表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/76

27. 心臓の鼓動(しんぞうのこどう)

「エネルギー蓄積量、30%突破」


下級司祭が顔を上げた。

青い魔法陣の上で、巨大な魔力石が宙に浮いている。表面を細い線が流れ、一定の拍動みたいに脈打っていた。


周囲は静かだった。

けれど、その静けさは安らぎじゃない。

呼吸音すら回路に吸い込まれていくみたいに、音が死んでいる。


「予想より早いな」


高位司祭が歩みを止めた。

視線が水晶板を撫でるように走り、また魔力石の中心へ戻る。中心部は心臓みたいに「ドン」と、一定の間隔で震えた。


「対象の状態は?」


「継続戦闘により感情反応が上昇しています。記録上··· 怒り、集中、極度の緊張」


水晶板の数値が上がる。


[35%]

[38%]

[40%]


上昇の速度は一定じゃない。

階段を上るように増えるんじゃなく、息が裂ける瞬間に「ッ」と跳ね上がる。


高位司祭の口元がゆっくり吊り上がった。


「そうだ··· もっと燃え上がれ」


彼は手の甲に埋め込まれた小さな水晶を、ぐっと押し込んだ。

魔力回路が微かに震え、魔力石の拍動がさらに深くなる。

壁の文様の隙間から、青い亀裂みたいな光が走って消えた。


[45%]

[50%]

[55%]


下級司祭が息を呑む。


「増加幅が速すぎます」


高位司祭は目を閉じたまま頷いた。


「今の奴は、極限まで追い込まれているはずだ」


下級司祭が恐る恐る一歩近づく。


「この速度だと対象が先に崩壊する可能性があります。身体の限界が···」


「分かっている」


高位司祭の声は淡々としていた。

彼は魔力石の向こう、背後を一瞬だけ見た。

そこには遮蔽結界が青い幕のように立っている。幕の内側は見えないのに、隙間から“何か”が呼吸しているみたいな圧が伝わってきた。


「だが重要なのは···」


指先が魔法陣を指す。


「結果だ」


魔力石の中心で波が跳ねた。

床の回路が一瞬だけ明るくなり、また暗く戻る。

下級司祭の目が揺れた。


「今の衝撃は··· 回路に逆流が——」


「心配するな」


高位司祭が笑った。


「それだけ、よく戦っている証拠だ」


下級司祭が低く呟く。


「本当に··· あの少年を鍵にできるのでしょうか」


高位司祭は答えなかった。

代わりに指を一度、弾いた。


パチン。


魔力回路が再び息を吹き返し、空気中に薄い“振動”が生まれる。

振動は観測室をひと回りしてから、魔力石へ吸い込まれた。


水晶板が再び反応する。


[58%]

[60%]


「60%です。急激な跳ね上がりが···」


「大技を使ったな」


高位司祭は首を巡らせた。

壁面に固定された投影石が澄み、戦闘空間の映像を引き出す。


血まみれの中心。

ライネルの瞳から青い光が滲み出る。

宙に浮く破片が回転し、光を孕んだ。


「···弾けろ」


ゴォォォ——!!


前方十メートルが粉々に砕けた。

キメラが裂け、肉片が飛び散る。床が滑り、空気が濁る。


それでもライネルは膝を完全には折らなかった。

息は裂け、指先は震えているのに、眼だけは消えない。


「···まだ、終わってない」


観測室へ戻った下級司祭が数値を確認した。


[62%]

[64%]

[65%]


「今、65%突破しました」


「いい」


高位司祭の目が細く光った。


「頂点が近い」


下級司祭が躊躇いながら口を開く。


「身体の異常反応も検知されます。呼吸不安定、筋肉痙攣··· 対象内部で魔力回路が過熱しています。この速度で消耗すれば···」


「構わん」


切り捨てるような返答。

高位司祭は柔らかく、だが確実に言葉を押しつぶした。


「崩壊は“損失”じゃない。それは··· 代価だ」


下級司祭は硬い表情で頭を下げた。

呑み込んだ言葉が喉に引っ掛かるみたいだった。


数値が上がる。


[68%]

[70%]


そして··· その瞬間。


下級司祭の手の水晶が震えた。

魔力回路が一斉にうねり、観測室の床が浅く揺れる。


「何かが反応しています」


高位司祭はもう背後を見ていた。


「そうだ。ついに」


魔力石の向こう。

青い幕みたいに立っていた遮蔽結界が、ゆっくりと揺らいだ。

重みに耐えられない布がたわむみたいに。


その内側で、最初に見えたのは赤い塊だった。

心臓みたいな形。拍動はないのに、微細な震えがある。

その震えが結界を押し、表面がさざ波のように波打つ。


「封印内部、動きが感知されます」


「まだ“目覚める段階”ではありません」

下級司祭が慎重に付け足す。「ですが··· 脈動が始まりました」


高位司祭が歩み出た。

石棺の前へ近づき、低く詠む。


「すべては、その存在のために」


掌が石棺に触れた瞬間、表面の下で冷たく不完全な脈が伝わった。

生きていると呼ぶには曖昧な“何か”が、形を探すように蠢く。


「一人の奮闘、怒り、犠牲··· すべてがここへ流れ込む」


彼は笑った。


「美しい」


下級司祭が声を落とす。


「対象はまだ抵抗しています。崩壊の兆候も··· 深刻です」


「続けろ」


高位司祭は振り返り、投影石へ視線を送った。

血まみれのライネルが映像の中で踏みとどまっている。


数値が上がる。


[75%]

[78%]

[80%]


下級司祭が囁くように言った。


「本当に··· 目覚めるのでしょうか」


高位司祭は笑みを保ったまま答える。


「必ず。――そしてその瞬間、世界は生まれ変わる」


その言葉と同時に。


石棺の内側から、かすかな“息”が聞こえ始めた。

息というより、空気が押し潰される音。

その圧が観測室まで滲み、肺を薄く締め付ける。


[82%]

[85%]

[90%]


警告音は鳴らない。

数字だけが不吉に上がっていく。

跳ね幅が大きくなるほど、回路は頻繁に「チラついた」。


「波動、臨界点に到達した」


魔力石の中心。封印体の心臓が“一度”だけ拍動した。


ドン。


下級司祭が肩を跳ねさせる。


「振動が···! 遮蔽結界が——」


「あと少しだ」


高位司祭は両手を背中で組み、投影石を見据えた。


映像の中のライネルは膝をつき、息を荒くしている。

傷だらけ、血まみれ。

それでも視線が死んでいない。


「続けろ」


高位司祭の声は低く、はっきりしていた。


「続け··· 証明しろ」


それは命令で、祈りで、呪いだった。


「お前が強く抗うほど、我々の“完全な存在”は完成に近づく」


魔力回路を伝い、赤い文様が幾重にも浮かび上がった。


魔力過熱。

臨界超過。


下級司祭が足を引く。


「このままでは··· 対象が崩れます。それに波動が大きくなれば観測室の回路も——」


高位司祭は答えない。

ただ指先でもう一度、水晶を押し込んだ。


パチン。


その瞬間、回路が無理に踏ん張るみたいな“むき出しの”振動を上げた。

魔力石がさらに大きく脈打つ。


戦闘空間。


ライネルの息は途切れそうに荒かった。

脚の筋肉が痙攣みたいにねじれ、指先の感覚が鈍る。


(···身体が、もう···)


そのとき、別のキメラが壁を這うように降り注いだ。


「···くっ···!」


ライネルは目を閉じ、また開いた。

瞳にはまだ青い気配が残っている。


念動、集束。


周囲の破片が震える。

金属と骨、血に濡れた残滓が宙へ浮き上がった。


「貫け」


シュシュシュ——!!


嵐みたいに破片が飛び、キメラを引き裂く。

だがその直後、水晶板の数値が暴走した。


[92%]

[95%]


同時にライネルの鼻先から血が落ちた。

一筋じゃない。いったん止まり、また滲む。

視界が一瞬、霞んだ。


(···これが、俺の限界か···)


それでも彼は、膝をつきながら手を放さない。


観測室。


[97%]


高位司祭の口元が、さらに吊り上がる。


「いよいよ最後だ」


石棺の中心がゆっくり“開く”。

金属が擦れるような摩擦音が長く伸び、遮蔽結界が薄く裂け、漏れ出たエネルギーが空間を押し潰す。


その中には···


赤い結界に包まれた“何か”が、息を整えるみたいにゆっくり身を捩っていた。

指が動く。

肩が微細に震える。

そして結界の表面に“青い亀裂”が一本走った。


「動きます」


「そうだ。封印が開く」


数値が満ちていく。


[98%]

[99%]


戦闘空間のライネルが、最後に指先を差し出した。

消えかけの青い光が、もう一度だけ揺らめく。


「···まだ··· 終わってない」


投影石が震えた。

その震えが魔力コアへ、石棺へ転移する。


ドン。

心臓が二度目に鳴った。


[100%]


バキィ——!!


封印構造物の中心が割れた。

青くぬめる亀裂が広がり、隙間から見知らぬ波動が漏れ出す。


そして結界の内側のそれが··· ゆっくり目を開いた。


三度目の拍動。


ドン。


今度ははっきり響いた。

遮蔽結界が砕け散るように散り、観測室の魔力回路が一斉に揺れた。

下級司祭が反射的に後ずさる。


「ついに··· 完成だ」


高位司祭の声は低く、深かった。


石棺の中で“それ”が動き出す。

まず肩が震え、精製された魔力が骨格みたいに形を支えた。


人間に似ている。だが、人間じゃない。

肌は冷たく滑らかな金属の艶を帯び、ところどころから青い光が滲み出している。


下級司祭が息を殺して言った。


「本当に··· 目覚めましたね」


高位司祭が頷く。


「完全なる生命の誕生を見よ」


その瞬間。


ライネルの耳に、奇妙な“響き”が届いた。

音なのか、感覚なのか、意識なのか――判別できない震え。


(···何だ)


誰かが、自分を“見ている”。


その視線は理解しようとしない。

感情も読まない。

ただ··· 支配できるか、秤にかけている。


ライネルは血まみれのまま床を支えた。

胸が締まり、息が詰まる。


痛みじゃない··· 存在が露出する感覚。


(···中へ、入ってきてる···?)


冷たく、はっきりした魔力が感覚を伝って染み込んだ。

心のどこかを、冷たい指先で押し確かめられるみたいに。


「···ぐっ···!」


ライネルの瞳が揺れた。

だが消えない。


観測室。


高位司祭が低く笑う。


「共鳴が始まったな」


下級司祭が驚いて訊き返す。


「共鳴··· ですか?」


高位司祭は水晶板の波形を指した。

二つの波が互いを追いかけるように重なっている。

一度ズレて、重なり、またズレて、また重なる。

まるで無理やり“同じになろう”としているみたいに。


「その子の魔力と、あの存在の心臓が同じ波を共有した。条件は満たされた」


「では··· 今、二人は···」


「互いを認識した。感情じゃない。存在そのものとしてだ」


戦闘空間。


ライネルがゆっくり顔を上げた。


上。

その存在が無言で彼を見下ろしている。


刃より薄く、透明な視線。


ライネルの息が震えた。

これはただの敵じゃない。


彼は歯を食いしばって呟く。


「···もう、別の戦いだ」


空間がまた揺れ始めた。

今度は崩壊じゃない··· 何かが“開く”感覚だった。


ライネルはその震えを受け止めながら、最後に拳を握る。


「限界を超えた何かが··· 今、目を覚ました」


そしてその瞬間。

新しい秩序が、ここへ足を踏み入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ