った歯。
両手に古びた武器を握ったゴブリンが一体。
「クリーッ···!」
同時に――
ナミアの矢が先に鳴った。
シュッ――!
音もなく飛んだ矢が、ゴブリンの額を貫く。
ぶつり。
化け物はそのまま木の根元へ崩れ落ちた。
「見つかった」
ナミアが短く言う。
クルスターは盾を前へ構え、叫んだ。
「位置を崩すな! 正面固定! 数が多くても散るな!」
同時にネニャの瞳が赤く光った。
息の気配すらなく、足元に炎の紋様の魔法陣がゆっくり浮かぶ。
空気の温度が、ほんの少しだけ上がった。
二十体ほど。
刃の鈍い斧、槍、石の武器を握り、唸りながら
ゴブリンたちがじりじり迫ってくる。
「左に三体。速い」
ナミアがもう一射、放った。
シュッ――!
矢は正確にゴブリンの側頭部を貫いた。
「魔法はいつでもいける」
ネニャの声は相変わらず淡々としている。
ローブの下、指先に淡い光がまとわりついていた。
そして――
『キィェェェェェッ!!』
茂みを裂き、鋭い叫びとともに
ゴブリンの群れが走り出した。
モネロは歯を食いしばり、拳を握り込む。
「いい···来いよ」
その瞬間――
地面が鳴り、最初の一体が刃を振りかざして飛び出した。
「来る!」
ライネルの叫びとともに、
光の滲む森の中で、逃げ場のない戦いが始まった。




